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ep12.魔王イオ

 魔王軍とやらの誘いを蹴った。

 人間である俺は普通なら殺されているだろうが生かされている。

 一人で部屋にいる俺は云わば軟禁状態、これからどうなるのだろうか。

 しかし、ここで一人考えたところで仕方がない。


「あいつ、暫く自由にすると言っていたが……」


 ラナンの台詞から、どうやら俺はこの部屋から出る自由を与えられているようだ。

 本当だろうか?

 何もすることのない俺は部屋の扉まで歩き、ドアノブに手を伸ばした。


「……扉が開いている」


 ドアノブを回すと扉が開いた。

 ラナンの言っていることは本当だ。

 俺にはどうも『おかしな自由』があるようだ。

 部屋を出ると暗い廊下に足を踏み出した。


 ――次のイベント。


 あのラナンの言葉が頭の中で渦巻いている。

 そのイベントとは何だろうか。

 何を条件に、どうして、何故俺にこの洋館を歩く自由を――。

 歩くたびに浮かび上がる疑問、どこかに何かしらの罠が待っているのか。

 考えれば考えるほど頭を悩ます。

 だけども、俺は不思議と足を止めず洋館内を歩き回っている。

 何かに導かれるように、誰かが俺を動かすように……。


「特段変ったことはないが……」


 罠が待ち受けてないか、と身構えながら歩を進めるが何もない。

 あのトロルが案内したときのように血のように赤黒い絨毯、誰だかわからない人物画、暗い風景画。

 二度見る風景を眺めていると……。


「これは?」


 ふと床を見ると、僅かな薄明りであるが赤いオーラが流れていた。

 その赤いオーラが俺の足に触れる。

 するとどうだろう、俺の足が自然と動き始めた――。


「い、一体……」


 足だけではない。

 手を振り、頭や体が前に出る。

 強制的に誰かに動かされるように、俺の体が動き出したのだ。

 黒い通路を抜け、下の階に降りるだろう階段まで来た。

 階段はらせん状に続いており、俺は階段をどんどん降りていく。

 そして、おそらく外の光が漏れる一階を抜けて地下まで降りていった。

 まるで勇者の仲間から堕ち、ただの狂戦士と成り果てた自分のように――。


「……やっと動きが止まったか」


 体の動きがやっと止まった。

 もちろんここは洋館の地下室となり、そこは書庫になっていた。

 棚から見えるタイトルから、魔導書や薬草学など様々な本が並んでいるようだ。


「本か……」


 不思議と体が動いたことに疑問に思いながらも、俺は一冊の本を手に取った。

 その本を手に取ったのかは自分でも不思議だった。

 自分でも何故そのような行動をしたのかはわからない。

 何かに導かれるように俺は手にしたのは間違いない。

 まるで〝神〟に操られているかのようだった――。


「Cursed Bug Quest?」


 俺は『Cursed Bug Quest』と書かれた書物を手に取っている。

 色は灰色で、何の装飾も施されていないシンプルな本だった。

 タイトルのみ書かれており、著者名も不明。

 パラリと本をめくると何も書かれていない白紙だ。


「ようこそ、ガルア・ブラッシュ。君を待っていたよ」

「ッ!」


 俺は声をかけられた。

 それは女の声、ただしラナンの声ではない。

 まるでフルートを吹いたかのような透き通るような声。

 セイレーンの竪琴のような美しい音色だった。


「誰だお前は!」


 振り向くと少女が立っていた。

 神秘的な藤色の髪を後ろに束ね、黒い皮鎧を着ている。

 更に紺色のマントを羽織り、どこか威厳と豪壮さを兼ね備えた出で立ちだ。

 腰には黒鞘に納められた剣を下げている。

 その剣からは仄かに赤いオーラを出しており、どこか禍々しくも美しかった。


(この赤い光は!)


 女の剣を眺めていると俺は気付いた。

 部屋を出たときに流れていた赤いオーラ、俺をここに導いた光と同じもの……。


「ボクは勇者と呼ばれていた存在……」


 俺が戸惑っていると、女は微笑みながら近づいてきた。

 間は一瞬にして詰められている。

 それはこの女が只ならぬ実力を持ち合わせていることを表していた。

 それにしても何故『ボク』などと男のような口調を?

 いや、それにしてもこの女は一体何者なのだ。


「そして、今は魔王と呼ばれる存在となっている」


 その声は広間全体に響き渡るようだった。

 女は言った『魔王』と――。


「まさかお前が……」

「そう、ボクが魔王イオ。新しい闇の王を名乗るものさ」


 魔王イオ。

 それがこの女だという、見た目は完全に『人間』だ。

 だけども、俺は心の中で「おかしい」と思った。

 魔族が人間の形をとっていると仮定しても、この女から邪なものを全く感じない。

 むしろ、どこか安心感を感じさせる雰囲気がある。


「ガルア、君には選択肢がある。ボクと共に世界を救うために戦うか。それとも戦士としての誇りを貫き挑むか」


 イオは優しく微笑みながら手を差し伸べた。

 この手を掴むか、振り払うか――。

 俺は唐突に選択肢を迫られたのだ。

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