「アピラ!?」
後ろから、刺さっているものは……矢だ。細い矢が、アピラの左肩を突き刺している。
アピラも、俺も、森を抜けたことで油断していた。森の中から、狙撃されたのか?
くそっ、情けねえ……!
「アピラ、こっちに!」
アピラに引かれていた手を逆に引き、木を盾にするように隠れる。
矢の刺さった角度からして、ここに隠れておけば大丈夫なはずだ。
念のために、傷薬だけは持ってきていた。向こう側を警戒しつつ、薬をアピラの左肩に塗る。
「痛いけど、我慢してくれ」
「ん……っ!!」
傷薬を塗るためには、突き刺さったままの矢を抜かなければいけない。
なので、アピラには矢を抜いた衝撃を抑えてもらう必要がある。
矢を、思いっきり引き抜く……アピラは、自分の服を噛み、激痛に耐えるように歯を食いしばった。
すぐに、傷薬を塗り込んでいく。
矢を抜いた瞬間にあふれ出す血。
しかしこの傷薬は、血を固める作用がある。止血し、これ以上血が流れるのを防ぐ。
「ふ、ふっ……」
「よく頑張ったな、アピラ」
傷薬を塗り込み、治療に成功。
よし、これで、矢を受けた傷は癒えたはずだ。
だが……
「見つけぜ、"不老"の」
気づいた時には、すっかり囲まれてしまっていた。数にして九人……全員、武器を持っている。
アピラの治療を優先させた結果、こいつらに追いつかれてしまったわけだ。
かといって、アピラをあのままにしておくわけにも、いかなかった。
「こいつを捕まえれば、俺たちゃ大金持ちだぜ」
リーダーらしきスキンヘッドの男が、笑う。
この野郎、誰かに雇われたってわけじゃなさそうだ……俺を捕まえ、誰でもいいから金持ちに売る。そういう考えだ。
知識を欲しがっている金持ちなんて、腐るほどいるからな。
囲まれてしまったが……こんな状況、いくらでもあった。
その度に、俺は切り抜けてきた。
「……レイさん、私、やれます」
「……無理はするなよ」
小声で、アピラが話しかけてくる。傷薬を塗ったため血は止まった、
とはいえ、まだ少しは安静にしておいてほしいところ……だが、そうも言っていられない状況だ。
せめて自分の身だけでも守ってくれれば、楽になる。あまり無理はしないように告げ、アイコンタクトを送る。
互いにうなずき、俺はまず正面の、スキンヘッド男に突っ込む。
男は動揺することなく、手にしていた槍を構える。
この距離で、長い得物……よほど、扱いに自信があるのだろう。リーチ内に飛び込めば、あの槍の餌食になってしまうわけだ。
「お、らぁ!」
突っ込む……すると、予想通りに男は槍を突き出してくる。
鋭い先端が俺の目を狙い、迫りくる……それを、俺は目に突き刺さる寸前で、右に体ごとずらし、槍をかわす。
突っ込んできた相手に、槍を放てば相手は避けきれずに突き刺さる……そう、思っていたのだろう。
俺の反応速度に、少し驚いた様子だ。だが、それだけ。
俺が体をずらした右側から、別の男が二刀の短刀を振るい、迫る。
腰を落とし、それもかわすが、髪の毛の先が切られる感覚があった。
「よっ!」
「!?」
しゃがみこんだ勢いで、短刀使いの足元を払う。男はバランスを崩し、それを俺は見逃さない。
男に体当りし、別の男に体ごとぶつけ、吹き飛ばす。
スキンヘッド男が、背後から迫る。
肩越しに男の動きを確認すると、槍を棒術のように振り回している。槍の先が掠った木々や草が切れていく。
「ったく、こういうの苦手なんだよ」
丸腰の状態で、長い得物を相手にするのはよろしくない。リーチの差が、全然違うからだ。
だが、この程度の差、なんてことはない。
「よっ、はっ」
一歩一歩下がり、槍をかわしていく。しかし、かわしきれないものが頬や腕に、切り傷が刻まれる。
このままでは、やられるのも時間の問題……そう、男は思っていることだろう。そこに、隙が生まれる。
槍の先端……刃のついたそれを、俺は手掴みで、受け止める。
刃を素手で受け止めたんだ、当然皮膚に刃が食い込み、手のひらから血が出る。
「っ……」
「なに!?」
男も、それは予想外だったのだろう。動揺はさらなる隙を生む。俺は、それを見逃さない。
男の手から、槍を強引に奪う。
「そら!」
「ぐっ……!」
奪い取った槍、それを男の腹に打ち込む。刃のある部分を持ち、持ち手を打ち込んだのだ。
本来の使い方ではない。だが、気絶させるだけならば充分だ。
「悪いな、俺は薬屋なんでね」
手のひらはじくじくと痛む。だが、すぐに傷薬を懐から取り出し、それをさっと手のひらに塗り込む。
傷は、みるみる塞がっていく。
肉を切らせて骨を断つ……あまり使いたくない戦法だ。痛いから。
その後、奪い取った槍で、他の連中も片付けていく。
「レイさん!」
「おー、アピラ」
ざっと六人を倒した時には、アピラは駆け寄ってきた。
アピラの方も、きっちりと他の男を倒している。恐ろしい子だよ、ホントに。
なんにせよ、これで狙ってきた連中は撃退した。
憲兵にでも、突き出すとするか。
……ん?
「そういえば、矢の……」
「! レイさん!」
倒した連中……その中に、アピラの左肩に矢を放った人物が、いなかった。
気づくのが遅すぎた……気づいた頃には、俺はアピラに突き飛ばされていた。
そして、次に見たのは……俺の前で、アピラの胸元に、矢が突き刺さる場面だった。
「アピラー!!」
……吐血し、うっすらと微笑むアピラは……俺に手を伸ばすようにして、倒れていった……