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ep07.勇者は詰む

 ゆっくりとした時が流れる。

 納屋の窓から見える月はとても美しかった。

 俺が月に見とれていると女魔族が話しかけてきた。


「月が綺麗だね」

「落ち着くか」

「うん、とっても……」

「笑ってる?」

「まあな」


 自分でもおかしかった。

 今まで敵と思っていた魔族、殺すか、殺されるかの関係だった。

 それがこうして何気ない会話をしているからだ。


「私……嘘ついてた」

「嘘をついてた?」


 女魔族が突然言った、嘘をついていたと。


「名前なんかないと言ってけど、あれは嘘」

「名前があったのか」

「……元々はなかったんだけどね」

「意味深げだな」

「名前のない私に名前をつけてくれた人がいるの」


 多くの魔族には名前が無い。

 あるとしたら上級の妖魔や幻獣だけだろう。

 この女魔族のいうことが本当だとしたら、どういう経緯でつけられたのだろうか。

 高貴な魔族に仕えて名前をもらったか。

 それとも魔族を専門に操る魔獣使いビーストテイマーに名付けられたか――。


「ガルア!」


 その時だった。

 勢いよく納屋の扉が開いた。


「そいつが例の魔族か」


 イグナスだ。

 防具をつけず、片手には剣を携えている。

 ジルの話を聞き、ここに駆けつけた様子だ。


「どういった系統の魔物か知らんが、強力な魔法を隠し持っているかもしれない」

「イグナス……」

「どうしたガルア、何故そいつをすぐに殺さなかった?」

「それは……」

「お前、まさかと思うが『逃がそう』と思ってないだろうな」


 イグナスに問いに俺は黙るしかない。

 この女魔族に情が湧いたのは事実、殺さず逃がすよう進言するつもりだった。


「見た目が人間……若い女の姿に惑わされているのか?」

「ち、違う」

「言い訳するな、やはりお前をパーティから追い出して正解だった。サキュバスなんかの誘惑魔法テンプテーションにかけられたら厄介だ」


 そう吐き捨てると、


「早く消さないと……」


 イグナスは剣を女魔族の首目がけて振り下ろそうとしていた。


「……!」


 女魔族は目をつむり、覚悟したかのような表情だ。

 やめろ殺すな! 俺はそう思うと勝手に体が動いた。


 ――ガギィ!


 納屋に大きな金属音が鳴り響いた。

 俺は咄嗟に盾でイグナスの剣を受け止めたのだ。


「な、何考えてんだお前!」


 イグナスの言う通りだ。

 相手は魔族、人間に仇なす邪悪な存在だ。

 動揺する俺をイグナスは侮蔑するような目で見ていた。


「脳筋の戦士はこれだからな、状態異常攻撃に弱い。そうか、あの魔族は誘惑魔法テンプテーションが扱えるのか」

「お、俺は……」

「どけよ役立たず!」

「ぐぅ……」


 俺は腹部に痛みと衝撃が走った、イグナスに蹴られたのだ。


「確実に殺さなきゃな」


 イグナスは再び構えると剣に閃光が走った。

 雷鳴の一閃アラメイ・スラッシュだ。


「やめろ!」


 女魔族は目を見開き、イグナスの光り輝く剣を見ていた。

 気丈に振舞っていたが、よく見ると体を小さく震わせていた。

 やはり死の恐怖があるのだろう。


「せめて苦しまずに殺してやる!」


 ダメだ……。

 このままでは……。

 ――ゴギャ

 鈍い音が走った。

 確実に骨が砕ける音だ。

 雷鳴の一閃アラメイ・スラッシュで斬られたか……。

 いや待て!

 『骨が砕ける音』……だと!?


「ガルア、貴様というヤツは……!」


 俺はカタストハンマーでイグナスの胸を強打していた。

 カタストハンマーは当たると確実に会心の一撃で出る。

 ……が命中率は1/3。

 今回ばかりは運よく当たった。

 そう俺はイグナスを攻撃したのだ。


「ぐはっ!」


 イグナスは吐血してそのまま倒れた。


「ガルア……」


 一連の光景を見ていた女魔族は俺を見て驚いている。

 それもそうだろう、まさか人間に命を救われるなどとは思わなかっただろう。


「逃げるぞ」

「え?」

「逃げると言っているんだ。さっさと魔法を発動して、その縄を焼き切れ」


 女魔族は手から小さな火を練り出すと縄を焼き切った。

 それでも女魔族は呆然と俺を眺めているだけだ。


「すぐにここから出る」


 俺は女魔族の手を取ると納屋から急いで出て行った。

 その細い手は不思議と冷たくはなく、むしろ何故か暖かい。

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