呼びかけても、返事はない。
なんで俺なんかを庇って、こんなことになってしまったんだ……!
俺なんかの、ために……!
「くそっ……くそ! 俺は無力だ……三千年も生きて、大切な人一人……!
アピラ! アピラー!!」
「………けほっ、えほ!」
「!!」
俺は、無力感に苛まれていた。こんな思いをするくらいなら、もう、本当に死んでしまった方がいいのかもしれない。
そう、思っていた……
だが、聞こえたのは、聞こえるはずのない声だった。
アピラが、もう死んでしまったのではないかと思っていたアピラが、咳き込んだのだ。
「はぁはぁ……大丈夫、ですよ。レイさん」
弱々しくも、しっかりと、アピラは言った。
俺を安心させるように、柔らかく微笑んで。
「大丈夫なわけないだろ! こんなに、血が……血が……?」
それが強がりだということくらいはわかる。目覚めてくれたのは嬉しいが、無理はしないでほしい。
そうして、傷口を見た。
……胸元から流れる血は、いつの間にか止まっていた。さっきまで、あんなにも流れていたというのに。
まるで、水道の蛇口を締めたかのように、ピタリと止まっていた。
傷薬が効いた?
……いや、でも矢は刺さったままだし……この深手に、こんな急速に、効くはずがない。
「……『スキル』……」
「え?」
アピラは、ぼそっと呟いた。しかし、俺にはちゃんと聞こえた……
今、『スキル』と、言ったのか。どうして、急に……?
「これが、『スキル』……頭の中に、声が、します」
「『スキル』だって? 頭の中って……?」
アピラは、ただ空を見上げたまま、言う。空は真っ暗だ。
そこでようやく、俺は、可能性に気づいた。今、この瞬間……日付が、変わったのだ。
俺たちが薬草を取りに来たとき……すでに、それはアピラの誕生日の数時間前だった。
そして、薬草探しに夢中になったり、あの男たちに襲われたり……
時間も忘れるほどに時間が過ぎていった。
その結果たった今、日付が変わりアピラは十五歳となり、成人となった。
そして、同時に『スキル』を授かったのだ。
だが、『スキル』を授かったとして、どうしてアピラは無事なのか?
……その答えは、アピラ自身が持っていた。
「『スキル』"不死"……それが、私の『スキル』みたいです」
「"不死"……」
頭の中に聞こえた、『スキル』の名前。それを、アピラは自分の口から、説明する。
アピラの授かった『スキル』、その名は"不死"。
そんな『スキル』、聞いたこともない。世界中を回ったが、三千年も旅をしているが、聞いたことのない『スキル』だった。
それはつまり、俺の"不老"と同じく、前例のない『スキル』だったということか?
"不死"とは、その名の通り……死なない、と、そういうことだろう。
「……」
つまり、"不死"の『スキル』を授かったことで、アピラは死なずに済んだ。
それどころか、これから死ぬことはない……そういうことだ。
心臓部分に、矢が突き刺さった。それにより、アピラの命は確かに消える寸前だった……
だが、命が消えるその直前に、『スキル』"不死"を授かったことで、死なずに済んだ。
命を、拾ったのだ。
「よかった……本当に……」
もし、矢が刺さった時点で即死だったら。もし、なんの変哲もない『スキル』を授かっていたら。もし、タイミングよく日付が変わらなかったら。
もし、もし、もし……考えても、尽きることはない。
本当に、よかった。心からそう思う。
何度となく呪った、『スキル』というものに……感謝するときが来るとは、思わなかった。
「……レイ……さん」
「あぁ、ここにいる。けど、もう喋るな。傷は塞がっていても、刺されたばかりなんだから」
それに、まだ矢は刺さったままだ。無理やり抜いてもいいものか。
アピラの手を握り、今はただ、そこに生きていることを強く思う。アピラも、俺の存在を確かめるように、弱々しくもしっかりと握り返した。
アピラが死んでいたら、もう一生、会えなくなるところだった。
……俺は、アピラと離れようとしていた。そして、その後もう、一生会うつもりはなかったはずだ。
もう会うことはない……同じことをしようとしていた。それが今、アピラがここにいることに、どうしようもない喜びを感じている。
ただ生きていることが嬉しいのか。
それとも……やっぱり、本心では俺も、離れたくないと、思って……
「レイさん……」
「あぁ、わかったから。ちゃんとここに……」
「私……レイさんのこと、好きです」
……唐突に、アピラが、言った。震える声で……しっかりと、俺の目を見つめながら。
その目から、俺は目をそらすことができない。なにか言おうにも、言葉が出ない。
アピラが、俺に想いを寄せてくれていたこと……可能性に気づかなかったわけでは、ない。
けれど、こんな状況で、急に告白なんて、されるとは思わなかった。
「…………俺は……歳も取らない……化け物だよ」
ようやく絞り出せた言葉が、それだった。
何度も、アピラに対して言ってきた言葉……何度も、自分で自分が嫌いになっていく言葉。
それを、聞いたアピラは……柔らかく、微笑んだ。
「それなら私は……死なない化け物、ですね」
なんでもないようなことを言うように、そう告げた。
"不死"……つまりはそういうことだ。
実際に今見た通り、本来なら死ぬような怪我でも、決して死ぬことはない。
それは、見る人によっては……化け物と、そう映っても仕方がない。
……不老不死という、言葉がある。だが俺たちは、それぞれがそのどちらでもない。
歳は取らないが、死ぬ"不老"。死なないが、歳を取る"不死"。どちらも不完全で。だからこそ……
……俺たちが出会ったのは、果たして偶然だろうか。この広い世界で、長い年月を経て、俺たちが出会ったのは……
「私はもう、死ぬことはない……化け物です。ですから……レイさんが離れていったら、私、一人ぼっちになっちゃいます」
「……」
……一人ぼっち。そのつらさは、俺が一番良くわかっている。
それに、もしかしたらアピラの感じるつらさは、俺の比ではないのかもしれない。
死のうと思えば、死ねた……歳を取らなくても、死ぬことはできるのだから。そうする勇気がなかっただけの俺とは違う。
アピラは、もう、死ぬことはできない。
アピラが言うように、俺がいなくなったら、一人ぼっちになってしまう。
だから……いや、これは同情なんかじゃない。俺がアピラを遠ざける理由が、なくなっただけ。
そんな、小難しい理由を取っ払ってしまえば……俺は……
「私と、一緒に、いてください」
「……あぁ……!」
アピラと、一緒にいたい。いつまでも、