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ep04.魔族

 部屋に戻った俺は床に座り、壁に腰かける。

 これから眠りにつくのだ。


「いつものことだが……まるで喜劇だな」


 俺は一人笑う。

 重い鎧兜を身につけたまま、床という寝床につくしかない。

 この呪われた装備品は取り外しができないからだ。

 床で寝る姿は、まるで魔物のようで自分でも笑えてくる。


「もうすぐ、ジルやミラともお別れか」


 イグナスから戦力外の言葉を伝えられた。

 次の街で教会に寄り、この装備品を外したら……。

 そう、俺は勇者パーティの一員ではなくなる。

 これまでの冒険が走馬灯のように――。


「っ!」


 何かに気付いた。

 光だ、赤い光が窓の外から見えたからだ。

 俺は床から立ち上がると部屋の窓を見る。


「あれは……」


 火の球が見えた。

 数は二つ――まさか人魂か?

 ウィル・オ・ウィスプという火の玉の魔物に少し似ている。


「いや……違う」


 もしそれならば、火球の色は青白い。

 気になった俺は重い体を動かした。


          ***


「あ、あれ? どうされましたか。こんな夜更けに」


 店を出ようとした俺に、カウンターの店員が俺に尋ねる。

 少し声が上ずっている。

 俺の身なりを見て、恐怖感を抱いているのは変わらない。

 魔族の戦士のようだからだ。


「……少し夜風に当たろうと思ってな」


 外に怪しげな火の玉が見えた、といえばパニックになるだろう。

 それに霊体の魔物であれば危険が生じる。


「そ、そうですか。いってらっしゃいませ」

「すぐに戻る」

「え、ええ……」


 愛想笑いを浮かべる店員。

 俺は宿の扉を開け、外へと出た。

 一人でどこまでやれるかわからないが、戦えるならば戦わねば。

 イグナス達は青の暴君との戦闘で疲労しているし、あんなことがあった後だ。

 せめて、勇者パーティの戦士としての役目は果たしておきたい。


「あっちだな」


 宿の外に出た俺は火の玉の方角へと急ぐ。

 手にもつ武器はカタストハンマー。


「……手強い魔物でないことを祈るぞ」


 俺が覚悟を決めて近づくと、


「何者だ!」


 火に照らされ人の顔が見えた。


「話と違うじゃない……」


 女だ。

 幼い顔ながらどこか妖艶な相貌。

 黒いローブを着て、フードを被っている――どこかで見た顔だ。

 両手には火の玉を練り出していた。

 これは火属性の呪文レッドショット、魔法使いが扱う初級呪文だ。


「勇者イグナスが来るかと思ったのに」

(女……)


 待て、この女の顔には見覚えがある。

 ……思い出した。

 村の宴で会った女だ。


「……そこで何をしている」


 俺はカタストハンマーを構える。

 レッドショットを練り出すところから、何か悪意があるに違いない。

 そう思った。


「ああ、何てことかしら。こんなイベントが起こるとは思わなかった」


 女は俺の言葉を無視し、一人何かを言っている。


「何を言っている?」

「あんたには関係ないわ。消えなさい」

「そうはいかない。そんな物騒なものを出しているからな」


 俺は女のレッドショットの炎を見つめる。

 一方の女は、俺のカタストハンマーを見ていた。


「それはあんたも一緒じゃない」

「お前が魔法を繰り出しているからだろ」

「ええ、そうよ。今からこの村に火をつけるためにね」

「そうはさせん!」


 そんなことはさせない。

 俺はカタストハンマーを手に間合いを詰めた。

 女といえば怪しく微笑む。


「勇者の最終試験、これはそういうイベントよ」

「最終試験?」


 最終試験とはどういう意味か。

 すると女は答えた。


「勇者が勇者らしい行動と選択をするか……と説明すればいいかしら」

「勇者が勇者らしい?」

「そんなことより早く消えなさい。あんたに用はないの」

「そうはいかない。火をつけるなんて言葉を聞いたらな」

「戦うしかないわね」

「そう、お互いにもう構えている」


 間を詰めれば詰めるほど、お互いの手が前に出ている。

 互いがいつでも戦闘してもよい、という合図だ。


「初の戦闘……これが恐怖と緊張か」


 女は意味深な言葉を述べる。

 少し体が震えているように見えた。

 戦闘は初めてなのだろうか。


「燃えなさい!」


 レッドショットを放った。

 俺は前進しながら火球を受け、突撃する。

 勇者のパーティメンバーだった時、前衛として相手を切り崩し、または盾となって戦ってきた。

 多少のダメージがあろうとも構わない。


「やるわね――でも!」


 女はもう一発、レッドショットを放った。

 連続魔法の二段攻撃、初級呪文とはいえ同じ魔法を2回連続で発動。

 それなりの手練れだ。

 ここまでの戦法を見ると相手は魔法使いなのは間違いない。

 ならば、接近戦に持ち込めばこちらに分がある。


「ぬゥ……!」

「こ、こいつ、正気? 攻撃を当たりながら来るなんて!」


 俺は火球に当たる、ワザとだ。

 頼りになるのは己の肉体、生命力、精神。

 そして、防御力という数値だけが高い、この呪われた装備品。


「これなら耐えられる」


 二発目の火球も当たる。

 耐えれた、これしきの魔法攻撃など何ともない。

 炎の熱さと痛みを感じながらも、俺は女との距離を縮める。


「バ、バカな。普通ならとっくに……」


 女が驚くのも無理はない。

 普通ならレッドショットの炎が体全体を覆う。

 それを防いでいるのが、この装備する背反の盾の効果だ。

 火・水属性の魔法ならダメージを軽減させてくれる。

 放った呪文がレッドショットで助かった。


「破ッ!」


 気合を出し、カタストハンマーの柄を女の鳩尾に入れる。

 軽く下から上に押し上げての一撃だ。


「うっ……くゥ……」


 女は嗚咽を上げ、気を失って倒れた。

 殺しはしていない。


「どうするか」


 倒れた女を見ながら俺は言う。

 イグナス達や村人達にこのことを知らせた方がいいだろう。


「ガルア!」


 ふいに声が聞こえた。

 俺が振り返るとそこにはジルがいた。


「ジルか……」

「そこで何をしている」

「お前の方こそどうしたんだ」

「外から火の玉のようなものが見えたからな」


 どうやらジルも気付いていたようだ。


「タイミングが遅かったな」

「どうしたんだ」

「この女が村に火をつけようとしていてな」

「な、何だって!?」

「でも、俺一人で倒したよ」

「ふむ……見た目は人間。私と同じ魔法使いのようだが……」


 ジルは倒れた女に近づく。

 指を首筋に当てて脈をとっていた。

 女は完全に意識を失っているようで動かない。


「生きているな」

「手加減したからな」

「ほう……スカルヘルムを装備しているのに珍しい」


 俺はハッとさせられた。

 この頭に装備するスカルヘルム。

 相手の敵意、殺意に反応して自動反撃するものだ。

 加減の効かない攻撃は俺自身でも制御不能の代物。


(この女に、明確な攻撃意志はなかったというのか?)


 戸惑う俺を見て、ジルは言った。


「イタズラ目的かもしれんな」

「そうなのか? レッドショットを二発ぶつけてきたぞ」

「死にはしないと思ったのだろう。邪悪な妖精、性格の悪い魔族なのかもな」

「どういう意味だ。この女は人間だろ」

「ガルア、よく見ろ。こいつは魔族だ」

「魔族……」


 俺は女を改めて見る。

 よく見ると口から小さな牙が見え、フードから覗かせる耳も尖っている。

 それは魔族を証明するものだった。

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