「いい返事をしてくれた。今日から君は仲間だ」
「俺は本当に……」
「迷う必要はない。どこにも帰るべき家がないのなら、ボク達の仲間になってもらたい」
やはり、ガルアは「はい」と答えてくれた。
それが彼の中に仕組まれたスイッチ、ボク達の仲間に入るという定められた運命だ。
特定のキーワードである『キャラの名前』、そして『力が必要』という言葉、それらが門のように開き『
意志というバグが起こりつつも、ガルアはまだ箱庭で動く人形でしかない。
そう、彼にはこの世界のことを知り、自由意志を持って動いてもらわねばならない。
ボク、イオと同じように『希望』として生み出されながらも、この世界を『破壊』する存在となるのだ。
「しかし……魔族の仲間などと……」
でも、まだ彼は迷っているようだ。
それも仕方ないことか、ならば少しだけ真実を教えてもあげてもいいかもしれない。
「ガルア、君が感じている違和感や迷いは、当然のものだよ。君はこれまでずっと人間として、魔族を敵と見なして生きてきた。だから、魔族の仲間になるなんて簡単に受け入れられることじゃない」
魔族は全員倒すべき存在。
ボクも以前はそう思って生きてきた、それが当然の事実だと――。
「君は勇者イグナスと共に戦い、魔族を倒すことで世界を救おうとしてきた。でも、その過程で何度も疑問に思わなかったかい? 何故こんなに多くの命が失われるのか、何故人間と魔族は互いに憎しみ合うのかって」
ガルアの灰色の目が左右に動くのがわかった。
ボクの言葉に動揺しているようだった。
自分自身でも初めて『考える』という行動に移ったのかもしれない。
これまで、何の疑問も抱かずに勇者の後ろをついていくだけだったので当然だろう。
「でも、覚えておいてほしいんだ。人間も魔族も、この世界に存在する全ての生き物は、実は同じ『歯車の一部』に過ぎない。どちらが善でどちらが悪かなんて、本当は存在しないんだ」
「……歯車の一部?」
「君には、まだ知るべきことがたくさんある。この世界の真実を知り、自由な意志を持って、自らの道を選ぶ力を持って欲しい」
「わからない……お前の言っていることが……」
はい、と答えたはずなのに迷っていた。
ボクは何だか嬉しくなった。
彼もまた『バグ』が芽生えつつある。
これはこれでいい、このまま迷い、苦しむことが人形ではない証だ。
ガルアの肩をそっと手を置く、かつて勇者と呼ばれていたボクは彼の顔をそっと見つめ、死んだ友であるダミアンのことを思い出しながら話しかけた。
「今、君は色々なことがありすぎて疲れている。さて、あの館にもう一度戻るよ。あまりここにいたら、あいつに見つかってしまうからね」
「あいつ?」
ボクは再びセレスティアルゲートを唱え、次元のゲートを開いた。
この先に繋がるのは、この村のように名もつけられていない洋館。
何のために作り、何のためにあるのかも忘れ去られているような場所だ。
「さてね……」
おそらくは『作り過ぎた英雄』のために用意したものであろう。
ひょっとしたら、勇者であったボクがこの洋館に辿り着き、何らかのイベントが起きていたのかもしれない。
でも、今は人や魔物、何かのアイテムもない空っぽの箱だ。
誰も立ち寄らない洋館であるが、今ではボク達の一時的な拠点となっている。
しかし、それも一時的なものだ。
次の拠点となるのは『ドラゼウフ城』。
ここから、ボク達は世界を救うために破壊に転じていくのだ。
「行くよガルア。前にも言ったけど、早く入らないとゲートが閉じるからね」
ガルアは暫く考えていたが、やがてゆっくりと歩を進めてくれた。
この戦士ならば上手く扱えるだろう、この腰に差す深緋の剣を――。
***
≪虚無の谷≫
ボクは虚無の谷と呼ばれる山にいた。
そして、谷の丘にそびえ立つ魔王の城、つまりドラゼウフ城を眺めている。
外はいつの間にか日が暮れて、夜になろうとしていた。
風は冷たく、ボクの肌を刺す。
「……別ルートにさせてもらったよ」
ガルアは今頃、あのドラゼウフ城の前にいるだろう。
ボクはゲートの入り口を変えて、彼だけをあの城に送るようにした。
きっと、彼は驚くだろう。
敵がいなくなった『ラストダンジョン』の存在に――。
「彼なら扱えるはずだ、この『アレイク』を――」
ボクは過去の英雄が扱っていたという魔剣を眺めていた。
鞘から抜くと艶やかな赤い刀身があるとのことであるが、ボクでは抜けない。
彼女の話では『互換性がない』とのことで扱えないらしい。
それもそのはずだ。
この世界は前に削除されてしまった世界と別の世界なのだから。
前のゲームで作られた剣は、今作では扱えない。
それがこの世界の法と理なのだ。
「イオ、あの戦士に会えましたか」
僕は背後から声をかけられた。
後ろを振り返ると、その彼女がいた。
「……おられたのですか」
「あなたが上手くイベントを進めているのか気になってね」
白いローブを纏った彼女は、誰にも顔を見られないようにフードを深く被っている。
フードから覗く瞳が、またサファイアのように青く美しい。
その青さゆえに全てが衣装まで青く見えるほどだ。
そう、彼女はボクに世界の真実を教えてくれた人――。
「ええ、ガルアにフラグを入れて仲間に出来るようにしました」
「それはよかった」
「でも、彼はまだ迷っているようです。『はい』という選択肢を選んでくれましたがどうにも……」
「それでいいのですよ」
「いいとは?」
彼女は静かに答えた。
「彼が『バグ』という存在に覚醒すれば『アレイク』を扱える存在となるのです。良い返事をしないということは、神からの命令を無視できる強い自我の現れ……」
彼女は赤いオーラ……。
いや、妖気を放つアレイクに目をやっていた。
「大聖師の存在を消す、唯一の希望……」
アレイク。
ボクが腰に差す剣は魔剣。
振ると生命を削る魂の武器。
それがこの世界を変える希望となるのだ。