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第44話 永遠に



 呼びかけても、返事はない。


 なんで俺なんかを庇って、こんなことになってしまったんだ……!




 俺なんかの、ために……!




「くそっ……くそ! 俺は無力だ……三千年も生きて、大切な人一人……!


 アピラ! アピラー!!」




「………けほっ、えほ!」




「!!」




 俺は、無力感に苛まれていた。こんな思いをするくらいなら、もう、本当に死んでしまった方がいいのかもしれない。


 そう、思っていた……




 だが、聞こえたのは、聞こえるはずのない声だった。


 アピラが、もう死んでしまったのではないかと思っていたアピラが、咳き込んだのだ。




「はぁはぁ……大丈夫、ですよ。レイさん」




 弱々しくも、しっかりと、アピラは言った。


 俺を安心させるように、柔らかく微笑んで。




「大丈夫なわけないだろ! こんなに、血が……血が……?」




 それが強がりだということくらいはわかる。目覚めてくれたのは嬉しいが、無理はしないでほしい。


 そうして、傷口を見た。




 ……胸元から流れる血は、いつの間にか止まっていた。さっきまで、あんなにも流れていたというのに。


 まるで、水道の蛇口を締めたかのように、ピタリと止まっていた。




 傷薬が効いた?


 ……いや、でも矢は刺さったままだし……この深手に、こんな急速に、効くはずがない。




「……『スキル』……」




「え?」




 アピラは、ぼそっと呟いた。しかし、俺にはちゃんと聞こえた……


 今、『スキル』と、言ったのか。どうして、急に……?




「これが、『スキル』……頭の中に、声が、します」




「『スキル』だって? 頭の中って……?」




 アピラは、ただ空を見上げたまま、言う。空は真っ暗だ。




 そこでようやく、俺は、可能性に気づいた。今、この瞬間……日付が、変わったのだ。


 俺たちが薬草を取りに来たとき……すでに、それはアピラの誕生日の数時間前だった。




 そして、薬草探しに夢中になったり、あの男たちに襲われたり……


 時間も忘れるほどに時間が過ぎていった。




 その結果たった今、日付が変わりアピラは十五歳となり、成人となった。


 そして、同時に『スキル』を授かったのだ。




 だが、『スキル』を授かったとして、どうしてアピラは無事なのか?


 ……その答えは、アピラ自身が持っていた。




「『スキル』"不死"……それが、私の『スキル』みたいです」




「"不死"……」




 頭の中に聞こえた、『スキル』の名前。それを、アピラは自分の口から、説明する。


 アピラの授かった『スキル』、その名は"不死"。




 そんな『スキル』、聞いたこともない。世界中を回ったが、三千年も旅をしているが、聞いたことのない『スキル』だった。


 それはつまり、俺の"不老"と同じく、前例のない『スキル』だったということか?




 "不死"とは、その名の通り……死なない、と、そういうことだろう。




「……」




 つまり、"不死"の『スキル』を授かったことで、アピラは死なずに済んだ。


 それどころか、これから死ぬことはない……そういうことだ。




 心臓部分に、矢が突き刺さった。それにより、アピラの命は確かに消える寸前だった……


 だが、命が消えるその直前に、『スキル』"不死"を授かったことで、死なずに済んだ。




 命を、拾ったのだ。




「よかった……本当に……」




 もし、矢が刺さった時点で即死だったら。もし、なんの変哲もない『スキル』を授かっていたら。もし、タイミングよく日付が変わらなかったら。


 もし、もし、もし……考えても、尽きることはない。




 本当に、よかった。心からそう思う。


 何度となく呪った、『スキル』というものに……感謝するときが来るとは、思わなかった。




「……レイ……さん」




「あぁ、ここにいる。けど、もう喋るな。傷は塞がっていても、刺されたばかりなんだから」




 それに、まだ矢は刺さったままだ。無理やり抜いてもいいものか。




 アピラの手を握り、今はただ、そこに生きていることを強く思う。アピラも、俺の存在を確かめるように、弱々しくもしっかりと握り返した。


 アピラが死んでいたら、もう一生、会えなくなるところだった。




 ……俺は、アピラと離れようとしていた。そして、その後もう、一生会うつもりはなかったはずだ。


 もう会うことはない……同じことをしようとしていた。それが今、アピラがここにいることに、どうしようもない喜びを感じている。




 ただ生きていることが嬉しいのか。


 それとも……やっぱり、本心では俺も、離れたくないと、思って……




「レイさん……」




「あぁ、わかったから。ちゃんとここに……」




「私……レイさんのこと、好きです」




 ……唐突に、アピラが、言った。震える声で……しっかりと、俺の目を見つめながら。




 その目から、俺は目をそらすことができない。なにか言おうにも、言葉が出ない。


 アピラが、俺に想いを寄せてくれていたこと……可能性に気づかなかったわけでは、ない。




 けれど、こんな状況で、急に告白なんて、されるとは思わなかった。




「…………俺は……歳も取らない……化け物だよ」




 ようやく絞り出せた言葉が、それだった。


 何度も、アピラに対して言ってきた言葉……何度も、自分で自分が嫌いになっていく言葉。




 それを、聞いたアピラは……柔らかく、微笑んだ。




「それなら私は……死なない化け物、ですね」




 なんでもないようなことを言うように、そう告げた。




 "不死"……つまりはそういうことだ。


 実際に今見た通り、本来なら死ぬような怪我でも、決して死ぬことはない。


 それは、見る人によっては……化け物と、そう映っても仕方がない。




 ……不老不死という、言葉がある。だが俺たちは、それぞれがそのどちらでもない。


 歳は取らないが、死ぬ"不老"。死なないが、歳を取る"不死"。どちらも不完全で。だからこそ……






 ……俺たちが出会ったのは、果たして偶然だろうか。この広い世界で、長い年月を経て、俺たちが出会ったのは……






「私はもう、死ぬことはない……化け物です。ですから……レイさんが離れていったら、私、一人ぼっちになっちゃいます」




「……」




 ……一人ぼっち。そのつらさは、俺が一番良くわかっている。


 それに、もしかしたらアピラの感じるつらさは、俺の比ではないのかもしれない。




 死のうと思えば、死ねた……歳を取らなくても、死ぬことはできるのだから。そうする勇気がなかっただけの俺とは違う。


 アピラは、もう、死ぬことはできない。




 アピラが言うように、俺がいなくなったら、一人ぼっちになってしまう。


 だから……いや、これは同情なんかじゃない。俺がアピラを遠ざける理由が、なくなっただけ。




 そんな、小難しい理由を取っ払ってしまえば……俺は……




「私と、一緒に、いてください」




「……あぁ……!」




 アピラと、一緒にいたい。いつまでも、永遠とわに!

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