無意識下の攻撃、反撃、速攻――。
アレイクを手にした俺はゲレドッツォを斃した。
「グ、グホォ……ガハッ!」
ゲレドッツォは青黒い血を吐き、虫のように横たわっていた。
「ふっ……ふふっ……これでよかったのかもしれんな。危くワシの中で『バグ』が発生しそうになった……次代の魔王を見つけ育てようなどと……愚かなことを考えてしまった……」
バグ。
全くこの言葉の意味を理解することは出来なかった。
それを知るのは当分先のこととなるが、今の俺はゲレドッツォの独白を黙って聞くしか他なかった。
「魔王が死んだことにより、ワシは役目のない『中ボス』としての存在であった。無様に生き残り、何もやることはなく、この魔城で徘徊する日々……」
「お前、さっきから一体何を言ってるんだ?」
「貴様達は多くの人間は気付かされておらぬのだ。この世界は仮初……決められたルートを……お前達は……」
ゲレドッツォの目から光が消えた。
それはつまり死を意味する。
(……この気持ちは何だ?)
俺は静かにゲレドッツォの遺体を見ていた。
主も仲間もいない城にただ一人佇み、侵入者を襲う。
これから何かを思い立ち、動こうとした矢先に俺と戦い死んだ。
何故だろうか、敵であるゲレドッツォという魔物が憐れみを感じてしまっている。
――斬り伏せたか勇士よ。
「ッ!」
アレイクが俺に語りかけた。
刀身が仄かに赤く輝き続け、言葉を続けた。
――この魔物の魂、私が吸収させてもらうぞ。
「なっ!」
深緋の剣、アレイクの赤い光がより一層強くなった。
灼けつくような光が辺り一面を照らす。
「一体何が……」
アレイクの赤い光が強まる中、俺はその刃が発する不吉な力に圧倒されていた。
剣が自らの意志を持ち、まるで生き物のように脈動しているのが手に伝わってくる。
するとどうだろう。
アレイクが動き出し、ゲレドッツォの遺体に切っ先を向ける。
そして、アレイクの刃先は鮮やかで、より強い深紅の色に染まっていくのがわかった。
「……アレイク、何をしている?」
俺は問いかけたが、アレイクは答えることなく光を放ち続ける。
まるで生ける炎のようなその輝きは、死してなおゲレドッツォの魂を逃がすまいとするかのようだ。
突然、アレイクから感じたのは深淵から響いてくるかのような低く、そして重々しい女の声。
――魂を喰らい、力を増す。それが我が宿命だ。
アレイクの声が、俺の頭の中で響いた。
その言葉と共に、ゲレドッツォの体が青白い光に包まれるのを目の当たりにする。
青白い光に包まれたゲレドッツォは粒子状の塊となり、やがてアレイクに吸い込まれていく。
まるで、魂が剣に取り込まれているかのように――。
「……何が起こっているんだ!?」
俺は思わず剣を振り上げ、アレイクを振り捨てようとしたが、手は剣に吸い付くように固定され離れることはなかった。
体中に熱が走り、アレイクが俺の意志を無視して行動している。
剣が操るかのように、俺の力を利用していたのだ。
「消えた……?」
ゲレドッツォの遺体は完全に消え去った。
更に不思議なことは辺りに会ったはずの青黒い血も同時に綺麗になくなっていた。
――力を手に入れた。
アレイクの光も静かに収まっていく。
剣が発する熱も、徐々に冷たさを取り戻していった。
――我が主よ。この魔物の命はお前の血肉となろう。
アレイクの声が再び頭に響き渡る。
しかし、その声にはどこか満足感と共に『黒い希望』が潜んでいるように感じられた。
まさにブラックダイアモンドのように暗くも美しく――。
「ぐっ!?」
そう思ったときだ。
強い疲労感と倦怠感が全身を襲い、俺は膝を床についた。
戦闘後の疲労か? いや、それほど動いていない。
それなのにどういうことだ。
「こ、この音は……まさか……このアレイクは……」
俺の頭に嫌な音が鳴り響いた。
今、悟った。このアレイクは呪われし剣のようだ。
呪われた装備品は元来、魔族が作りし武具。
それを人間が手に取った瞬間に『呪い』が発動するように設計されている。
効果は様々だが、何れの場合も人間が触れると特定の波長音を発生させる仕組みが組み込まれていると聞いたことがある。
この音波は、魔族の生理に適応した波長であり、魔族にとっては無害どころか力を引き出す効果さえありますが、人間にとっては異質なもので神経系がこの音波を拒絶反応として捉える。
その結果、並みの人間なら頭痛や耳鳴り、さらに精神的な混乱を引き起こすと何かの古い書物に書かれていた。
鍛え上げられた戦士である俺だが、この音だけは何度聞いても嫌になる。
「ガルア……ここにいたんだ……」
うんざりする音、倦怠感が広がる重い体、受け入れられない展開に辟易していると女らしき声が聞こえた。
俺は重い体を何とか動かすと――。
「ラナン……どうしてお前がここにいる?」
「この城に来るように言われたのよ」
「誰に?」
「魔王様、もうすぐ冒険が始まるって言われてね」
「冒険だと……」
よく見るとラナンだけではない。
洋館で出会った亜種のトロルがいた。
「ここにリザードマンがいなかったか?」
「ゲレドッツォのことか……」
「うむ。確かここにいたはずだ」
「……俺が斬った」
そう告げると暫しの静寂が流れた。
ラナンも亜種のトロルも何も言わず俺を見ている。
同胞を殺された恨みがあるのだろう。
殺気は感じないが何か思いを秘めているようだ。
そんな中、玉座の間の暗い入り口から、
「ゲレドッツォ、あいつを斬ったのか?」
栗色のコボルトが現れた。
簡素な皮の鎧に、月白色に輝く長剣を腰に帯びている。
まるで人間の剣士のようだ。
「死体がないが……」
そのコボルトは牙を見せながら俺に近寄ってきた。
「どこへ消えたんだ? 答えろ人間」
「剣が……アレイクが吸収した」
「はぁ?」
確かに俺は視認した。
このアレイクがゲレドッツォの亡骸を、魂を吸収したのを。