きっと、他愛ない世間話をするのだろう……そう思って、返事をしたが、俺からの話題は予想もしていないものだった。
……いや、もしかしたら予想は、していたのかもしれない。だからこそ、忙しく薬草を探り、話のタイミングを切ろうとした。
ならばついてこなければいいだけの話だが……
俺がうぬぼれてるんじゃなければ、おそらく、俺と一緒にいたかったんじゃないかな、と、思った。
「明日お前は、成人になる。それを機にさ、俺はお前の前から……」
「やだ」
まだ言い切っていないのに、拒絶の言葉。
同じようなことは、以前にもあった……レポス王国を発つ際、アピラにいやだと駄々をこねられた。
結局、押し切られてしまったが。
今は、あのときとは違う。
アピラも大人だ……だが、その拒絶の言葉は、しっかりとしたものだ。わけもわからず、首を振っていたあの頃とは違う。
ちゃんと、自分の意思をはっきりと、伝えてくる。
けど、ダメだ。
「わかってるだろ、俺は歳を取らない。一緒にいても、お互いにつらくなるだけなんだ」
「そんなことない、レイさんが歳を取らないのなんか、わかってる……
でも、私はレイさんを嫌いになんかならない。わかってよ」
「そんなの無理だ!」
あのときだって、そうだった。愛した妻に、子供に、村の人たちに。
あんな目を向けられるなんて、想像もしていなかった。
きっとアピラも、そうなる。そのとき、あんな目を向けられるのが、怖い……耐えられない。
「私を信じてよ! 私がレイさんを、嫌いになるわけない……レイさんが思うような目なんか、向けると思う!?」
そりゃ、俺だって信じたい。アピラは、いい子だ……それは、間違いない。
だが、だからこそ、あんな目を向けられるのが怖いのだ。
俺は、信じていた人たちにあんな目を向けられた……もしかしたら、本人はどんな目を向けていたかなんて、意識していなかったのかもしれない。
それならそれで、キツイ。無意識のうちに、あんな目を向けられてしまうのは……
「アピラだって、いつかああなる。だから、いい思い出のうちに別れておきたい」
「ならないよ! 絶対! もしそうなったら、死んだっていい!」
「……」
「怖がりすぎなんだよ、レイさん! 三千年前に、たった一回そんな目にあっただけでしょ!? だったら……」
……ヒートアップしていくアピラの言葉の中に、聞き流せないものがあった。
「たった、一回?」
「あ……」
そこで、自分がなにを言ったのか気がついたらしい。口を、両手で覆う。
だが、一度出た言葉は、決して引っ込められない。
「そうさ、そうだな。たった一回……あの一回が、今も忘れられないさ! それからは、うまく過ごしてきた……だから、本当にそれっきりさ! 三千年も生きといて、そんな昔のことも忘れられないなんて、女々しいよな!」
「ご、ごめんなさい……そんな、つもりじゃ……」
「怖がりすぎ? そりゃそうさ! お前にわかるか? 周りは変わっていくのに、自分だけはずっと変わらない……同じ場所にも、居られない。俺はずっと、孤独なんだ!」
溜め込んでいたものが、溢れ出してくる。
アピラに、こんなことを言いたいわけじゃないのに。
「このまま一緒にいても、お前だけは変わっていく……それが、耐えられないんだ。化け物みたいな目で見られることも、自分だけが取り残されていくのも。
……なんで、こんなことになったんだろうな」
俺はただ、転生したこの世界で。二度目の人生を、満足行くように生きたかっただけなのに。
自由なはずのこの体は、とんでもなく不自由だ。
こんな経験をするくらいなら……『スキル』なんて、いらなかった。
俺はただ、普通に生きたかっただけだ。
「……わかったろ。俺は、どうしようもない怖がりだ。その上、自分じゃ死ぬ勇気もない……そんな奴と、一緒にいる必要なんてない」
思わぬ感情をぶちまけてしまったが、全部本心だ。こんなことを聞いて、幻滅しただろうか……なんなら、その方がアピラの方から離れてくれるかもな。
そんなことを思いながら、改めてアピラの顔を見る。
怒っているか、それとも軽蔑の眼差しを向けているか。
「……」
……アピラは、泣いていた。
「なっ……んで、泣いてるんだよ」
それは、予想外のものだった。いや、涙自体は予想はしていた……俺に抱いていた幻想やらなんやらが壊れ、ショックを受けた涙。
だが、それならそれで構わないと思っていた。
が、アピラの流す涙は違う。悲しみや、まして怒鳴られて怖いから泣いているのでもない。
これは……
「わか、りません。なんで、涙が流れたのか……でも……私は……」
ガサガサッ……
涙を流すアピラが、何事かを話す……その直前に、草の音が鳴った。
ガサガサと……誰かが、動いたような音だ。
風? それにしては、はっきりとした人の気配を感じる。
こんな時間に、こんな場所で……それも、複数の気配を感じる。
「……?」
耳を、すませる。複数の人の気配……まるで、誰かを探しているかのよう。
ここに俺たちがいることには気づいていないようだが……近づいてくる。
そして、声も、集中することによって聞こえてきた。
「本当に…………いるのか? 不老の……」
「間違いねぇ…………入っていくのを……らしい……」
ほそぼそと、途切れ途切れにだが、聞こえる。かすかに聞こえた『不老』という単語。
まさか、俺を探している、のか?