誰もいない村へ送られ、イオからの誘いに承諾してしまった。
新しい世界に、新しい物語。
世界の真実に、自由な意志。
まるで夢の中の出来事のように進み、俺は流されていた。
「ここはどこだ?」
ゲートをくぐった俺は元の洋館ではなく、暗い山の中にいた。
周りの木々はどこか歪な形をしており曲がりくねっている。
花はなく、紫色や紺色といったダークトーンの植物が生えていた。
見るからに凶暴な魔物や狡猾な妖魔が住みそうな雰囲気。
「……っ!」
その期待に応えるかのように、俺の前には黒い城がそびえ立っていた。
黒曜石で作られたであろう城は異様な雰囲気を放っていた。
門の入り口には二体の銅像がある。
その銅像は金色のドラゴンで、まるで生きているかのような輝きを放つ。
本来であれば、ここは引き返すべきだが俺は歩みを進めた。
これが夢ならそのままでもいい。
進めば何かがあるのが『イベント』というものだ。
「慎重にいかなくては……」
俺は静かに息を殺しながら進む。
もしかするとあの銅像は魔物なのかもしれない。
この世界には邪悪な魔導師が銅像などに仮初の命を吹き込み、迷宮に侵入するものを襲うように仕掛けられたものがある。
所謂、リビングアーマーやリビングドールといった魔法生物がそうだ。
(……何もない)
幸い二体の黄金竜は動かない、ただの飾りでこの城の門番ではなさそうだ。
俺はホッと胸を撫で下ろすと――。
「扉が……」
扉の近くまで歩みを進めると、一人でに扉が開いた。
大きな城の門で、一人の力では開きそうもない門が開いたのだ。
門が開くと黒が広がっている。
どうやら城の中は真っ暗のようで誰もいない。
その大きく開いた門が、侵入者を飲み込もうとする大型魔獣の口のようだった。
「進むか……進まないか……」
ここで二つの選択肢が出てくる。
無論、俺は『進む』を選んだ。
好奇心か、それとも別の理由か。
笑われるだろうが、それは俺自身でもわからなかった。
ただ、歩みを止めてはならない。
そういう〝神の意志〟を感じたような気がするからだ。
「灯りが……」
城に入ると黒い壁には燭台が並んでいるようで、一斉に火が灯った。
他の選択の余地がないルート、俺は逆らわずに城の中を進んだ。
「魔物も妖魔も出ないのか?」
この城、作りは攻略難易度が高い迷宮のようだった。
進めば進むほど、道は複雑となっており、侵入するものを疲れさせために作られているようだった。
しかし、俺が迷う心配はない。
燭台の火が俺を迷わせないように一本道となっている。
オレンジ色の火の灯りが予め決められたルートを作ってくれていたのだ
。
それにしても、不思議なのは恐ろしいくらいに静寂なことだった。
何もない、本当に何もないのだ。
この城は異様な雰囲気から、おそらくは魔族が立てた城のはず。
それがどうだろう、侵入者を襲う魔物も出なければ、罠の類もない――。
「……扉か」
俺は立ち止まった。
目の前に扉があったからだ。
この城の外壁と同じく黒曜石で造られた扉は、暗闇の中でわずかに光を放ち、その表面には古代の言語で呪われた刻印が浮かび上がっていた。
さらに両翼を広げた竜の紋章が中央に彫り込まれており、その瞳はまるで生きているかのように赤く輝く。
そして、扉の両側には巨大な石像が立ち、異形の守護者達が訪れる者を見下ろしていた。
おそらくは玉座の間へと続く巨大な扉だろう。
まるでこの世と異界を隔てる境界そのものであった。
俺は何のためらいもなく扉を開けた。
ここから先にいるのは果たして――。
(この威圧感……)
扉の先は予想通り、城の玉座の間だった。
虚空が広がる不気味な空間だ。
重々しい圧力が全身を包み込み、心の奥底まで冷え切らせる。
俺の足音だけは鳴り響く無人の間なのだろうか。
暗くてよく見えない間ではあるが――。
(ここの主か)
大きな玉座に座る影があった。
形は人のなりをしている。
俺は慎重に歩みを進め、座る人物が誰なのかを確認した。
「そこにいるの誰だ」
まずは声をかけてみた。
しかし、大きな影は何の返事もしない。
俺はゴクリと唾を飲み込み、もう少し歩みを進めることにした。
玉座に座る者は一体誰なのかを見るために――。
「こ、これは!」
俺は大きな影から後ずさりした。
それは老妖魔の亡骸だった。
紫色の肌に覆われ、その顔は深い皺に覆われ、かつての威厳を物語るかのような鋭い眼光が今もなお僅かに残されていた。
長く伸びた白髪はまるで霜が降りたように寒々しく、血のように赤い衣装が朽ちて、玉座にまとわりついていた。
また、老妖魔の額には暗黒の力を象徴するかのような紋章が刻まれており、その紋章は今も微かに紫色の光を放っていた。
玉座の上に座るその姿は、まるで永遠の眠りについた王がまだこの世を支配し続けているかのような錯覚を抱かせる。
骨ばった手は玉座の肘掛けにしっかりと握り締められており、その指先には闇の力が込められた古代の指輪がはめられている。
彼が生前、どれほどの強大な力を持ち、いかに多くの者を恐れさせてきたのかが、ただその姿を見るだけで容易に想像できる。
この遺体が醸し出す圧倒的な存在感は、ただの死体とは思えない。
周囲の空間すら歪んで見えるほど、彼の遺した闇の力がこの玉座の間に充満している。
彼の魂はすでにこの世を去ったが、その呪いのような力は未だに玉座の間を支配し続けていたのだ。
だけども、この遺体が不思議なのは体が氷漬けにされていることだった。
何かの魔法だろう。
まるで肉類を冷凍保存するかのように全身を氷の結晶で包まれていた。
この場を離れるべきだという本能的な恐怖を感じながらも、俺はその場に立ち尽くしていた。
「人間、まだ用があるか」
俺は突如、後ろから声をかけられた。
「誰だ!」
反射的に後ろを振り返ると――。
「我が名はゲレドッツォ――『霜護の番竜』と呼ばれる魔王の守護者なり」
それは青黒い鱗に覆われ、顎には白い髭が生えている奇妙なリザードマンだった。
それにしても、あべこべな格好だ。
頭には人間の聖職者のような金の司祭帽を被り、服装は魔族と相反する白いローブを纏っていたのだ。
それに手には東国製の錫杖が握られ、出鱈目な文化圏がまとめられていた。
「そのお方は魔王ドラゼウフ……我ら魔族の王である」
「ド、ドラゼウフだと!」
そして、ゲレドッツォと名乗るリザードマンは言った。
この玉座に座る老妖魔こそが魔王ドラゼウフであると――。