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3 リバールート

 再びの朝食バイキング。

 魅惑的な大皿が居並ぶ中、私はパンにのみ狙いを定めてトレーとトングを取り、見て回る。

 サラセンホテルの地階レストランは、朝七時からオープンしている。調理人は少なく、十一時まではバイキング形式だ。





 リバールートとリバーフロー。渦巻きパンと長い棒パン。ここでは『みししパン』店と同じパンが選択肢にある。

 人は何故、パンを前にトングを手にすると威嚇してしまうのか……カチカチカチカチ。

にせリバールート、入ります」

 調理人が大きなトレーから大皿に焼きたて渦巻きパンを並べていく。良い匂いにつられて自然と人が集まってくる。

「偽リバールートは、中の具と焼きがレストラン限定で、みししパンのリバールートとは又異なる味をお楽しみいただけます」

 遠慮なきトングは次々と偽リバールートを連れ去っていく。

「本日の偽リバールートは、定番のミートパイとベーコン&チーズダイスになっております」

 偽リバールートのミートパイ仕様とリバーフローのフルーツ仕様を捕縛した。テイクアウト。

 リバーフローは、梨、林檎、レモンのコンフィチュールがグラデーション状に詰まった長い棒パンで、硬めのクロワッサンのように食感があって楽しい。





 レインは、馬に乗っていた。


 手綱を握っているけど、その上から大きな手が握られていて、馬を走らせているのはその男の人だった。

 インテグレイティアの外縁部を駆けている。雲一つない青空の下、どこまでも、どこまでも……


「レイン」





 あれは、誰だったんだろ……お父さん? ……オニキス? ……





「レイン、おはよう。朝ごはんにパンがあるよ」

 パンとコーヒーの良い匂い……僕は自動起床で身支度を実行。着席すると、オニキスがミルクコーヒーのカップを僕の前に置いた。オニキスはブラック! …………かっこいい……僕もその黒いの飲みたい。

「さて! 私は仕事で一日外出だ」

「言ってたね」

「レインは、時間割表を見て勉強しているように」

「ウェ」

「なんか踏んだ?」

「うううん、別に? いってらっしゃいオニキス」

「十二時になったら、レストランか喫茶室へ行ってお昼にしなさい」

「はぁい」





 キャリーは、ロッカールームで制服から別の制服へ着替えていた。

 庭園喫茶室のエプロンドレス制服は、白地に白レースを重ねたミニワンピースと黒いエプロン。本館レストランの方は、白襟の黒いミニワンピースに黒いギャルソンエプロン。

 喫茶室のレースワンピは可愛くて好きだけど、喫茶室の給仕は忙しいのでコネの力をもってしても無理だった。

 午前中のレストランは、バイキング形式なので中学生女子がバイトで紛れていても、最新の労働基準法に照らし合わせて、問題はない。十一時から十二時の一時間、ランチ向けのオーダーが始まり、バイキングは閉まる。

 紺地に白いスカーフのスタンダードなセーラー服。中央区立第二中学校の女子制服だ。

 厨房で余りのリバールートとリバーフローを一個ずつもらって、学校の保健室へ登校する。

「リバールートだって美味しんだから」

 偽リバールートは人気で余らない。バイキング用のパンはみししパン店で当日早朝に焼き上げたものである。

 まぁね、別に、サラセンホテルのレストランバイキングじゃなくても、みししパンへ行けば買えるし、ね。うちに朝買いに来て食べる方が美味しーし!

 キャリーは口には出さないが、家のパンが世界一美味しいと信じていた。





 学校は給食の時間で、校内の廊下に生徒はいなかった。保健室にも誰もいない。保険医の先生は出ているようだ。キャリーは入室記録を記入して、独りでリバールートをかじった。

 ほらね、美味しいの。いちばんよ。





 レインは地下通路を歩いていた。この先に喫茶室があるらしい。通路の真ん中には濃い深緑色の絨毯が敷かれている。壁や床は白い石造りでサイドの柱の外側を歩くと足音が響く。角を曲がると階段が現れて、秘密のドアは開放されていた。

 庭園喫茶室は、通りに面した店構えで、長細い店内はテーブル席が二十。僕は通り側に着席した。メニューを開くとご飯ものもあったので鯛茶漬けを頼んだ。魚は高価だけど美味しいんだ。僕、魚、好き!

