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ep03.戦力外

 宴は終わった。

 俺はイグナスの部屋の前に来ていた。

 一呼吸し心を落ち着かせ、扉を数回ノックする。


「イグナス、俺だ」


 すると、扉の向こう側から声がした。


「入っていいぜ」


 互いに簡素な言葉。

 気心が知れた仲間同士で出来る会話だ。

 俺はそのまま扉を開け、部屋に入った。


「来たな」


 俺の部屋もそうだが、宿屋にしては狭い部屋だ。

 インテリアも簡素なベッドやイス、棚が置かれるだけのシンプルなもの。

 まるで、急ごしらえで作られた小屋のようだった。


「しかし、この村の宿屋は部屋が狭いよな。ガルアもそう思うだろ」

 イグナスはベッドの上で胡坐をかき、リラックスしている様子だ。

「……大事な話とは何だ」

「おっと、そうだったな。とりあえず、そこに座れよ」


 イグナスの視線の先には椅子がある。

 ここに座れということだろう。

 俺は促されるまま、部屋にある椅子に座る。

 座り終えると、イグナスは静かに言った。


「ガルア、俺達が命懸けで魔物と戦っていたのに何をしていたんだ」

「それは……」

「仲間が命を張って戦ってたというのに。戦士であるお前が前衛に立たないでどうする」


 青の暴君との戦闘の事だ。

 俺は呪われた装備の影響で合流に遅れ、戦闘に参加出来なかった。

 そのことについて咎められたのだ。


「すまない」


 素直に謝った。

 イグナスの言うことも最もだ。

 前衛に立つべき戦士の俺が戦闘に出遅れた。

 責められても仕方がない、しかし……。


「この鎧の効果で体が重くて……」


 弁明はしたい。

 そもそも、このブラッドアーマーの呪いで体が重くなっていた。

 それに、全身を覆う呪われた装備品の瘴気にやられ倦怠感もあった。

 出遅れたのにも理由がある。

 それをイグナスに理解わかってもらいたかった。


「装備品のセレクトに問題があると?」

「このブラッドアーマーは素早さが落ちる。これを装備してから体が重いんだ」


 イグナスは俺の着込むブラッドアーマーを見る。


「その鎧は、素早さが落ちてしまうが防御力は高い。前衛でパーティの盾になるのがお前の役割、そのために装備させた」

「だけども……」

「呪いの効果に負けるほど、お前の精神は弱いのか? 戦闘のスペシャリストである戦士のお前が?」

「イ、イグナス……」

「言い訳をするなよ。お前、みんなの足を引っ張ることが多くなってるぜ」


 事実、俺はイグナス達の足手まといになる場面が多くなっていた。

 それは、この呪われた装備品だけのせいではない。

 俺は他の仲間のように魔法は扱えない。

 かといって、特殊なスキルや特技があるわけでもない。

 前衛での肉壁と直接攻撃だけが取柄、だがそれだけでは厳しいのは痛感していた。

 冒険が進むごとに剣や槍、斧での攻撃が通じない魔物が増えていたのだ。


「呪いの武具を装備させているから戦いにくいだろうさ。だけど、それは俺に考えがあってのことだぜ」

「考え?」

「リスクに目をつむり、お前が少しでも高難度の魔物と戦えるようにするためさ」


 俺は直感的にウソだと思った。


「ふっ……俺のやり方に問題はない」


 これだ、この笑み。

 イグナスのいつもの笑みだ。

 装備品を渡すときも、戦闘する際も……。

 呪いの瘴気にやられる俺を見て、声に出さない笑みを浮かべていたのだ。

 どこか楽しんでいるかのように……。


「そこで、俺に一つ提案がある」

「提案?」

「ガルア、次の街で教会でその装備を外したら――」

 イグナスはベッドから立ち上がり、

「パーティから抜けてくれ」

 俺は耳を疑った。

 パーティを抜けろというのだ。

「どういうことだ?」

「これから厳しい冒険は続くんだ。お前は戦力外なのさ」


 戦力外……。

 その言葉に俺は暫く放心状態だった。


「ジルやミラには俺から言っておく。『ガルアはパーティの足を引っ張るので自分から抜けた』ってな」


 その言葉に俺は我に返った。

 いくらなんでもそれは事実とは違う。


「イグナス、それはあまりにも横暴が過ぎる」

「横暴?」

「俺はまだ前衛で戦える。装備品の選択ミスさえなければ――」

「黙れ!」

「ぐっ……」


 俺は頬に痛みと衝撃が走った。

 イグナスに殴られたのだ。

 一歩、二歩、後退し俺は倒れた。


「装備品を整えれば? 仲間の装備の選択に間違いはない!」

「だけど……」

「俺は勇者だぞ! やり方が間違っていると言いたいのか!」


 前々から思っていたが、イグナスはおかしくなっていた。

 最初に出会ったとき、気がよく優しいヤツだと思った。

 勇者の名に恥じず、俺と共に前衛を張り、パーティを守った。

 苦しむ人々がいれば涙を流し、仲間が傷つけば激怒した。

 そんな男が何故……。


 それは〝勇者〟という称号のせいだろう。

 行く先々で人々から賞賛され、位の高い王族、貴族からは頭を下げられる。

 そんな状況が続けば、驕り高ぶりが出ても当然といえる。


「もう一度言うぜガルア。お前は戦力外だ!」

「イグナス……」

「パーティをどう編成しようと俺の自由なんだ! それを……」


 イグナスは怒りという生の感情をむき出しにしていた。

 ここまで感情を表すことは初めてだ。


「お前、何をそんなに……」

「早く出て行けよ!」

「昔のイグナスは……」

「出て行けって!」

「……わかった」


 俺はゆっくりと立ち上がり、部屋を出た。

 扉を開ける乾いた音、締める音。

 そのどれもが不穏な音。

 まるで呪われた武具を装備した時のような嫌な音のように。


「どうした。部屋から物音がしたが」

「ジルか……」


 部屋を出ると同時にジルがいた。

 ジルはイグナスの部屋の扉を見る。


「イグナスと何か話をしたのか」

「い、いや……ジルはどうしてここに?」

「冒険をどう進めるかの話さ。ここまでは順調、そこまではいいんだが……」


 ジルは顔が険しくなり黙り込んだ。

 様子が少しおかしい。


「どうした?」

「何でもない。それよりも早く休め、その装備では体が苦しかろう」

「気を使ってくれるんだな」


 俺が冗談を言うと、ジルは珍しく笑みを浮かべる。


「仲間だからな」

「仲間か……」


 もうすぐ俺はパーティから抜ける。

 でも、それは言い出せなかった。

 ジルは魔王ドラゼウフを倒す勇者パーティの一員。

 ここで士気を下げさせるような発言は出来なかった。

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