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第9話:婚姻届を提出したら――――あら? デジャヴ?




 人は誰しも、ちょっとポカッとした軽いミスをする。

 ……と、私は思うのよ。


「だから……その、ちょっとした遊び心だったんです」

「で、コレがその『遊び心』をふんだんに盛り込んだ、婚姻届で、ポカッとしたミスで、、と?」


 私の愛しの婚約者様であり、二週後には旦那様となる、ノーザン伯爵ジョルダン様の手には、なんの因果か……私がノリだけで書いたネタのような婚姻届が握られていました。

 そして、ソレが二人の間にあるテーブルに、バシンバシンと激しく叩き付けられています。

 私の部屋の、ちょっと作りが心許ないテーブルが、ガタガタと揺れています。


 ――――デジャヴかしら?


「デ・ジャ・ヴ、では、ない」

「ですよねー」

「………………はぁぁぁぁ」


 びっくりするほどに重たい溜息を吐かれてしまいました。


『 夫 氏名:マクシム・アゼルマン

   貴族籍:アゼルマン子爵家 長男

  生年月日:七四九年 八月 三日二八歳

   出生地:シルレー王国 王都

   (以下略)



  妻 氏名:ジョルダン・ノーザン

   貴族籍:ノーザン伯爵家 当主

  生年月日:七四五年 八月 三日三二歳

   出生地:シルレー王国 王都

   (以下略) 』


 ――――と書いた、何かのネタのような婚姻届のせいで……あら? デジャヴ?




 ◇◆◇◆◇




 そもそもの原因は、ジョルダン様と脳筋兄にあると思うのです!

 決して、私の妄想が暴走し無双しまくったとかではない……はず。


 私とジョルダン様は、一年の婚約期間を経てとってもラブラブになっています。

 毎週のようにデートを繰り返し、ちょっとしたすれ違いなんかも体験したり。いろいろといろいろがあったのです!


 結婚に向けての書類などの用意が終わり、この日は二人で王都で有名なカフェでお茶をしながら、婚姻届を記入して、『二人で提出しに行こーねー! うふふふ!』というラブラブカップルの予定だったのです。




「提出書類は揃ったかい?」

「はい、全て揃いました!」


 妻側が用意する書類は、出生証明書、独身証明書、慣習証明書の三種です。

 出生・独身の証明書は字面の通りなのですが、慣習証明書というものは、夫婦間で執り行われる契約の為に必要な書類で、取得がとても面倒でした。

 取得するための書類を申請し、取得し、提出し、また別の書類を申請し、取得し………………無限ループなのかと思いました。

 おかげで脳も体も疲労困憊です。

 あー、今日もお菓子が美味しいっ!


「ソフィ、落ち着いて食べなさい。ほら、唇に――――」


 ジョルダン様がフフッと笑いながら、私の口元にそっと手を伸ばして来られました。

 ついっ、と親指で唇を撫でられ、ドッキンコしていましたら、まさかのまさか! ジョルダン様が、親指に付いたクリームをペロリと舐めたではありませんかっ!


 ――――えろっ! ちらりと見えた舌がえろっっっっ!


「ん? どうした?」

「な……んでも、ありまひぇん」

「そうか?」


 不思議そうなお顔のジョルダン様、可愛いっっ!




 私がお菓子を心ゆくまで堪能している間に、ジョルダン様が書類に不備はないかの確認をしてくださいました。


「ん、大丈夫だな。ソフィの方の証明書取得は大変だったろう? ありがとう」


 あぁぁ、笑顔が尊いです。

 接すれば接するほど、ジョルダン様の心優しさに惹かれていきます。

 脳筋兄が心酔する気持ちが、多少は理解できそうです。


「さて、記入しようか」

「はいっ!」


 先ずはジョルダン様から。

 夫の欄にサラサラと書き込まれていく文字。

 ジョルダン様は、教本のようなとても綺麗な文字を書かれます。

 私はちょっと斜めに傾いてしまう癖があるので、お手本にしたいです。


 兄は……枠外にはみ出すうえに、オリジナリティ溢れる前衛的な文字です。

 流石にアレは真似できないので、サインの偽造防止などの役には立ちそうだなぁ……なんて考えていましたら、ジョルダン様が書き終えていました。


「さ、ソフィの番だ」

「っ! はいっ!」


 わくわく、ドキドキ。

 ジョルダン様に見守られながら自分の名前を書いて、貴族位を……あっ、地味に書き損じました。

 えいっ! とうっ! と形を整えましたが、微妙です。

 この微妙に誤魔化された文字の書類を提出して、保管されるのかぁと思うと、しょぼーんとしてしまいます。


「ふっ…………ははっ!」


 ジョルダン様が急に笑いだすので何かと思いましたら、新しい用紙を出してくださいました。


「大丈夫だ。多少のトラブルは想定している」


 ――――かっ、かっこいぃぃぃぃ!


 多少なんて言われましたが、私が起こすかもしれない素っ頓狂なトラブルに対応できるよう、様々なことを想定してくださっているのだと思います。

 私の婚約者様、超絶格好良いです。



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