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第10話:ノリとネタで婚姻届を書いてみた。




 ジョルダン様が用意してくださっていた婚姻届けの二枚目も書き損じ、三枚目にしてどうにか成功しました。


『 妻 氏名:ソフィ・アゼルマン

   貴族籍:アゼルマン子爵家 次女

  生年月日:七五七年 五月 一三日二一歳

   出生地:シルレー王国 王都

   (以下略) 』


「ん、大丈夫そうだ――――」

「だーんーちょぉぉお! ジョー団長ぉぉぉおぅ!」

「「……」」


 物凄く大きな声で、ジョルダン様を呼ぶ……というか、叫ぶ声。

 聞き間違えるはずもない、脳筋兄の声。


「どぅあぁんちょぉぉぉ!」


 ズバンと個室のドアを開け放ったのは、見間違えるはずもない、脳筋兄。


「……今日は大切な用事があると言ったよな? 如何なるトラブルも副団長に回せと言ったよな? 全ての部署にそう指示を出していたよな? その脳内には、それさえも留め置けないのか? ん?」


 ジョルダン様が、笑顔で怒っていらっしゃいます。

 全部署に指示を出すほどに大切な用事って何でしょうか?


 ――――あっ!


 私との、用事ですわね。二人で、書いて、書類提出するという、大切な用事です。


「お前、なにニヤニヤしてんだ?」


 人がせっかく幸せに浸っていましたのに、脳筋兄が話しかけてきて、脳内の幸せ物質がヒュンと消えてしまいました。


「お兄様、煩いですわ」

「お前なぁ、毎日まい――――」

「マクシム。報告」

「ハッ!」


 ジョルダン様の低い一声で、脳筋兄がビシッと敬礼し、報告を始めました。

 いつもこういう姿であれば、心の中でも『お兄様』と呼んであげてもいいかなぁ、なんて妄想していましたら、ジョルダン様がどんどんと険しいお顔になり、俯いて蟀谷を揉み始めました。


「………………すまない。本当に緊急事態だ。明日必ず……明日が無理だったら明後日――――」

「ジョルダン様、無理なさらないでくだい。緊急なのでしょう? 書類は私が貴族院に提出しておきますから」

「しかしっ、おい、引っ張るな!」

「だんちょー! 急いでぐほっ……」


 ジョルダン様が腕をグイグイ引っ張る脳筋兄の鳩尾に、勢いよく膝蹴りをぶち込みました。


 え? 大丈夫です? 流石の兄でも……あ、恍惚としてますね。そしてピンピンしてますね。大丈夫そうですね、頭以外は。


「本当にすまない」


 そっとこちらに近付いて来たジョルダン様が、少し屈まれて、私の蟀谷にちゅと軽くキスをしてくださいました。


「私の書類はこのケースに入っている。道中気をつけなさい。今は少し日差しが強いから、少し休憩してから――――」

「ジョー団長! マジで時間ないから!」


 ジョルダン様はなにやらモゴモゴと言いながら、脳筋兄に引きずられて、個室の扉からフェードアウトしていきました。




 ジョルダン様から受け取ったファイルには、ジョルダン様側の書類の他に、白紙の婚姻届が七枚。

 …………どれだけ失敗すると思われているのでしょうか?


 ジョルダン様の優しさとアホ認定されている気がする事実に、心がぐるぐるぐる。頭もぐるぐるぐる。

 なんとなく手に取ったペンで落書き。


 ジョルダン様と兄の関係性……どちらかというと、兄が攻めかしら?

 ジョルダン様って結構Sな気がするけど、Sが攻められるのも…………ありね。

 そういえば、兄とジョルダン様のお誕生日って一緒なのよねえ。

 やだ、ちょっと、どんな運命なのっ⁉


 ちょもーっと、妄想を追想しつつ暴走させて、無双状態でペンを走らせていましたら、スイーツとハーブティーが届けられました。

 ジョルダン様が退店される際に、支払いと追加注文してくださったようです。

 本当に、なんというデキる人なのでしょうか。


 バタバタと書類をまとめて、机の上を綺麗に片付けて、ジョルダン様の優しさをお腹いっぱい堪能しました。




 ◇◆◇◆◇




「――――で? 提出して帰ったら、間違って、を渡した、と」

「はいぃぃ」

「この国では……同性婚が認められているのは知っているか?」

「はいぃぃぃ」

「他の書類がソフィの名前でなかったら、受理されていたぞ」

「はいぃぃぃぃ」


 バッシンバッシンと机に叩きつけられる、『兄✕団長』な婚姻届。

 バッシンバッシンと叩きつけられる、机。そろそろ壊れそうな気がします。いえ、なんでもないです。


「今日は君の誕生日なのに。こんなことは言いたくなかった……はぁぁぁ」


 また、大きくて長い溜息。

 呆れられてしまっています。きっと幻滅されています。きっと…………。


「ごめ、なさい……きらいに、なりましたよね?」

「…………どう、だろうね?」


 ジョルダン様がスッと立ち上がってしまいました。

 あぁ、本当に嫌われてしまったようです。

 夢のような日々は終わりのようです。


 ジョルダン様のお顔を、現実を、見るのが怖くて俯いていましたら、首にひんやりとしたものが当たりました。

 チャリッという小さな金属音のあと、後ろぎみの首筋に温かくて柔らかな感触。

 ちゅ、と心締め付ける、甘い音。

 ちりり、と感じる小さな痛み。


「いじめてすまない。それでも、君を愛している」

「っ――――!」




 ◇◆◇◆◇




 婚姻届を提出したら、間違えてノリとネタで書いた方の婚姻届だったけど、なんやかんやでセーフでした。


 ジョルダン様と仲良く手を繋ぎ、ちゃんと書いた方の婚姻届を貴族院に提出して来ました。

 胸元で輝くエメラルドのネックレスを見るたびに、この幸せな瞬間を、いつも思い出すことでしょう。


「ソフィ、もうこんな間違いは無しで頼むよ?」

「………………てへっ!」


 ジョルダン様のジトッとした目線はスルッとスルーすることにしました!




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