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ep08.ラナン・シャルト

「ぐうう……ガルアめ。あの呪いの兜を渡したのがマズかったか」


 人のいなくなった納屋では、イグナスが胸を押さえうずくまっていた。

 とある塔のダンジョンで手に入れた『スカルヘルム』。


 人の頭蓋骨を模した兜であるそれは、最高クラスの防御力を誇るが一方で混乱する効果を引き起こすのではないかとイグナスは思っていた。


 そもそもイグナスとガルアの出会いは、序盤の冒険である村に立ち寄った時だ。

 村一番の剣の使い手である戦士ガルアをイグナスは仲間に引き入れた。

 だが、冒険を進めるうちにその存在を疎ましく思い始めた。

 これといった特技やスキルもなく、前衛で肉壁となって戦うだけの存在だからだ。


「胸骨とアバラがイっちまったな」


 冒険が進むにつれ敵も強くなり、前衛でダメージを受け続けるガルアを回復させるためにアイテムの消費が激しくなる。

 更には戦士であるので、武器や防具を揃えるのにも金がかかった。


 金を消費したくないイグナスは、各ダンジョンで手に入れた呪いの武器や防具をガルアに装備させた。

 呪われたとしても、教会やミラの呪文で取り外せばいいと安易に考えていたのだ。


「装備させるには防具だけでよかったな、武器を渡したのが間違いだった……」


 始めは兜から、次は盾、鎧……その行為はどんどんエスカレートしていった。

 呪いの防具に身を固めたガルア、呪いの効果で彼がパーティの足を引っ張るたびに罵倒していった。


 コスト削減と面白半分でやった行為だったが、だんだんとガルアをパーティから居づらくする行為に変わっていった。

 イグナスは、ガルアをパーティから外したかったのだ。

 そして、念願叶いやっとパーティから追い出すことが出来た。


「次は武闘家を仲間にしなきゃな。金もかからねェし、前衛での活躍も期待できる」


 痛みを堪え、やっとの思いで立ち上がるイグナス。

 ダメージ受けながらも『次の冒険』のことを思案する。

 ここで立ち止まってはいけない、魔王を倒すのが勇者の使命だからだ。

 しかし、その前に早くミラに回復してもらわなければならない。


 ――カッカッ


 足音が聞こえた。

 誰かと思ったが、足音の主はよく知る人物だ。


「お前か……丁度良かった、回復……」


 ――ビッ……!


 心臓に電撃が走った。

 雷属性の魔法を胸に打たれたのだ。

 イグナスの視界は闇に包まれ、意識は深い淵へと沈んでいく。

 心臓の鼓動が小さくなるのを感じた。


 ――死


 そう、つまりはこの世との永遠の別れである。


「な、何故?」


 それが最後の言葉だった。

 世界を救うべき勇者は深い深い闇へと落ちていった――。


 Game Over


          ***


 俺は女魔族を連れ、急いで村を出ていた。

 行先はどこか……それは何処なのか。俺にも分からない。

 ただ道を歩く、ただただ歩いていた。


「……その手を放してよ」


 女魔族は視線を逸らしている。

 それもそうだ、いつまで手を引っ張っているのだろう。


「すまん」


 俺は手を放す。それは即ち解放を意味する。


「どこへなりとも行くがいい」

「私を殺さなくていいの? 村を焼くかもしれない、それにあんたを殺そうとした」


 俺は女魔族の言葉を無視して野道を歩いた。

 行先は決めていないが、仲間に……勇者に攻撃して逃げたのだ。

 これから起こりえることを想像した。


 イグナスが来るのかもしれない。

 または、王国から勇者の裏切者として刺客が送りこまれるかもしれない。

 もしくは賞金をかけられ、国中の賞金稼ぎが俺の首を狙ってくるか……。

 少し後悔しながらも、やったことは仕方がない。

 その時は甘んじて罰を受けよう。俺はそう固く決心した。


「ちょ、ちょっと待って」

「何だ」

「……私があの村に火をつけようとした理由を知りたいんでしょう?」


 俺は立ち止まった。

 友達を殺されたと言っていた、詳しい事情を聞きたい。


「あなた達が殺した青の暴君って呼ばれてるドラゴン……あの子の名前はサピロス。私の友達だった子よ」


 そうか……あのドラゴンが友達だったのか。

 だが、あの青い暴君と呼ばれるドラゴンは退治せねばならなかった。

 誤って迷宮の森に入った村人が次々と殺されたと、村長から聞かされていたからだ。


「あのドラゴンは村人を殺した。だから退治した」

「そりゃ殺されるようなことをするからよ」

「どういう意味だ」


 殺されるようなことだと?

 村人はあのドラゴンに殺された犠牲者だ。

 女魔族は俺を見据えると静かに言った。


「ついてきて」


 俺は言われるまま、再び迷宮の森深くへと入った。


          ***


 森に入った俺達は青の暴君……いやサピロスの前に来ていた。

 既に息はなく、骸と化している。退治してから数日も経っていないので腐敗はしていない。「サピロス……」

 女魔族は涙を流していた。

 そっと涙を拭くと俺の方を向いて言った。


「そこに盛り上がっているところがあるわ」


 サピロスの骸の後方には、不自然に盛り上がっている場所があった。

 何故、気づかなかったのだろうか。

 とりあえず、俺はその盛り上がった場所に近付くと石が無雑作に重ねられている。


「石が無雑作に重ねられているな」

「面倒だけど、石をのけてごらんなさい。面白いものがあるわ」


 丁寧に一つずつ石をどかしていくと隠し階段があった。


「こ、これは」


 俺は階段を降りる、何とそこには小部屋があった。

 周りは美しい青色の壁だ。


「この迷宮の森には遥か昔、サファウダという国が栄えていた。でもサファウダは戦争を引き起こし滅び去った」


 そういえば、そのような伝説を聞いたことがある。

 サファウダ……強力な魔導の力を背景に栄えた王国の名前だ。

 まさか本当に実在するとは思わなかった。


「あの子は……サピロスは、そこで飼われていた竜の子供だった。そして、ここは自分を可愛がってくれた女王様の秘密部屋だった場所よ」

「随分と詳しいんだな」

「サピロスが教えてくれたのよ」


 どうやって、あのドラゴンと女魔族が知り合えたか興味はない。

 だが、何となくわかった。

 この伝説を知る村人の一部が墓荒らしのような目的でこの地に入り、門番を務めていたサピロスに殺されたのであろう。


「これは……」


 部屋を見渡すと俺は一冊の書を見つけた。

 それは青い色の魔導書だ。


「もういいでしょう。あなたには特別に見せてあげたけど、これ以上は詮索しないで。サピロスが浮かばれないわ」


 俺は無言で女魔族の言う通り、隠し部屋から出ることにした。

 無意識に青い魔導書を手にして……。


「そうだったな……」

「これからどうするの?」

「さあな、俺にもわからん」


 俺が一人、迷宮の森から立ち去ろうとした時だ。


「待って、私の名前を知りたいんでしょう」


 そうだった、女魔族には名前があった。

 俺は振り返り彼女の赤い瞳を見る。


「名前は?」


 静かに尋ねると彼女は答えた。


「私はラナン……ラナン・シャルト」

「ラナンか……いい名前だ」


 ラナン・シャルト。

 その名を聞き、俺は呪われた装備の重みを感じながら迷宮の森を出た。

 辺りはすっかり明るくなり、朝を迎えていたのだ。

 空は晴れ、小鳥が飛んでいる。

 が、俺の心は少しも晴れ晴れとしたものではなかった。

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