人は誰しも、乗り気じゃないことに労力を割きたくない。
……と、私は思うのよ。
「だから、ちょっとした遊び心だったんです」
「で、コレがその『遊び心』をふんだんに盛り込んだ、
お見合い相手である、ノーザン伯爵ジョルダン様の手には、私がノリだけで書いた釣書が握られ、二人の間にあるテーブルに、バシンバシンと激しく叩き付けられています。
オサレな菓子店の、オサレな個室の、オサレなテーブルを挟んだ先にいる、キラッキラしい金髪翠眼の三〇代の美丈夫の額に、青筋が立っています。
オサレな菓子店の、オサレな個室の、オサレなテーブルが、ガタガタと揺れています。
『 ソフィ・アゼルマン
二〇歳
シルレー王国 アゼルマン子爵家
次女
趣 味:山登り
特 技:サバイバル下での料理
宗 教:特になし
身 長:一八五センチ
体 重:八〇キロ
髪 色:紫
髪 型:ベリーショート
瞳 :赤
既往歴:水虫
一 言:ジョルダン様がお困りの際は、この身一つでいかなる場にも向かい、いかなる敵でも殲滅してみせます!』
――――と書いた、何かのネタのような釣書のせいで。
◇◆◇◆◇
そもそも、私はこのお見合いに乗り気ではなかったのです。
二〇歳になっても交際相手がいない私に、お父様が……ブチギレました。
それはもう、ありえないほどにブチギレです。
テーブルを、おんどりゃぁ! とひっくり返すんじゃ⁉ というくらいに。
夜会や舞踏会みたいな、きらびやかな場にいるのが苦手で、できる限り辞退していました。
どうしても参加しなければならないものは、兎にも角にも壁の花。
だから、交際相手など見つかるわけもなく……。
「我が家には、お前を養う金は無い!」
「でしょうねぇ」
常時薄暗い屋敷内。
踏みまくられ、ヘタッたペラッペラの絨毯。
体重五〇キロない私が歩いても、ギシギシ鳴る階段。
コーティングが剥がれて、ささくれ立った手すり。
閉めたはずなのに、何故か開くドア。
家の中をチラッと見ただけで、丸わかりですよ。
――――お見合いをしろ!
玉の輿に乗れ!
盛りに盛った姿絵は作ってやる。
盛りに盛って、釣書を手書きしろ!
最近は自分で書き、一言メッセージを添えるのが流行りだ。
ちゃんと書くんだぞ――――
ワーワーと怒鳴り散らすお父様を軽やかにスルーしつつ、ふむむと考えました。
最近の釣書は、本人の字の綺麗さや、メッセージでアピールするのが流行りだとは知りませんでした。
盛りに盛った釣書……何だか楽しそうね?
そんなノリで
身長一五二センチ、体重四七キロ、茶色の髪と瞳。
趣味、散歩。特技、家庭料理。
普通・オブ・ザ・普通。
そんな普通のものは、サクッと書き終えていました。
余った予備の用紙に、どんなものが届いたら引くかなぁなどと考えて、遊んでいたのです。
まさか、そっちが届けられているなんて――――。
◇◆◇◆◇
「この内容は容姿こそ違えど、
「あー、まー、はい」
呼び方が『お前』になりました。
格下とはいえ、女性をそう呼んでいい訳がありません……がっ、この状況での口答えは悪手でしょう。
……ん? 兄?
「
……ん?
「ジョルダン様は、お兄様の事をご存知なのですか?」
我が兄、マクシムは脳筋・オブ・ザ・脳筋。
騎士団に勤めて八年。
脳筋過ぎて出世は絶望的な、上司ラヴの脳筋。
「アレの上司だ」
上司ラヴの脳筋の、上司…………。
「わざとアレの苦手な甘味の店にしたが、無駄足だったとは。チッ」
どうやら、ジョルダン様と私がお見合いする事になったのは脳筋兄からの紹介だったようです。
そして、ジョルダン様は、その脳筋兄が妹の名を騙って面倒な愛情表現をしてきたパターンだと思っていたそうです。
まって、『面倒な愛情表現』って何⁉
「アレは、毎日のように私と兄弟になりたい、好きだ、一生ついて行く、とかなんとか言い続けている」
「面倒な兄で申し訳ございません」
「お前もな!」
「…………面倒な兄妹で申し訳ございません」
否定はできないので、素直に謝りました。
私、兄の愛して止まない上司に対して、兄風の釣書を送るというミラクルを起こしていたようです。
……まって、どんなミラクルなの?
「何だ、アレの上司と気付いてなかったのか?」
「はい。お兄様は『ジョー団長』としか呼んでいませんでしたので」
「あー……まぁいい。私は帰って執務に戻る。お前は好きなものを食べてから帰るといい」
「えっ⁉ 本当ですか⁉ いいのですか?」
ジョルダン様が奢ってくださるそうです。
何という太っ腹!
いえ、体格はムキムキの兄よりもいく分かスラッとしていて…………って、あら、ジョルダン様ってこんなにイケメンだったのですね。
兄は厳しい顔つきがたまらないとか言っていましたが、柔らかに微笑んでいて、とてもお優しそうな方です。
「あぁ。
高級かつご婦人方に大層な人気のオサレな菓子店など、私のお小遣いでは食べれないものがほとんどでしたので、本気で嬉しくなりました。
「はいっ! うわぁぁぁぃ! ありがとうございますっっっ!」
「……ん。あぁ。…………好きなだけ、食べなさい」
「はいっ!」
「ん…………ではな」
「はーい!」
オサレなケーキにオサレな焼き菓子、オサレなゼリー、またもやオサレなケーキ……と、本気でモリモリと食べて、その日の夕食は何も入りませんでした。