「ハァハァ……ハァ……」
――あれから数日がたった。
俺は呪われた装備に身を包まれたまま逃げていた。
冒険者達に追われ、森の中を駆けずり回っている。
「ダラス! あそこにいたぞ! 勇者殺しだ!」
「よし! 絶対に逃がすなよ!」
イグナスは死んだのだ。
そう……俺が殺した。
あの女魔族を助けるために……。
「逃げるなよ、ガルアさん」
目の前には剣を持った男が立っていた。
浅黒い肌に砂色の短い髪、古びた皮鎧は経験を物語っている。
手に持つ剣から俺と同じ戦士なのだろう。
年齢は二十半ばと俺とさほど変わらない。
「やめろ……頼む」
「命乞いか? どだい無理な話ってもんだぜ。あんたを殺せばたんまりと報酬がもらえるからな」
男は剣を両手に持ち、平正眼の構えを取る。
これは命乞いではない――。
俺に敵意を向けないで欲しいという願いだ。
「命乞いじゃない……」
「じゃあ、何だよ」
「あんた達を殺したくない」
「おい聞いたか? こいつは傑作だ!」
笑い声が周りから聞こえてくる。
いつの間にか周りには、男の仲間達に囲まれていたのだ。
武闘家タイプ、僧侶タイプ、魔法使いタイプの計三名。
バランスの良いパーティ編成。
それぞれが強力な技や武器、魔法を持つ相当な手練れだろう。
見ればわかる、だが俺よりもレベルが低いのは感じている。
これまでの旅で得た経験による勘だ。
「お前を倒せば――」
男達は一斉に襲いかかってきた。
やめろ……お願いだ……。
「俺達が『新しい勇者』だ!」
新しい勇者。
この時の俺は、その言葉の意味はよくわからなかった――。
***
「……許してくれ」
周りには男達の骸がある。
俺は彼ら一人一人の亡骸に対し祈りを捧げた。
勝手な話ではあるが、殺してしまった彼らへのせめてもの冥福だ。
「こんなものを装備してるばかりに!」
苦々しく俺は被っている兜を触った。
最近分かったことがある。
この『スカルヘルム』のことだ。
どうやら敵意、殺意に反応して体が勝手に反応するらしい。
俺は切り伏せられても構わない。
それが殺してしまった仲間への償いだ。
そうは思うのだが、この兜を被っている限りは体が動き反撃を許してしまう。
「……そういえば」
だが、今思うと不思議なことがあった。
あの女魔族、ラナンとの戦闘だ。
敵意を向けていた彼女を、何故俺は素手で攻撃で来たのだろうか。
普通ならば、この鈍器で殴り倒しててもおかしくはない。
「…………」
いや、そんなことを今更考えたところでどうしようもない。
俺は極度の疲労感に襲われていた。
それもそのハズだ。
あれからまともに休むこともままならず、ただ逃げる日々。
どこかの街に戻ればいいが、追っ手に襲われて混乱を呼ぶ。
それだけは避けたい……。
俺は当てもなく、森を歩く。
長い時間歩いたが、ここまで幸いにも魔物とのエンカウントはない。
このエリアの魔物は人間に危害を加えようとしないのだろうか。
普通なら襲ってきても不思議ではないが、恐ろしいほど静かだ。
「眠い」
無意識にそう述べた。
どんどん体が重く、鈍くなると視界が狭まった。
そう、俺はとうとう倒れてしまったのだ。
「……死ぬんだな」
闇がどんどん大きくなる。
死というものが近付いてきたのだろうか。
俺はそう思うと逆に心が安らいだ――。
「こいつが噂の人間ですか」
「うむ」
「あの方も物好きなお人だ。何故人間など」
「つべこべ言わず運ぶぞ」
「ヘイヘイ」
甲高い声、野太い声――。
二つの声がする。
妖魔、魔獣の類の声だろう。
ならばここで俺にとどめを刺せ――。
そして、意識はそこで途絶えた。
***
森で逃げ惑う日々、冒険者との死闘に疲れた俺は倒れた。
普通ならそこで死んで、体は土に還ることだろう。
ところが目覚めると俺はベッドの上にいた。
「俺は死んだはずでは……」
ベッドの上……。
残念ながら俺は生きているようだ。
「ここはどこだ?」
そこは黒い部屋だった。
周りには簡素なタンスやイス、鏡があった。
ここはどこかの宿屋だろうか。
「……体が軽い」
ふと鏡を見た。
すると驚いたことに鎧兜は脱ぎ取られ、銀髪の男が映っていた。
黒い上下の服を着ている。
呪われた装備をする前の俺、ガルア・ブラッシュだ。
「目覚めたようだな」
