宴は終わった。
俺はイグナスの部屋の前に来ていた。
一呼吸し心を落ち着かせ、扉を数回ノックする。
「イグナス、俺だ」
すると、扉の向こう側から声がした。
「入っていいぜ」
互いに簡素な言葉。
気心が知れた仲間同士で出来る会話だ。
俺はそのまま扉を開け、部屋に入った。
「来たな」
俺の部屋もそうだが、宿屋にしては狭い部屋だ。
インテリアも簡素なベッドやイス、棚が置かれるだけのシンプルなもの。
まるで、急ごしらえで作られた小屋のようだった。
「しかし、この村の宿屋は部屋が狭いよな。ガルアもそう思うだろ」
イグナスはベッドの上で胡坐をかき、リラックスしている様子だ。
「……大事な話とは何だ」
「おっと、そうだったな。とりあえず、そこに座れよ」
イグナスの視線の先には椅子がある。
ここに座れということだろう。
俺は促されるまま、部屋にある椅子に座る。
座り終えると、イグナスは静かに言った。
「ガルア、俺達が命懸けで魔物と戦っていたのに何をしていたんだ」
「それは……」
「仲間が命を張って戦ってたというのに。戦士であるお前が前衛に立たないでどうする」
青の暴君との戦闘の事だ。
俺は呪われた装備の影響で合流に遅れ、戦闘に参加出来なかった。
そのことについて咎められたのだ。
「すまない」
素直に謝った。
イグナスの言うことも最もだ。
前衛に立つべき戦士の俺が戦闘に出遅れた。
責められても仕方がない、しかし……。
「この鎧の効果で体が重くて……」
弁明はしたい。
そもそも、このブラッドアーマーの呪いで体が重くなっていた。
それに、全身を覆う呪われた装備品の瘴気にやられ倦怠感もあった。
出遅れたのにも理由がある。
それをイグナスに
「装備品のセレクトに問題があると?」
「このブラッドアーマーは素早さが落ちる。これを装備してから体が重いんだ」
イグナスは俺の着込むブラッドアーマーを見る。
「その鎧は、素早さが落ちてしまうが防御力は高い。前衛でパーティの盾になるのがお前の役割、そのために装備させた」
「だけども……」
「呪いの効果に負けるほど、お前の精神は弱いのか? 戦闘のスペシャリストである戦士のお前が?」
「イ、イグナス……」
「言い訳をするなよ。お前、みんなの足を引っ張ることが多くなってるぜ」
事実、俺はイグナス達の足手まといになる場面が多くなっていた。
それは、この呪われた装備品だけのせいではない。
俺は他の仲間のように魔法は扱えない。
かといって、特殊なスキルや特技があるわけでもない。
前衛での肉壁と直接攻撃だけが取柄、だがそれだけでは厳しいのは痛感していた。
冒険が進むごとに剣や槍、斧での攻撃が通じない魔物が増えていたのだ。
「呪いの武具を装備させているから戦いにくいだろうさ。だけど、それは俺に考えがあってのことだぜ」
「考え?」
「リスクに目をつむり、お前が少しでも高難度の魔物と戦えるようにするためさ」
俺は直感的にウソだと思った。
「ふっ……俺のやり方に問題はない」
これだ、この笑み。
イグナスのいつもの笑みだ。
装備品を渡すときも、戦闘する際も……。
呪いの瘴気にやられる俺を見て、声に出さない笑みを浮かべていたのだ。
どこか楽しんでいるかのように……。
「そこで、俺に一つ提案がある」
「提案?」
「ガルア、次の街で教会でその装備を外したら――」
イグナスはベッドから立ち上がり、
「パーティから抜けてくれ」
俺は耳を疑った。
パーティを抜けろというのだ。
「どういうことだ?」
「これから厳しい冒険は続くんだ。お前は戦力外なのさ」
戦力外……。
その言葉に俺は暫く放心状態だった。
「ジルやミラには俺から言っておく。『ガルアはパーティの足を引っ張るので自分から抜けた』ってな」
その言葉に俺は我に返った。
いくらなんでもそれは事実とは違う。
「イグナス、それはあまりにも横暴が過ぎる」
「横暴?」
「俺はまだ前衛で戦える。装備品の選択ミスさえなければ――」
「黙れ!」
「ぐっ……」
俺は頬に痛みと衝撃が走った。
イグナスに殴られたのだ。
一歩、二歩、後退し俺は倒れた。
「装備品を整えれば? 仲間の装備の選択に間違いはない!」
「だけど……」
「俺は勇者だぞ! やり方が間違っていると言いたいのか!」
前々から思っていたが、イグナスはおかしくなっていた。
最初に出会ったとき、気がよく優しいヤツだと思った。
勇者の名に恥じず、俺と共に前衛を張り、パーティを守った。
苦しむ人々がいれば涙を流し、仲間が傷つけば激怒した。
そんな男が何故……。
それは〝勇者〟という称号のせいだろう。
行く先々で人々から賞賛され、位の高い王族、貴族からは頭を下げられる。
そんな状況が続けば、驕り高ぶりが出ても当然といえる。
「もう一度言うぜガルア。お前は戦力外だ!」
「イグナス……」
「パーティをどう編成しようと俺の自由なんだ! それを……」
イグナスは怒りという生の感情をむき出しにしていた。
ここまで感情を表すことは初めてだ。
「お前、何をそんなに……」
「早く出て行けよ!」
「昔のイグナスは……」
「出て行けって!」
「……わかった」
俺はゆっくりと立ち上がり、部屋を出た。
扉を開ける乾いた音、締める音。
そのどれもが不穏な音。
まるで呪われた武具を装備した時のような嫌な音のように。
「どうした。部屋から物音がしたが」
「ジルか……」
部屋を出ると同時にジルがいた。
ジルはイグナスの部屋の扉を見る。
「イグナスと何か話をしたのか」
「い、いや……ジルはどうしてここに?」
「冒険をどう進めるかの話さ。ここまでは順調、そこまではいいんだが……」
ジルは顔が険しくなり黙り込んだ。
様子が少しおかしい。
「どうした?」
「何でもない。それよりも早く休め、その装備では体が苦しかろう」
「気を使ってくれるんだな」
俺が冗談を言うと、ジルは珍しく笑みを浮かべる。
「仲間だからな」
「仲間か……」
もうすぐ俺はパーティから抜ける。
でも、それは言い出せなかった。
ジルは魔王ドラゼウフを倒す勇者パーティの一員。
ここで士気を下げさせるような発言は出来なかった。