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ep18.血の誓いと氷嵐の戦い

 灰色の本から突如現れたのは深緋の剣だった。

 その剣は自らをアレイクと名乗り、俺に手を取れと言う。

 それはまさしく生き物と呼べた。


「アレイク……」


 赤い光が俺を包む。

 そして、思い出したのはこの色と同じオーラを浴びた記憶だ。

 そう、洋館の部屋を出たときに床面に流れていたもの――。

 この光、オーラは間違いない。


 ――早く手に取れ。お前は選ばれたのだ。


「俺が?」


 ――さあ、早く掴め。そして、命を捧げるのだ。


「命を捧げるだと?」


 アレイクと名乗った剣は〝命を捧げよ〟と言った。

 どういうことだ?

 命を捧げるなどと、それにお前は生きているのか?

 どうしてここに? お前は誰に作られた?


「ぐぬゥ……このいびつな赤い光……忌々しい〝聖〟でもなければ、心地よい〝魔〟でもない……」


 俺はアレイクの存在に気を取られるうちに、ゲレドッツォは再び錫杖を振り上げながら飛び掛かってきた。


「何にせよ! 死ぬがよい!」

「…………ッ!」


 ゲレドッツォが錫杖を大上段で構え、振り下ろしてくる。

 爬虫類人の生まれ持つ身体能力は高く、素早い攻撃。

 徒手空拳の俺は武闘家のように両拳を突き上げて構えた。

 何かの武術書で読んだ見よう見まねの戦闘態勢だ。


「拳法か? 構えでわかる! 貴様の体術は大したことはない!」


 ……わかるか。

 このゲレドッツォというリザードマン、相当の手練れだ。

 相手の構えを見るだけで理解している。


「魔城に入りし愚か者よ! その命を以て功罪すると良い!」


 雷のような速さで振り下ろされる錫杖。

 このままでは俺の頭は割られ、この世から消え去ることになるだろう。


 ――愚かな……お前が動かぬのなら、私が動くまで。


 アレイクの声が聞こえた。

 生と死の間で選択する余地はあるのか。

 剣を取るのか、取らぬのか――。

 しかし、思考よりも動いたのは俺の生存本能だった。


「何とッ!?」


 俺は深緋の剣、アレイクを素早く掴んだ。


「破ッ!」


 下から上へと斬り上げる。

 俺は〝生〟の選択を選んだのだ。


「おのれッ!」


 ゲレドッツォは咄嗟に後退して斬撃をかわした。


「貴様……魔法使いでも武闘家でもない。戦士か?」


 ゲレドッツォは真っ二つに裂けた錫杖を握りながら、俺を凝視する。

 二つに別れた錫杖を左右の手に持ち、二刀流のような構えを作る。


「戦士ならば好都合、魔法攻撃の類には弱いと見た」


 俺を戦士と見て、ゲレドッツォは不敵な笑みを浮かべている。

 確かにあいつの言う通り、戦士というクラスは魔法攻撃の類に弱い。

 何か魔力を弾く効果がある精霊席などの指輪といった装飾品、補助的な装備品がないと大ダメージを負ってしまう。


「北風の氷嵐よ、怒りを解き放ち、すべてを氷の中に閉じ込めよ!」


 ゲレドッツォが詠唱し始めた。

 この世界にある魔力マナを使った呪文だ。

 呪文は精霊の力を使った不思議な力、そこには人間も魔族も関係ない。

 契約と相応しい力さえあれば、生きとし生けるもの全てが扱える。

 名も無き村で対峙した、ラナンとてレッドショットと呼ばれる火の魔法を扱ったのだ。


「アガトグレイシャー!」


 青黒い鱗の両手が薄水色のオーラに包まれた。

 おそらくは水属性の呪文だろう。

 アガトグレイシャーなる呪文がどういうものかわからない。

 そのまま二つに割れた錫杖を手にしながら、ゲレドッツォは両手を前に突き出した。


