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第39話 ついに明日



 あの日、一緒に寝たあの夜……二人ともくっついたまま、いつの間にか眠ってしまった。

 起きた頃には、背中から抱きついていたアピラはいなかった。


 早めに目が覚めたようで、テキパキと朝の準備をしていた。

 俺を見て、「おはよう!」といつものように、声をかけてくれた。まるで、昨夜なにもなかったかのように。いつも通りだった。


 だから、俺もいつも通りに努めた。いつも通り生活し、いつも通り仕事をして、いつも通り日々が終わっていく……

 そうして、忙しくも穏やかな日々を過ごしていた。


 そして、気づけばアピラの誕生日の、前日となっていた。

 そんな時。


「今から、薬草を取りに行こうと思う」


「え、今から!?」


 次の日のために、やることは前日にたくさんやっておかなければならない。

 明日は、お祝いということで早めに仕事を切り上げ、ちょっと豪華な食事をして、プレゼントを渡して……あ、プレゼントは事前に買ってある。


 アピラを祝い、そしてこれを機に別れようと話をするつもりだ。


 だったのだが……明日の準備をしている最中、ふととある薬品が切れていることに気づいた。

 しかも、その薬品の材料となる薬草が、少し特殊なのだ。だから、薬草を取りに行こうと言ったわけで。


「あぁ。ま、俺だけで行ってくるから、アピラは先に帰って……」


「なに言ってるんですか、私も行きますよ」


 多少の問答のあと、絶対についていくというアピラに折れ、俺はアピラの同行を許可した。

 そういや最近、アピラはよくくっついている……もしかして、目を離したらどこかに行ってしまうと、思われているのかもしれない。


 そんなことはないし、アピラには言ってないが、いつも材料が切れかけたらアピラに内緒で出掛けていた。

 今回は、ついうっかりと忘れてしまったのだ。


 そんなこんなで、出発。村を出て、少し歩いて……たどり着いた場所。

 ここは、人里から少し離れた森の中。ここに、俺たちの目的とする、薬草があるのだ。


「よ、夜の森って、ちょっと、不気味ですね……」


「怖いなら、無理して来なくても……」


「こ、怖くありません! それに、無理もしてません!」


 時間帯は、夜。確かに、こんな時間帯の森など、俺から見ても不気味だ。

 それに、不気味かどうかを除いても、夜には夜行性の獣が活発化する。獣は夜行性の方が、獰猛なのだ。


 さて、なにもこんな時間に薬草を取りに来なくても……と思うだろうが、その薬草が特殊な理由がこれだ。


「その薬草は、不思議なことに夜にしか生えないんだよ」


 生態はわからないが、とにかく夜にしか生えない。試しに朝になって来てみたが、その時あったのはただの雑草だけ。

 日が昇ると、薬草は雑草になってしまうようなのだ。


 その薬草、夜の草ということで『ヨルクサ』と命名されている。

 まったく不思議だが、一度抜いてしまえば、あとは薬草の効果を残したままなのだ。


 なので、夜にヨルクサを抜き、すぐに瓶に入れ保存しておく。

 これにより、ストックも充分作れるということだ。


「まさか、夜にしか生えないなんて……いろんな薬草が、あるんですね」


「あぁ、不思議だよな」


 長生きはしても、わからないことだらけだ。


 この薬草以外にも、様々な薬草がある。

 砂漠にしか生えない薬草、獣の背中に生えている薬草、時間が経つことで雑草から薬草へと進化する薬草……種類は、まさに豊富だ。


 そして、その豊富な薬草を調合することで、いろいろな種類の薬を作ることができる。

 たくさんの種類があれば、それだけ客層も増える。


 なんせ、お客によって求める薬の種類は違うのだから。

 これまで、長い間生きてきたが、スタンダードな薬を求める者から、ちょっと特殊な薬を求める者……まさに、十人十色。千差万別。


 例えば、人族の女性。



『お肌がカサカサになって……肌が潤うような、お薬はないかしら?』



 例えば、人族の男性。



『もっと筋肉つけたいんだけど、わーって感じで筋肉つく薬ないかな!?』



 例えば、小人族。



『身長を伸ばしたいんだけど、身長が伸びる薬はないかい?』



 例えば、巨人族。



『体を小さくしてえんだけども、ええ薬ないか?』



 例えば、エルフ族。



『若返りの薬とか……いや、たいした用じゃないんだけどね? ほら、男って若い子が好きだろう?』



 例えば、ハーピィ族。



『羽を無くす方法くすりとか、ないかな?』



 例えば、サキュバス族。



『ピーーーー(自主規制)』



 例えば、獣人族。



『毛が暑くてさ……なんか、涼しくなる薬ない?』



 例えば、単眼族。



『目がシバシバするんだ、なんかお薬ないか?』



 ……等々。店を開いていると、いろーんな種族が来るわけだ。

 昔、ファンタジー本で見たような種族から、初めて目にする種族まで。その数は、俺の想像以上だ。


 男女別と考えただけでも、人にはいろんな悩みがある。そこに、数え切れないくらいの種族がやって来るのだ。

 他の種族と共通で使えそうな薬や、逆にその種族にしか用途がないであろう薬。


 種族によって薬も変わることを考えると、なかなかに骨が折れる作業だったりする。


 ……ちなみにそういった、一応人間ではあるんだろうなという種族ならまだしも、たまにスライムやゴーレム、果ては天使族といった、完全に人間でない者も来たりする。

 あれには、驚いたものだ。


「うーん、どこかな」


 さて、現在薬草ヨルクサを探している。

 見た感じは、その辺の雑草と変わりないのだが、よく見ると草の表面がうっすらと、赤く光っている。


 なので、それを見分けるため、こうして一つ一つを探していくわけだ。

 アピラ、頑張ってくれてるな。


「…………」


 人気のない森の中、二人きり、獣除けの薬は使っているので、獣も現れない……おっと、これはなかなかのシチュエーションなのではないか?

 どうにか、別れの話を切り出そうと思っていた。それも、タイミングを探しながら。


 今は、計らずも絶好のタイミングではないだろうか。


「……アピラ」


「なにー?」


 話をするなら、今だと思った。

 本当は、明日誕生日お祝いの直前か直後にでも言おうと思っていたが。


 今なら、ちょうどいい。


「話しておきたいことがある」


「なにさー、もったいぶっちゃって。らしくな……」


「お前、明日成人になるよな」


「……」


 ピタッ……と、アピラの動きが止まった。

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