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第41話 狙われた"不老"



「……アピラ、静かに」


「は、はい」


 俺たちは、その場から静かに移動していく。

 なるべく、草に足を取られないように、音を立てないように。


 聞こえたのは、複数の人がなにかを話しているもの。

 その内容の全容が聞こえたわけではないが、どうやら"不老の魔術師"……つまり俺を、探しているらしいというのはわかった。


「……っ」


 息を、押し殺す。


 俺自身、誰かに狙われるようなことをした覚えはない。

 だが、俺自身にはなくても、俺を狙う者がいるのは確かなのだ。


 "不老"の『スキル』により、とんでもない年数を生きてきた。

 そんな人間は、たくさんの知識を持っている。だから、捕まえて情報を独り占めにする……そう考える連中は、少なくない。


 今回のも、そういった連中だろう。


「あいつらの狙いは俺だ。俺が、気を引くから、そのうちにアピラは……」


「逃げませんよ」


 アピラは、さっきまで泣いていたが、誰かが近づいてきていることを伝えると、すぐに切り替えた。

 なんとも、強い子だ。


 そんなアピラが狙われる理由は、ない。

 俺と一緒にいるために危険な目に遭うというのなら、ここは離れて、俺が奴らの気を引き付けるのが得策だ。


 ……だが、アピラはそれを拒否する。別に、ここで別れたってそのままずっと別れるわけじゃない。

 アピラに納得してもらうために、戻ってくるつもりだ。


「私は、レイさんが狙われていようが、見捨てて逃げたりしません。むしろ、一緒になって返り討ちにしてやりますよ!」


「って言ってもな……」


 アピラには、護身術はある程度教えている。だが、それだけだ。

 命を狙ってくるような奴を撃退するなんて、そんな万能なものではない。隙をついて、逃げられる程度のもの。


 俺を狙ってくる連中は、俺の知識を欲しているのだから、俺を殺しはしないだろう。

 だが、一緒にいるアピラはその限りではない。命を、危険にさらしてしまうことになる。


「大丈夫です、私だって、戦えますから」


「いやでも……せめて逃げような?

 ……ん、おかしいな」


 相手が何人かも、わからないのだ。そんな状況で、アピラを危険にさらすのは気が引ける。

 だが、状況は俺の葛藤を、待ってはくれないようだ。


 なぜかはわからない。だが、人の気配はだんだん近づいてくる。

 俺たちは、出口へ向かって一直線ではなく、右へ左へと相手を翻弄するように歩いている。

 なのに、相手は、俺たちの後を正確に追ってくるのだ。


 足跡を追ってきている……?

 いや、足跡は残さないようにしている。音も、可能な限り気をつけている。

 明かりはない。月明かりのみで、俺たちを追うことはできないはずだ。


 薄暗い森の中を、どうして正確に追ってこれる?


「……追跡系の、『スキル』持ちがいるのか?」


 考えられるのは、『スキル』。その内容はわからないにしても、対象を追跡するような『スキル』。

 例えば、対象の髪の毛など体の一部があればそれを使って、追えるもの。暗闇の中でも夜目が利くもの。遠くまで見れる、千里眼のようなもの。


 考えればいくらでもあるし、そういう『スキル』を持った人間と会ったことだってある。

 そうした場合、逃げても必ず追いつけられる。


 ……それだけじゃない……


「! アピラ、しゃがんで!」


「え……」


 視界の端に、ギラリと光るものが見えた。とっさに俺は、アピラの頭を掴み、下げる。

 その直後、アピラの頭があった場所を刃が一閃する。


 もしも反応が少しでも遅れたら、アピラの頭が……考えただけで、恐ろしいことだ。


「チッ、いい反応しやがる!」


「う、わ……」


 思い浮かんだ可能性……追跡組と、そして待ち伏せ組に別れていること。そして、それは見事に合致した。

 今アピラを襲ったのは、俺たちを待ち伏せしていた一人の男だ。


 しかし、どうして俺たちがここから出てくることがわかったのか……当てずっぽう、というわけではないだろう。

 ……なんのことはない。連絡するものがあれば、俺たちを追う追跡組がどこどこに向かっていると待ち伏せ組に連絡する……それだけで、いいのだ。


 となると、いずれ追跡組にも追いつかれる。

 アピラを逃がす、それどころの話じゃなくなってきた。


「お前が"不老"の、か! 男だって話だが……そっちの女は、好きにしていいんだな?」


 男は一人。しかし両手に剣を持っている。

 下卑た笑みを浮かべているが……こいつ、戦い慣れている。それに、やはり俺を狙ってのことか。


 アピラを見て、いやらしく舌なめずりをしている。ほどほどに実った女を前に、なにを考えているかは想像がついてしまう。

 それがわかってしまうのが、なんだか嫌だが。


 こっちは丸腰。レッドドラゴンの時のように、使えそうな薬もない。

 アピラを守りながら、後ろから追いつかれる前に倒さなければ……


「へへ、女ぁ。こっちに来るなら、痛い思いはしなくて済むぜ? むしろいいことをしてやるからよ」


「お断り、よ!」


「!?」


 男は、舐め回すようにアピラを見る……が、アピラはその視線を避けるように、身を低くし、男から逃げるではなく接近。

 剣を持ってはいても、油断から構えていなかった男の懐に潜り込む。


 そして、右手を突き上げる。手のひらを広げ、狙う先は男の顎……

 手のひらが、強く打ち付けられる。それは、掌底だ。


「っ、か……」


 もろに、顎に掌底をくらってしまった男は、後ろに倒れそうになる。

 体勢を立て直そうとするが、頭が回らないのか、踏ん張りが効かない。顎に衝撃を受けたことで、脳が揺れてしまっているのだ。


 そして、ふらふらと揺れる男は……側にあった、木に頭をぶつけた。

 それがとどめになったのか、白目を剥き、ズルズルと沈み……倒れていった。


「……ふぅ。やりましたよ、レイさん!」


「……え? あぁ、うん……はい」


 目の前で起こった出来事に、素直に反応できない。これは、現実なのだろうか。現実なんだろうな。

 頬をつねってみたが、痛いもん。


 今の出来事は、ほんの数秒。だがその動きは、しっかりと目に焼き付いている。

 まさか、アピラが武器を持った男を、素手で倒してしまうとは。


 私も戦えると言ってはいたが……いや、予想以上だよ。まさかこれほどとは、思っていなかったよ。

 護身術にも似たようなことは教えたが、まさかあんな攻撃的なことをするなんて。


「さ、行きましょう!」


「お、おう」


 呆然としてしまっていたが、アピラに手を引かれ、俺は森を出る。

 先に待ち伏せていたのはさっきの男一人だけだったのか、他に人の気配はなかった。


 まだ薬草は入手できていない……が、こうなってしまえば仕方がない。アピラを逃がすことが先決だ。

 そしてアピラは一人では逃げないから、俺も逃げなければいけない。


 音を気にしていた森の中なら、動きは遅くなってしまっていた。

 だが、森を抜ければ、全速力で走ることができる。そうすれば、簡単に逃げることだって……


「! あ……!」


 ……次の瞬間、アピラの左肩に、なにか尖ったものが、突き刺さっていた。

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