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第40話 本音ぶつけて



 きっと、他愛ない世間話をするのだろう……そう思って、返事をしたが、俺からの話題は予想もしていないものだった。


 ……いや、もしかしたら予想は、していたのかもしれない。だからこそ、忙しく薬草を探り、話のタイミングを切ろうとした。

 ならばついてこなければいいだけの話だが……


 俺がうぬぼれてるんじゃなければ、おそらく、俺と一緒にいたかったんじゃないかな、と、思った。


「明日お前は、成人になる。それを機にさ、俺はお前の前から……」


「やだ」


 まだ言い切っていないのに、拒絶の言葉。

 同じようなことは、以前にもあった……レポス王国を発つ際、アピラにいやだと駄々をこねられた。


 結局、押し切られてしまったが。


 今は、あのときとは違う。

 アピラも大人だ……だが、その拒絶の言葉は、しっかりとしたものだ。わけもわからず、首を振っていたあの頃とは違う。


 ちゃんと、自分の意思をはっきりと、伝えてくる。

 けど、ダメだ。


「わかってるだろ、俺は歳を取らない。一緒にいても、お互いにつらくなるだけなんだ」


「そんなことない、レイさんが歳を取らないのなんか、わかってる……

 でも、私はレイさんを嫌いになんかならない。わかってよ」


「そんなの無理だ!」


 あのときだって、そうだった。愛した妻に、子供に、村の人たちに。

 あんな目を向けられるなんて、想像もしていなかった。


 きっとアピラも、そうなる。そのとき、あんな目を向けられるのが、怖い……耐えられない。


「私を信じてよ! 私がレイさんを、嫌いになるわけない……レイさんが思うような目なんか、向けると思う!?」


 そりゃ、俺だって信じたい。アピラは、いい子だ……それは、間違いない。


 だが、だからこそ、あんな目を向けられるのが怖いのだ。

 俺は、信じていた人たちにあんな目を向けられた……もしかしたら、本人はどんな目を向けていたかなんて、意識していなかったのかもしれない。


 それならそれで、キツイ。無意識のうちに、あんな目を向けられてしまうのは……


「アピラだって、いつかああなる。だから、いい思い出のうちに別れておきたい」


「ならないよ! 絶対! もしそうなったら、死んだっていい!」


「……」


「怖がりすぎなんだよ、レイさん! 三千年前に、たった一回そんな目にあっただけでしょ!? だったら……」


 ……ヒートアップしていくアピラの言葉の中に、聞き流せないものがあった。


「たった、一回?」


「あ……」


 そこで、自分がなにを言ったのか気がついたらしい。口を、両手で覆う。

 だが、一度出た言葉は、決して引っ込められない。


「そうさ、そうだな。たった一回……あの一回が、今も忘れられないさ! それからは、うまく過ごしてきた……だから、本当にそれっきりさ! 三千年も生きといて、そんな昔のことも忘れられないなんて、女々しいよな!」


「ご、ごめんなさい……そんな、つもりじゃ……」


「怖がりすぎ? そりゃそうさ! お前にわかるか? 周りは変わっていくのに、自分だけはずっと変わらない……同じ場所にも、居られない。俺はずっと、孤独なんだ!」


 溜め込んでいたものが、溢れ出してくる。

 アピラに、こんなことを言いたいわけじゃないのに。


「このまま一緒にいても、お前だけは変わっていく……それが、耐えられないんだ。化け物みたいな目で見られることも、自分だけが取り残されていくのも。

 ……なんで、こんなことになったんだろうな」


 俺はただ、転生したこの世界で。二度目の人生を、満足行くように生きたかっただけなのに。

 自由なはずのこの体は、とんでもなく不自由だ。


 こんな経験をするくらいなら……『スキル』なんて、いらなかった。

 俺はただ、普通に生きたかっただけだ。


「……わかったろ。俺は、どうしようもない怖がりだ。その上、自分じゃ死ぬ勇気もない……そんな奴と、一緒にいる必要なんてない」


 思わぬ感情をぶちまけてしまったが、全部本心だ。こんなことを聞いて、幻滅しただろうか……なんなら、その方がアピラの方から離れてくれるかもな。


 そんなことを思いながら、改めてアピラの顔を見る。

 怒っているか、それとも軽蔑の眼差しを向けているか。


「……」


 ……アピラは、泣いていた。


「なっ……んで、泣いてるんだよ」


 それは、予想外のものだった。いや、涙自体は予想はしていた……俺に抱いていた幻想やらなんやらが壊れ、ショックを受けた涙。

 だが、それならそれで構わないと思っていた。


 が、アピラの流す涙は違う。悲しみや、まして怒鳴られて怖いから泣いているのでもない。

 これは……


「わか、りません。なんで、涙が流れたのか……でも……私は……」



 ガサガサッ……



 涙を流すアピラが、何事かを話す……その直前に、草の音が鳴った。

 ガサガサと……誰かが、動いたような音だ。


 風? それにしては、はっきりとした人の気配を感じる。

 こんな時間に、こんな場所で……それも、複数の気配を感じる。


「……?」


 耳を、すませる。複数の人の気配……まるで、誰かを探しているかのよう。

 ここに俺たちがいることには気づいていないようだが……近づいてくる。


 そして、声も、集中することによって聞こえてきた。


「本当に…………いるのか? 不老の……」


「間違いねぇ…………入っていくのを……らしい……」


 ほそぼそと、途切れ途切れにだが、聞こえる。かすかに聞こえた『不老』という単語。

 まさか、俺を探している、のか?

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