村に火を付けようとした女は魔族だった。
俺とジルは、このことを直ぐに村長に伝える。
すぐさま村の男達が集まり、魔族の女を縄で縛り納屋に入れた。
ジルはフッと息をつく、少し安堵した表情だ。
「これで動けまい」
女は魔族。
目を覚ますと何をするかわからない。
縄で縛られた魔族の女を見る村人達。
村長を中心に話し合いを始めている。
「村長どうします?」
「何でも魔族だとか」
「うーむ……どうするもこうするもなァ」
村長は困った顔をしていた。
魔族と云えど見た目は人間とさほど変わらない。
その処遇に困っているのだろう。
このまま目を覚まして逃げ出せば、また村へと災いをもたらす。
だが、本当に……。
「殺すしかないな」
「ジル……」
冷たくそう言ったのはジルだ。
「見た目は人間、しかし所詮は魔族。今ここで殺さなければ人間に仇なす」
ジルはそう述べると、女魔族に向けて手をかざした。
掌からは火の玉が練り出されている。
それは皮肉にも、女魔族が行おうとしたものと同じ行為。
即ち……レッドショットによる処刑。
俺は何を思ったのかジルを止めた。
「待て、何をする気だ」
「見ればわかるだろ」
「殺すのか?」
「ここで殺さんと、村に災いをもたらす」
「……今は待ってくれ」
「待ってくれだと?」
俺には一つ気になることがあった。
それは、この魔族の女が言っていたことだ。
勇者の最終試験――と。
「ジル、イグナスを呼んで欲しい」
俺が言うと、ジルは目を見開いた。
「イグナスを?」
「この女はイグナスに用があった」
「どういうことだ」
「戦う前に言っていたんだ。これは勇者の最終試験だと」
「最終試験……」
「偶々、俺との戦闘になっただけで、本当はイグナスに会いたかったんだろう」
「ほう……」
ジルは気を失った魔族の女を凝視していた。
眉間に皺を寄せ、どこか怒っているようにも見えた。
「イグナスを呼ぶか」
「ジル……」
「何の目的があるかはわからんが、私も少し気になる」
ジルはそう述べると納屋の出口まで向かった。
俺と同じ気持ちのようだ。
この魔族の女は何故イグナスと会いたかったのか。
勇者の最終試験とは何なのか。
「その魔族の見張りはお前に任せる」
「任せる?」
「お前一人に任せると言っているのだ」
どういうことだろうか。
俺はジルにこの魔族の女の見張りを頼まれた。
俺一人で? ここには男達数人がいるのに。
ジルの言葉に村人達はざわつき始めた。
「み、みなで見張った方が……」
「ダメだ。突然目を覚まし、お前達を攻撃するかもしれん」
村長の言葉にジルはそう答えた。
確かにそうだ。
今は気を失ってても、突然目を覚まして攻撃してくるかもしれない。
この魔族の女の魔法なら、縄を魔法で解くなど造作もないこと。
そうなれば、戦闘能力の低い村人が巻き込まれる可能性もある。
「この方だけで大丈夫なのですか?」
「勇者様のお話では、戦闘でまるで役に立たなかったとか」
村人達が俺を見て不審がる。
どうやら、イグナスは俺が青の暴君との戦闘に出遅れたことを話していたようだ。
少し心に重いものが来るが仕方がない、本当のことだからだ。
「全く、言わなくともよいことを……」
ジルはため息をつき、村人達を安心させるかのように語りかける。
「その男は頼れる戦士。我々の仲間だ」
ありがたい言葉だった。
冷たい印象の残るジルだが、心に熱いものを持っている。
ここまで苦楽を共にした仲間、だけどもうすぐ別れなければならない。
次の街に到着し、この呪われた武具を外せば、二度と会うことはないだろう。
「ガルア、お前に頼んだぞ」
「ああ」
ジルはそれを聞くと、
「お前達も出るぞ、この魔族がいつ目を覚ますかわからん」
と述べ納屋から出て行った。
「お、お待ちを!」
「私達を置いて行かないで下さい!」
村長を始めとする村人達は、ジルの後を追っていった。
この納屋にいるのは村人を除くと、呪われた武具に身を包む俺と魔族の女。
夜も遅く、松明と月の光だけを浴びる俺達は不気味に見えたのだろう。
納屋から出る村人達の足取りは早い。
「この装備では魔族だな……」
ジルや村人達の姿がいなくなると俺は一人呟く。
この身なりでは、この女のように魔族にしか見えない。
怖がられても当然だろう。
さて、そんなことはいいとして……。
「……こう見ると人間と変らんな」
改めて魔族の女を見ると思う。
口から牙が見え、耳はエルフのように尖っているがそれ以外は人間。
人型の魔物はこれまで戦ってきたが――。
「年齢は俺と変らなく見えるが……」
見た目の年齢は俺と近く見える。
僅かばかりの親近感を持つが、相手は魔族。
村に火をつけようとしたことから悪意があるのは間違いない。
しかし、それはイグナスに対する最終試験とやらが目的のように聞こえた。
一体どういう意味があるのか。
この時、俺には全くわからなかった。
「ううっ……」
魔族の女が声を出した。
俺はカタストハンマーを上段に構える。
「こ、ここは……」
目を覚ましたようだ。
目を瞬きさせ、周囲を見渡している。
「目覚めたようだな」
「あ、あんたは!」
驚いた魔族の女は立ち上がろうとする。
だが、縄で縛られ自分が身動きできないことにすぐに気づいた。
「ちっ……こんな縄、私の魔法で」
「動くな、動くと頭をカチ割る」
俺は至近距離まで間合いを詰める。
まるで首切り役人のように――。
「ふふっ……」
不敵に笑う魔族の女、上目で俺を睨む。
「あんた、私を殺さなかったんだね」
「それがどうした」
「普通なら殺して経験値とやらを稼ぐもんでしょ」
「何を言っている」
「あんた達が今までやってきたことよ。魔物を倒し経験値を稼ぐ、ごく当たり前のこと」
おかしなことを魔族の女は言う。
襲ってくる魔物を倒すのは当たり前のこと。
冒険を進むごとに魔物の強さが変わり、その度に倒す。
その戦闘経験が糧となり、より凶暴な、より凶悪な魔物を倒すことが出来る。
「それより早く殺しなさいよ。あのサピロスのように」
「サピロス?」
「青の暴君と呼ばれた、あのドラゴンのことよ」
青の暴君に名前などあったのか。
だけど疑問なのは、この魔族の女がどうしてそれを知っているのかだ。
「あのドラゴンと関りがあるのか」
「友達……」
魔族の女は青の暴君を友達と呼び、流すのは涙。
俺は戸惑った。
敵である魔族とはいえ、人間にあるぬくもりを感じた。
魔族には情などない、俺はそう思い続けていたが――。
いや、この女だけではない。
今まで倒してきた魔物達も、ひょっとしたら……。
「どうしたの? 早くその武器を振り下ろしなさい」
「黙れ、何も言わず、じっとしていろ」
「甘いんだね。攻撃するかもしれないよ?」
「いいから黙れ」
上段に構え俺は警戒を緩めない。
油断するな、戸惑うな、迷うな。
相手は所詮、魔族だ。
俺を惑わし、隙あらば攻撃してくるかもしれない。
「お前――」
と思うものの。
「名前は?」
俺は名を尋ねた。
この魔族の女に。
「私は――」
魔族の女は黙りこくった。
「名前くらいあるだろ」
「無いよ、そんなもの」
「無いだと?」
「――必要ないからさ」
必要ない。
この魔族の女はそう言い切った。