部屋に戻った俺は床に座り、壁に腰かける。
これから眠りにつくのだ。
「いつものことだが……まるで喜劇だな」
俺は一人笑う。
重い鎧兜を身につけたまま、床という寝床につくしかない。
この呪われた装備品は取り外しができないからだ。
床で寝る姿は、まるで魔物のようで自分でも笑えてくる。
「もうすぐ、ジルやミラともお別れか」
イグナスから戦力外の言葉を伝えられた。
次の街で教会に寄り、この装備品を外したら……。
そう、俺は勇者パーティの一員ではなくなる。
これまでの冒険が走馬灯のように――。
「っ!」
何かに気付いた。
光だ、赤い光が窓の外から見えたからだ。
俺は床から立ち上がると部屋の窓を見る。
「あれは……」
火の球が見えた。
数は二つ――まさか人魂か?
ウィル・オ・ウィスプという火の玉の魔物に少し似ている。
「いや……違う」
もしそれならば、火球の色は青白い。
気になった俺は重い体を動かした。
***
「あ、あれ? どうされましたか。こんな夜更けに」
店を出ようとした俺に、カウンターの店員が俺に尋ねる。
少し声が上ずっている。
俺の身なりを見て、恐怖感を抱いているのは変わらない。
魔族の戦士のようだからだ。
「……少し夜風に当たろうと思ってな」
外に怪しげな火の玉が見えた、といえばパニックになるだろう。
それに霊体の魔物であれば危険が生じる。
「そ、そうですか。いってらっしゃいませ」
「すぐに戻る」
「え、ええ……」
愛想笑いを浮かべる店員。
俺は宿の扉を開け、外へと出た。
一人でどこまでやれるかわからないが、戦えるならば戦わねば。
イグナス達は青の暴君との戦闘で疲労しているし、あんなことがあった後だ。
せめて、勇者パーティの戦士としての役目は果たしておきたい。
「あっちだな」
宿の外に出た俺は火の玉の方角へと急ぐ。
手にもつ武器はカタストハンマー。
「……手強い魔物でないことを祈るぞ」
俺が覚悟を決めて近づくと、
「何者だ!」
火に照らされ人の顔が見えた。
「話と違うじゃない……」
女だ。
幼い顔ながらどこか妖艶な相貌。
黒いローブを着て、フードを被っている――どこかで見た顔だ。
両手には火の玉を練り出していた。
これは火属性の呪文レッドショット、魔法使いが扱う初級呪文だ。
「勇者イグナスが来るかと思ったのに」
(女……)
待て、この女の顔には見覚えがある。
……思い出した。
村の宴で会った女だ。
「……そこで何をしている」
俺はカタストハンマーを構える。
レッドショットを練り出すところから、何か悪意があるに違いない。
そう思った。
「ああ、何てことかしら。こんなイベントが起こるとは思わなかった」
女は俺の言葉を無視し、一人何かを言っている。
「何を言っている?」
「あんたには関係ないわ。消えなさい」
「そうはいかない。そんな物騒なものを出しているからな」
俺は女のレッドショットの炎を見つめる。
一方の女は、俺のカタストハンマーを見ていた。
「それはあんたも一緒じゃない」
「お前が魔法を繰り出しているからだろ」
「ええ、そうよ。今からこの村に火をつけるためにね」
「そうはさせん!」
そんなことはさせない。
俺はカタストハンマーを手に間合いを詰めた。
女といえば怪しく微笑む。
「勇者の最終試験、これはそういうイベントよ」
「最終試験?」
最終試験とはどういう意味か。
すると女は答えた。
「勇者が勇者らしい行動と選択をするか……と説明すればいいかしら」
「勇者が勇者らしい?」
「そんなことより早く消えなさい。あんたに用はないの」
「そうはいかない。火をつけるなんて言葉を聞いたらな」
「戦うしかないわね」
「そう、お互いにもう構えている」
間を詰めれば詰めるほど、お互いの手が前に出ている。
互いがいつでも戦闘してもよい、という合図だ。
「初の戦闘……これが恐怖と緊張か」
女は意味深な言葉を述べる。
少し体が震えているように見えた。
戦闘は初めてなのだろうか。
「燃えなさい!」
レッドショットを放った。
俺は前進しながら火球を受け、突撃する。
勇者のパーティメンバーだった時、前衛として相手を切り崩し、または盾となって戦ってきた。
多少のダメージがあろうとも構わない。
「やるわね――でも!」
女はもう一発、レッドショットを放った。
連続魔法の二段攻撃、初級呪文とはいえ同じ魔法を2回連続で発動。
それなりの手練れだ。
ここまでの戦法を見ると相手は魔法使いなのは間違いない。
ならば、接近戦に持ち込めばこちらに分がある。
「ぬゥ……!」
「こ、こいつ、正気? 攻撃を当たりながら来るなんて!」
俺は火球に当たる、ワザとだ。
頼りになるのは己の肉体、生命力、精神。
そして、防御力という数値だけが高い、この呪われた装備品。
「これなら耐えられる」
二発目の火球も当たる。
耐えれた、これしきの魔法攻撃など何ともない。
炎の熱さと痛みを感じながらも、俺は女との距離を縮める。
「バ、バカな。普通ならとっくに……」
女が驚くのも無理はない。
普通ならレッドショットの炎が体全体を覆う。
それを防いでいるのが、この装備する背反の盾の効果だ。
火・水属性の魔法ならダメージを軽減させてくれる。
放った呪文がレッドショットで助かった。
「破ッ!」
気合を出し、カタストハンマーの柄を女の鳩尾に入れる。
軽く下から上に押し上げての一撃だ。
「うっ……くゥ……」
女は嗚咽を上げ、気を失って倒れた。
殺しはしていない。
「どうするか」
倒れた女を見ながら俺は言う。
イグナス達や村人達にこのことを知らせた方がいいだろう。
「ガルア!」
ふいに声が聞こえた。
俺が振り返るとそこにはジルがいた。
「ジルか……」
「そこで何をしている」
「お前の方こそどうしたんだ」
「外から火の玉のようなものが見えたからな」
どうやらジルも気付いていたようだ。
「タイミングが遅かったな」
「どうしたんだ」
「この女が村に火をつけようとしていてな」
「な、何だって!?」
「でも、俺一人で倒したよ」
「ふむ……見た目は人間。私と同じ魔法使いのようだが……」
ジルは倒れた女に近づく。
指を首筋に当てて脈をとっていた。
女は完全に意識を失っているようで動かない。
「生きているな」
「手加減したからな」
「ほう……スカルヘルムを装備しているのに珍しい」
俺はハッとさせられた。
この頭に装備するスカルヘルム。
相手の敵意、殺意に反応して自動反撃するものだ。
加減の効かない攻撃は俺自身でも制御不能の代物。
(この女に、明確な攻撃意志はなかったというのか?)
戸惑う俺を見て、ジルは言った。
「イタズラ目的かもしれんな」
「そうなのか? レッドショットを二発ぶつけてきたぞ」
「死にはしないと思ったのだろう。邪悪な妖精、性格の悪い魔族なのかもな」
「どういう意味だ。この女は人間だろ」
「ガルア、よく見ろ。こいつは魔族だ」
「魔族……」
俺は女を改めて見る。
よく見ると口から小さな牙が見え、フードから覗かせる耳も尖っている。
それは魔族を証明するものだった。