「氷像とさせ! その身を城に飾り付けてやるわ!」


 勝利を確信したかのような顔となるゲレドッツォ。

 薄水色のオーラが冷たい空気と変り、俺の周囲にまとわりついた。


「か、体が……」


 するとどうだろう。

 オーラに包まれた部分が少しづつ凍り初めた。

 俺の体のあちこちに霜がつき、徐々に感覚がなくなってきた。

 そして、手や足が紫色に変色し、体が氷に包まれてきたことを理解した。


「人間の氷像ならば、魔王ドラゼウフ様の良き捧げものとなろうぞ」

「こ、これは……」

「この城に来るレベルなのに知らぬのか? それは水属性の魔法『アガトグレイシャー』だ。氷嵐が巻き起こし、対象者を氷で閉じ込めるものぞ」


 俺がまだ見も知らぬ呪文を、ゲレドッツォは丁寧にも教えてくれた。

 対象者を氷で閉じ込める呪文か――。


「まさかお前か? 魔王ドラゼウフの遺体を氷で包んだのは……」


 その問いにゲレドッツォは嬉しそうに返事をした。


「よくぞ気づいたな! 魔王ドラゼウフ様は永遠だ! 闇に潜め生きる我らの希望の光だったお方! その象徴を永遠に祀るのが生き残りしワシの使命ぞ!」


 大した忠誠心だと思った。

 魔族は人間を憎み、ただ殺戮するだけかと思っていた。

 ゲレドッツォは魔王ドラゼウフの遺体を氷で固め、象徴として永遠に残しておくつもりのようだ。

 それにしても、魔族達にとって魔王という存在は勇者のような希望ある存在だったのか。


「魔王が希望の光なのか?」

「不思議な顔をするな。我ら魔族にとって、魔王ドラゼウフ様がどれだけの希望であったか知るまいて」

「どういう意味だ?」

「貴様ら人間は迷宮に眠る財宝目当てに、我らの住む地において攻め入り殺戮していくではないか」


 ゲレドッツォの言っていることは間違ってはいない。

 しかし、それは英雄を偽る金目的の冒険者達だけだ。

 それに先に世界の征服を宣言し、人間を襲ってきたのは魔王ドラゼウフ達魔族だ。

 イグナス達との冒険の中で、滅ぼされた村や街を見て来た俺は反論せずにはいられなかった。


「お前達だって、魔族の領土を広げようとして人間を襲ってくるではないか」

「ふん……話は噛み合わぬな。所詮、人間と魔族は憎み殺し合うように運命付けられているのだ」


 会話しているうちにも、俺の体は徐々に氷で固まり始めた。


「人間よ、ワシは何れ魔王ドラゼウフ様のような傑物を見つけ出し育て、魔王軍を再結成するつもりだ。あの汚らわしい人間の女には決して『魔王』の称号は名乗らせぬぞ!」


 ゲレドッツォは割れた錫杖を天に掲げながら叫んだ。


「ワシは新たな目標を見つけた! 魔王ドラゼウフ様を殺した人間への復讐だ! 女も子供も魔獣のエサにしてくれるわッ!」


 それは何か新たな生の喜びを訴えるかのようだった。

 それと同時に俺の心の中で激情が起こった。


「させない!」


 人間を殺そうとする魔族への怒り。

 その怒りに反応して、アレイクが赤く光り輝き始めた。


「ぬっ! バ、バカな!?」


 ゲレドッツォは目を見開き慄いた。

 赤い光が灼熱のような熱さを帯びる。

 その熱さは全身を刺すような痛みはあるが、俺自身の体を焼くわけではない。

 赤くける光は体を包む氷を溶かしてくれていた。


「ど、どういうことだ!? その剣は魔法――」


 青黒い血が左肩口から右脇腹まで流れた。

 その血は無論のことゲレドッツォのものだ。


「ぐほォ!」


 黒曜石の床に崩れ落ちるゲレドッツォ。

 俺は無意識に動き、攻撃し、霜護の番竜を斬り伏せたのだ。

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