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ep14.New Game

 この村はイグナス達と共に訪れた村。

 そして、この宿はイグナスから追放を言い渡されたところだ。


「誰もいないだろう」


 イオは静かに語りかけた。

 確かに人がいたはずの村、村人達が生活している風景を覚えている。

 住んでいた人々はどこへ行ったのだろうか、そんな疑問が俺の中で湧き上がる。


「ここの村人達はどこへ消えたんだ?」


 俺のシンプルな疑問にイオは答えた。


「全員消されたよ」

「け、消された?」

「急ごしらえの村だったらしいからね」

「急ごしらえ?」

「そうさ」


 イオは静かに頷くと不意に虚空を見つめた。

 その紫水晶のような瞳は何を見つめ、何を思っているのだろうか。


「ここは『勇者イグナスというキャラを試すためのイベント』に作られた『使い捨ての村』さ」


 使い捨ての村と言った。

 この村が使い捨て? 俺は首をかしげるばかりだ。


「勇者イグナスというキャラは試されていた。本当にこの物語の主人公に相応しいかどうか、そのために君達はここへと導かれてやってきたんだ」

「バカな全てはイグナスの選択で来たんだ。俺達の旅は――」

「魔王ドラゼウフを倒すことだろ?」


 先を制するようにイオに言われてしまった。

 俺達の旅は魔王ドラゼウフを倒すこと。

 そして、世界に平和を取り戻すことだ。


「でも、君は勇者であるイグナスを殺してしまった。世界の希望の光の一つを消してしまったんだ」


 何も言えなかった。

 俺はラナンという魔族を救うために勇者を殺してしまったのだ。


「君はこれからどうするんだい」


 これから迫られる選択。

 勇者を、仲間を殺してしまったものに待ち受けるものは〝死〟のみ。

 それが迎えるべき通常のルートなのであろう。


「イリアサンに投降するのかい? それとも賞金稼ぎ達ワイルドウルフのエサに? それか自害でも?」


 イオの述べる通りだ。

 俺には、提示されるような選択肢が用意されている。

 死は覚悟しているつもりだが、どの選択肢も選ばなかった。

 つまり、俺には『生への執着』というものがあったのだ。

 あの日、あの時にイグナスを斃したときから、俺は呪われた戦士へと堕ちていたのだ。


「君は生きなければならない」


 イオが俺にそっと語りかけた。

 その言葉の優しさが、俺のくすみきった灰色の心をなだめてくれる。

 おかしい、俺はだんだんとイオの言葉に耳を傾け始めている。


「共に人間も魔族もない世界を作らないか」


 イオが俺の肩を持つ。

 その手は魔王を自称する者にしては温かみがあった。


「人間も魔族も?」

「そうさ、ボク達で新しい世界を作るんだ。それには、戦士ガルア・ブラッシュの力が必要になる」


 戦士ガルア・ブラッシュの力が必要になる。

 それはイグナスが、俺を仲間に勧誘してくれた言葉と一緒だった。

 俺の中で『何かのスイッチ』が入った。

 カチリと頭の中で音がしたのだ。

 皮肉にも、この音は聞いたことがある。

 それは俺がイグナスの仲間になろうと決意したときの心の音だ。

 イオは優しく微笑むと俺に意味深なことを囁いた。


「この世界に魔王はいない。もう、このゲームは少しづつ壊れ始めている」

「ゲーム?」

「ボク達で新しい物語を作るんだ。タイトルは――」


 何が何やらわからないまま、俺はイオの瞳を見ていた。

 そして、俺は今頃気付いた。

 館の書庫から不意に取り出した灰色の本をずっと手にしたままだ。


「〝Cursed Bug Quest〟だ」


 それがこの本のタイトル。

 何も書いていない俺達だけの物語。


「ガルア、長くなるであろう物語を共に旅しよう」


 はい。


 俺は自動的に一つの選択肢を選んだ。

 魔王イオの仲間になるというルートだ。

 これまであった不安や疑問はなくなり「はい」という呆気ない選択。

 巧妙に組み立てられたこの世界、俺は人形のように動くしかなかった。

 言葉がフラグ、スイッチとなり、世界は動く。

 それがこの仮想世界における一つの生き方なのは、後で俺は知ることになる。


          ***


青き暴君サピロスか……」


 真っ白な空間で青き竜の骸を見つめる者がいた。

 サイネリア色の頭巾を被り、白いマントで体を包む小柄な男。

 名前は『大聖師』。

 この『Ground Brave Quest』の案内人である。


「何故、魔物の遺体をここに?」


 大聖師の傍らにいるのはジル。

 勇者イグナスの仲間であった魔法使いである。


「勇者イグナスを試験するために特別に用意した魔物だからね。製作者としては思い入れがあるのさ」


 静かに語る大聖師。

 頭巾の影から覗き込む瞳は何かを懐かしみ、考えるものだった。


「――『前の物語に登場した魔物』でしたね」

「ああ……長く置いていた彼を折角だから使うことにした。勇者イグナスを試すには丁度良いと考えた」


 大聖師は体を反転させるとジルに尋ねた。


「青き暴君は強かったかい?」

「ええ……手強かったですよ」

「それはよかった」


 ジルは小柄な大聖師を見る。


「何故、この魔物をイベントに使ったのですか?」

「新たに魔物を生成するのには時間がかかるのと、敵の強さを調整するのはなかなかに難しいんだ。この青き暴君なら、手頃な苦戦を与えてくれると考えてね。僕の思うような戦闘が出来てよかったよ」

「なるほど……」


 納得する表情を見せるジル。

 しかし、大聖師は違う思いも混ぜていたようだ。


「……僕の心を長く結びつける鎖を断ち切るためでもあるけどね」

「と申しますのは?」

「ジル、それ以上の詮索は無用だよ」


 大聖師は白い空間を歩き回る。

 この空間には何もない、ただただ無限の道だけが広がっている白紙の状態だ。


「ジル、ところで名無しの女魔族がいただろ? イグナスのために用意した使い捨てのキャラがさ」

「あの娘のことですか」

「娘だなんて情のある台詞を言うね。あいつは村人達と一緒にきちんと消したかい」


 ジルは暫く沈黙した後、こう答えた。


「はい、間違いなく」


 大聖師はうんうんと頷き、スキップする。


「よしよし! 次こそはもっと心身共に強い勇者を生み出すぞ! 僕はこの物語をしっかりと完結させなくちゃならないからね!」


 まるで子供のような大聖師。

 だが急に動きが止まり、足で白い地面を踏み鳴らし始めた。


「その前に再び魔王を作らなきゃならない……あのバグキャラを凌駕するような強い魔王を……」


 強い魔王、その言葉と共に大聖師は指を鳴らす。

 すると、彼の前には四角い立体映像が現れた。


「この強化したドラゼウフでテストプレイだ――」


 大聖師は手を動かし始める。

 その立体映像には、魔王らしい角の生えた老妖魔が映っていた。

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