 ゾゾゾゾゾゾ……出汁茶漬けが、とても、うまぁ…………。はぁ。なんかオニキスの奢りで、とんでもなく贅沢してる。箸で米粒一つ残さず食べ終わる。ごちそうさま。新香盛合せはワックスペーパーに包んでもらって、庭園でパリポリ食べた。





 オニキスは、五時までにすべきことに振り回されていた。同僚には良いホテルに滞在して羨ましく思われていたようだが、実際は目まぐるしく過ごしている。

 いつもならヒプノス島への帰り際、最後に顔を出す王宮へも足を運んでいた。陛下への謁見を、コネを使ってねじこむなど初めてのことだった。





 インテグレイティアには、王宮がある。日本がその名を名乗らなくなってから、宮内庁と政府からの発表で王制が始まった。厳密には選挙君主制に近しく、地方領主制も同時期に始まった。農村部のハイワイトに、サンドブレスト・ブルーが領主として任命を受けている。これらは過去に存在した制度から刷新され、現在でも走りながら考えるモデルケース的側面もある。

 王や領主と言っても、地域ごとのまとめ役、スピード措置の為の装置、役割り感が主立っている。血統や権威主義とは、イメージ的に想起させられるが、別物だ。

 海から解き放たれた日本は、新しい国土の把握と調査と、諸々の求められることに対応する為、何もかもが変わっていったのだ。





 夕暮れ時、又してもオニキスは五時までの数十分、貴重な謁見時間を設けてもらうことが叶って、いつになく気が逸っていた。

「陛下。刑吏のオニキスです。この度は」

「三十分もない。用件があるなら言ってくれ」

 護衛のお付きが気になる……が、時間が勿体ない。オニキスは居留民の孤児と居る経緯を簡潔に話した。

「それで、私に頼みたいこととは?」

「私は独身で、教育機関のないヒプノス島へレインを連れて帰りたい。超法規的措置で後見人として承認してほしい」

 めちゃくちゃなお願いをしに来たことはわかっている。でも、陛下は私の願いを叶えるべきである。これからも先の為に。


 護衛は男性一人。刑吏オニキスに警戒していたが、会話内容に少し驚いた。どんな切迫したことを言うのかと思っていたら、六才の孤児を連れて帰りたいから合法的に後見人にしてくれと。これ、わざわざ陛下にお願いするような案件だろうか? 

 三者三様にそう思いはしたが、オニキスは独身、刑吏、住所はヒプノス島……ヒプノス島に義務教育機関はない。

「未成年後見人に選任されるのに、資格は要らない。裁判所で手続きを」

「勉強は私が教えるから」

「ふふ」

 陛下は思わず笑みを溢された。

「おまえが杞憂していることはわかった。問題ないようにしよう。滞在中に裁判所へは赴いてくれよ? 話を通しておく」

「誠にありがとうございます」

「オニキス」

「はい」

「おまえにもそういうところがあるのだな…………安心したよ」

 突飛な謁見の光景だった。護衛の男性はオニキスの顔を見た。オニキスの肩より長い髪は目元を隠していたが、ふと手でかき上げられて顔の全体が見えた。

 オニキスの顔は、誰かに似ている。誰だ? …………間近にいる陛下と似ていないか?真っ直ぐな黒い髪、水色に近い青色の虹彩……よく見れば、背格好も似かよっている。

「深く感謝致します、陛下」

 なんてことだろう……声もそっくりじゃないか?





 日没。

 オニキスは中央区の商店街を歩いている。テナントビルに入っている路面店が閉店しようとしていた。オニキスは滑り込みで買い物をした。

 オニキスはサラセンホテルの部屋へ戻ると、レインが今日していたことを話して聞かせてくれる。

「ねぇ、レイン。良い知らせと悪い知らせがあるよ」

 レインはビクンとした。…………知ってる、それ。落とすから上げとくやつでしょ?

「言って、オニキス」

「レインは施設へ行かないで、私と居ていい」

「……それ、良い方?」

「うん」

「悪い方は?」

 ドキドキする。訊いておいて何だけど、聴きたくない!

「学校がない、遠いところへ行くんだ」

 え? ……えぇ??

「それ、本当に悪い方?」

「うん」

「え? 全然悪くないけど……本当に?」

「レインの、未成年後見人ていうものに私がなるんだ。裁判所へ行って手続きしたら、なる。そうすると、レインは私といっしょに居られる」

「どの辺がどう、悪いの??」

「私は仕事でアーバンに来ているだけで、住んでいるのはヒプノス島というところなんだ。そこは遠くの小さな島で、島には学校がない」

 だから僕の勉強はオニキスが見てくれるんだって。全然悪くないんだけど? 本当に?

 それからオニキスは思い出したように、もし施設の方がいい、学校へ通いたい、人が沢山居るところに居たい、と僕が望むなら、なんて言い始めるから……

「僕はオニキスと居たいよ」

「本当に?」

 僕は笑っていた。さっきまでの僕と同じこと言ってる、オニキス。

「オニキスは見つけてくれたじゃん」

 オニキスはなんだかうれしそうな顔になった。





 昨日の夜とは違う。

 ソファでオニキスと映画を見ている。

 オニキスが帰りがけに買ってきたリバールートという渦巻きパンは、美味しくて、やさしい味がした。














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