今日は久々に友人と貴族街で待ち合わせしてお茶をする予定です。
数カ月ぶりに会うのでワクワクです。
「行ってまいります」
ルンタッタと歩いて二十分、乗合馬車の停留所に到着。
今日はどんなお馬さんでしょうか。
遠くからガラガラと聞こえる車輪の音に耳を澄ませていると、白い馬が見えてきました。
「お嬢様お久しぶりですなぁ」
「ごきげんよう、今日はスタークスなのね」
「ははは! 馬の名前を覚えてくださってるのは、お嬢様くらいですよ」
「あら、そうなの? スタークスはこんなに靱やかで美しいのに」
白い馬――スタークスの鼻筋をゆっくりと撫でると、もっともっとといったふうに、顔を押し付けてきます。可愛いです。
軽く触れ合ってから馬車に乗り込み、目的地を伝えます。
御者に一番近いところに座り、スタークスの後ろ姿を眺めつつお喋り。
「そういえば、お嬢様、婚約なされたそうで」
「あら、よく知ってるわねぇ」
「マクシム坊ちゃんが言いふらしてましたよ」
御者のおじさんが、わははははと笑いながら続けた言葉に、ため息が出ました。
「計画通り! 俺と団長は兄弟になったぜぇ! ってね」
「はぁぁぁ、あの筋肉バカは、ほんとバカですわ」
「まぁまぁ、そう言ってやりなさんな。それに、あの団長さんは本当に良い人だよ。貴族街も平民街もよく見回りしてある。坊っちゃんの目的がどうであれ、素晴らしい人を紹介してもらえたじゃないか」
そうなんですよね。
筋肉バカの計画通りなのはイラッとしますが、ジョルダン様を紹介してくれたことに関しては、兄の人生で一番良い仕事をしてくれました。
「ほんと、坊っちゃんの株が低いですなぁ」
「年々下がり続けてますわよ」
「いい嫁さん見つけてやりたいですなぁ」
「アレ……女の人、大丈夫なのかしら?」
「おや? ガチでそっちの趣味なのですかい?」
「わかんないわ。何故かモテるけど、彼女も彼氏もいた事なさそうなのよー」
御者のおじさんと話に花を咲かせている間に、貴族街に入りました。停留所まではもう少し。
何かのお店から出てきたジョルダン様らしき人とふと目が会ったものの、通り過ぎてしまい『あら、今のはもしかして?』くらいに思いつつ、他愛無いおしゃべりを続けている時でした。
ダンッ!と大きな音がして、御者席に誰かが飛び乗って来ました。御者のおじさんが「うわっ!」と叫んで手綱を引いてしまい、スタークスが急停止。辺りには嘶きが響きわたっていました。
急減速に前のめりになり倒れかけた瞬間、ギュッと抱きしめられました。
「大丈夫か!?」
聞き慣れた低くて力強い声と、嗅ぎ慣れた爽やかなシトラスとスパイスが混ざった香水。
「ジョ、ジョルダン様!? 一体何を…………あ! スタークス! 大丈夫!?」
「へい。ソフィお嬢様は大丈夫で……え、団長さん?」
「…………二人は知り合いなのか?」
――――ん? んんん?
友人と待ち合わせしているカフェに来ました。
ジョルダン様と二人で。
早めに来て、少し散策しようと計画していたので、待ち合わせには、まだ一時間あります。
「本当に、すまなかった」
ジョルダン様の横を通り過ぎた時に話していたのが、『兄が新たなお義兄様候補を連れてきた場合』。
この国では同性婚も認められていますので、その可能性は無きにしもなのですが、兄の感じからいくと、対象はジョルダン様のみのような気もするんですが、妄想は止まりません。
家にムサっとした騎士様が増えるのかと思うと心配事はひとつ。
『床が抜ける』
御者に下ネタですかい? と聞かれて、「きゃー! やだー! もう! 歩いただけで、って話よ!」と返していたのですが、ジョルダン様には『きゃー! やだー!』の部分だけが耳に入ったのだそう。
「…………てっきり誘拐かと思い、慌てて飛び乗ってしまった」
どうして飛び乗って来たのかより、通り過ぎたのに御者席に飛び乗れるのかの方が気になった瞬間でした。
「ところで、随分と親しくしていたようだが? スタークスを一番に心配していたな。どういう関係だ?」
ジョルダン様のお顔が妙に険しいです。
――――あら? あららら?
もしや、これは巷で噂の『やきもち』とかいうやつですか!?
ジョルダン様が!?
スタークスに!?
え?
ジョルダン様もスタークスが好きですの!?
えぇっ!?