後ろから野太い声で呼ばれ振り向いた。
するとそこには『トロル』と呼ばれる魔物がいた。
それも色違いの亜種。
紅梅色で体は大きい。だが肥満体でなく、筋肉質なものだ。
魔獣の毛皮を腰に巻き、鋭い眼光で俺を見据えていた。
「魔物ッ!」
素手であるが俺は咄嗟に構えた。
「武器もないのに戦うつもりか?」
トロルの言う通りだった、今の俺は武器を持たない。
丸腰の状態だ。
「やめておけ、剣を持たぬ戦士が俺に勝てるはずもない」
「くっ……」
俺は構えを解いた。
このトロルと戦ったとしても無惨に殺されることであろう。
「大人しくしろ、お前を殺すわけではない」
魔物らしい低い唸り声をあげるも、このトロルはどこか知性を感じさせた。
トロルは人間を見たら、即座に生まれ持つ怪力で引き裂こうとするものだがそれはなかった。
俺が間合いを測りながら警戒するも、トロルは手招きする。
「ついてこい」
「どこへ連れて行くつもりだ」
「黙ってついて来るんだ」
トロルはそう述べると部屋から出た。
俺はこのトロルに付いていくことにする。この部屋に留まったところで仕方がないからだ。
(どこかの屋敷か……)
部屋を出ると怪しげな雰囲気を醸し出す。
暗いこの場所はどこかの屋敷なのだろう。
血のように赤黒い絨毯が床には敷かれ、壁には誰を描いたかわからない人物画に、色使いが暗い風景画が掲げられている。
「今からお前に会わせたい人がいる」
「会わせたい?」
「人と言っていいかわからんがな」
「どういう意味だ」
「ついてくればわかる」
のっそり歩くトロルの後をついていった。
ツカツカと二人の足音が廊下に響く、ここまで誰にも会わない。
不気味な通路を歩いて行くと、
「ついたぞ」
黄金の装飾物で飾られた扉前まで来た。
するとまるで俺を誘うかのような、扉が開いた。
「入りたまえ」
部屋の中から男の声がする。
俺はゴクリと唾を飲み込み部屋に入った。
「ようこそ、戦士ガルア・ブラッシュ君」
広い部屋には人間がいた。
ヒゲを蓄えた中年の男だ。
大きな椅子に座り、笑顔で俺を出迎えていた。
「私はサッド・デビルス」
男はサッド・デビルスと名乗った。
「……魔族だ」
驚いたことに目の前の男は『魔族』だという。
見た目は完全に人間だが……。
「魔族?」
「あれさ、人や動物に擬態する魔法だよ」
「……魔法ね」
「まあ、魔族にも人間に近い姿のものがいるがね」
ラナンのことを頭をよぎった。
魔族の広義は広い。
この世界では悪魔や妖魔をひとくくりにしている。
ある学者による定義では人間に近い姿を妖魔と呼び、それ以外を悪鬼や悪魔と呼んでいるらしい。
ならば、このサッドは魔法で人間の姿を借りているならば悪鬼、悪魔の類だろうか。
「何が目的だ。それにここは……」
「そのことなんだがね」
サッドはそう述べると指を弾く。
するとワインとグラスが召喚され、サッドはトクトクとグラスに注いだ。
それを一口飲むと、
「ふむ……まだ酸味がきついな」
サッドは俺に一つの提案を出した。
「君を仲間にしたい」
俺を仲間にしたいというオファーだった。
「君を魔王軍の戦力として引き入れたいのだ」
「魔王軍……戦力……一体、お前は何が言いたいんだ」
「口の利き方には気をつけろ、お前ではなくサッドだ」
サッドは急に口調が変わった。
その威圧感に俺は少し押された。
口からは少し牙が見え、一瞬であるが角のようなものが生えた。
やはりこの男は悪魔系の魔族なのだろう。
「いやはや失礼、折角招き入れようとしたのに申し訳なかったね」
口調が穏やかになった。
感情の緩急を使うサッド、魔物ながら心理戦に長けているのだろうか。
「さてと本題に入る前にだが、君に会わせたい人物がいる」
「会わせたい人物?」
「――久しぶり」
後ろから女の声が聞こえて来た。
どこかで聞いた声だ。
俺は後ろを振り返ると――。
「お、お前は……」
ラナン、ラナン・シャルト。
あの時の女魔族だ。
妖艶な微笑みを浮かべ、赤い瞳を輝かせていた。
ラナンを見て驚く俺をサッドはニタリと笑っている。
「……ガルア君」
サッドは低く小さく述べると、衝撃の一言を放った。
「魔王ドラゼウフは死に、我々は新たなゲームを作らなければならない」
魔王ドラゼウフが死んだ!?
ドラゼウフはどうやって、誰が……。