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第2話:バラの花言葉は?




 騎士団長であるジョルダン・ノーザン様とのお見合いから一週間経ったある日、お父様から執務室に呼び出されました。


「ノーザン伯爵から返事が来たぞ」


 ――――あぁ、お断りのお返事ですねぇ。


 お見合いの日、家に戻ってからお腹いっぱい食べたら駄目だったのでは? と思い至り、謝罪込みの御礼状を書きました。んが、お返事はメッセージカードに『構わない』の一言と、青いリボンが結ばれた一輪の赤いバラだけでした。

 たぶん、端っから可能性はありませんでしたが、お返事を見て、「こりゃだめだ」と諦めていたので、まさか丁寧にお断りの書状をいただけるとは思ってもいませんでし――――


「ぜひ婚約したいとのことで、来週にご挨拶に来てくださるそうだ」

「――――はぃぃぃぃぃ?」


 誰かと間違って我が家に出したのではないかしら? とお父様から書状を取り上げて読みましたが、『ソフィ嬢と婚約したく(略)』と書いてあり、きちんと私宛でした。




 予想外の展開についていけず、ポカァァァンとして過ごしていましたら、一週間が経ってしまいました。

 ハッと気付いた時には、様々な色あせたものに囲まれたみすぼらしい我が家のサロンで、ジョルダン様の求婚に『謹んでお受けいたします』と応えさせられていました。


 軽く魂を飛ばしていましたら、『あとはお若い二人で』とかいう定型文をお父様がのたまいまして、ガバッと覚醒したのですが……時すでに遅しです。

 いつの間にかサロンで二人っきりです。

 とりあえず庭にでも出て散策しますかね?


「あんのぉ、本気ですか?」

「本気だが。嫌か?」

「いえ、非常に助かりますが」


 『持参金不要』

 『生活費等全て用意済み』

 『支度金を渡す』


 まさかの有り得ないほどの好条件です。

 というか、ここまで来ると、ジョルダン様には後ろ暗い何かがあって、結婚相手が見つからないから…………!?


「口に出ているぞ」

「ふあっ!」


 慌てて両手で口を塞ぎましたが、無意味でしょうね。


「言っておくが、それはないからな」

「ふぁい。失礼いたしました」

「うむ」


 ほぼほぼ家庭菜園のようになっている我が家の庭を、二人で歩きました。無言で。


「……私と結婚されるのですか?」

「ついさきほど君に求婚したが? そして、君は了承したのに、なぜそれを聞く?」

「いえ、あのお見合いの状況で、何がどうなったらこの結果に落ち着くのかと思いまして……」


 そもそも好かれてるの? とかとか、地味に気になるところではあります。

 どう頑張っても、好感度ゼーローだと思うのですよ。


「ん? あぁ――――」




 ◆◆◆◆◆




 仕事にかまけていたわけではない。

 ただ、騎士団長に抜擢され、陛下の期待を裏切らぬよう、と日々を過ごしていたら、連れ添う相手も見付からないままに三一歳になっていた。


「ジョー団長!」

「煩い」

「まだ何も言ってませんて」

「存在が煩い」


 騎士としては有能だが、如何せん脳みそまでもが筋肉でできていそうなマクシム・アゼルマン。

 茶色の髪を短く切りそろえていて清潔感に溢れている。黙っていれば、なかなかの好青年だ。黙っていれば。


「この前言ってた俺の妹の釣書と、父からの書状です!」

「あぁ、あの子か」


 何度か王国主催の夜会で見かけたことがある。

 提供されてはいるものの、ほとんどの者が食べることはない、料理たち。

 それを壁際でモリモリと食べるキャラメル色の少女をマクシムがゲラゲラと笑いながら「相変わらずボッチ」と指さしていた。


 私は、集団で行動し、作り笑いばかりのご令嬢たちが苦手だ。任務がなければ近寄りたくないほどに。

 甲高い声。

 香水臭さ。

 ……ゾッとする。


 一人きりなのに、何も気にした様子もなく、笑顔で美味しそうに食べている子。

 抱きしめたら、太陽の匂いがしそうな子。


 ――――あの子となら!


 そう思って、釣書を開いたら――――。


 あのバカの、『団長と兄弟になりたい!』、『好きです!』、『団長に一生ついて行きます!』、などの攻撃の一環だった。

 妹の振りして兄弟の契を交わそうとかするパターンだろう。

 しかも父親のサイン入りの書状まで使って。




 見合いの場を、わざとあのバカの苦手な菓子店にした。

 見合い申込みの書状が本物である限り、無視できないことと、バカなマキシムが来たら説教でもしてやろうと思っていた。

 …………が、来たのはキャラメル色のあの子だった。


 どうやら見合いに乗り気ではなかったらしく、釣書で遊んでいたらしい。

 そして、それを間違って送った、と。


 私のことも知らなかったようで、あのバカは一切の説明をしていなかったらしい。流石脳筋だ。

 戻ったらペナルティでも課すか。


 しかし、嫌だったのなら、なぜ見合いを申し込んだんだ。

 何なんだこの釣書は。どんな偶然だ。

 そんなイライラとモヤモヤが腹の奥底で渦巻き、言葉遣いが荒くなってしまっていた。




 どう転んでも、破談になるだろう見合いを切り上げる事にした。

 目の前に置いてある焼き菓子をジッと見つめる少女に、好きなだけ食べていいと言うと、驚くほどに大喜びしていた。

 満面の笑みを、私に向けてくれた。


 ――――あぁ、可愛いな。


 心の中に芽生えた、この感情は――――。




 ◇◆◇◆◇




「――――ひとめぼれ、だな」


 しばらく逡巡されていたジョルダン様がフッと笑って、そう呟かれました。


 どこで?

 いつ?

 っていうか、どこに?


 色々と聞きたいことはあったのですが、ジョルダン様に左手を取られ、薬指に軽く口付けをされました。

 上目遣いな翠眼でチラリと見られた瞬間、頭が真っ白になり、はくはくと必死に呼吸することしか、できなくなっていました。


「私は随分と歳上だ。本当は嫌だったか?」

「っ⁉ いっ、いえ…………そのっ」


 どう答えたらいいのかわからず、あたふたとしていたら、ジョルダン様が声を上げて笑われました。


「いい。少しずつでいいから、好きになってくれると嬉しい」

「は、はひっ! 頑張りますっ」


 頑張ります、と言ったものの、兄から伝え聞いていた『ジョー団長』情報で、元々の好感度はかなり高いです。

 そして、先日のお見合いの時に私も『ひとめぼれ』をしていたらしく、すでにちょっと好きになっているとか…………なんとなく恥ずかしくて言えません。


「お花……」

「ん?」

「お花、ありがとうございました」

「あぁ」


 どうしても気になっていたので、いま聞いてみることにしました。

 あのお花で、お断りされると思い込んでしまっていたので。


「……なぜ、一輪のバラだったのですか?」


 普通、好意を寄せる相手になら花束とか贈りません?


「青いバラはなかっ…………いや、なんでもない。私が帰ったら、赤いバラの花言葉を調べなさい」

「花言葉? あっ!」


 バラの花言葉は有名なので知っています。

 青いバラは『love at first sight――ひとめぼれ』

 赤いバラは『I love you――あなたを愛しています』




 ◇◆◇◆◇




 お見合い相手に釣書を送ったら、間違えてノリとネタで書いた方の釣書だったけど、なんやかんやで婚約者ができました。

 しかも、お互いに『ひとめぼれ』で、恋もしてしまったようです。




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