あの日、一緒に寝たあの夜……二人ともくっついたまま、いつの間にか眠ってしまった。
起きた頃には、背中から抱きついていたアピラはいなかった。
早めに目が覚めたようで、テキパキと朝の準備をしていた。
俺を見て、「おはよう!」といつものように、声をかけてくれた。まるで、昨夜なにもなかったかのように。いつも通りだった。
だから、俺もいつも通りに努めた。いつも通り生活し、いつも通り仕事をして、いつも通り日々が終わっていく……
そうして、忙しくも穏やかな日々を過ごしていた。
そして、気づけばアピラの誕生日の、前日となっていた。
そんな時。
「今から、薬草を取りに行こうと思う」
「え、今から!?」
次の日のために、やることは前日にたくさんやっておかなければならない。
明日は、お祝いということで早めに仕事を切り上げ、ちょっと豪華な食事をして、プレゼントを渡して……あ、プレゼントは事前に買ってある。
アピラを祝い、そしてこれを機に別れようと話をするつもりだ。
だったのだが……明日の準備をしている最中、ふととある薬品が切れていることに気づいた。
しかも、その薬品の材料となる薬草が、少し特殊なのだ。だから、薬草を取りに行こうと言ったわけで。
「あぁ。ま、俺だけで行ってくるから、アピラは先に帰って……」
「なに言ってるんですか、私も行きますよ」
多少の問答のあと、絶対についていくというアピラに折れ、俺はアピラの同行を許可した。
そういや最近、アピラはよくくっついている……もしかして、目を離したらどこかに行ってしまうと、思われているのかもしれない。
そんなことはないし、アピラには言ってないが、いつも材料が切れかけたらアピラに内緒で出掛けていた。
今回は、ついうっかりと忘れてしまったのだ。
そんなこんなで、出発。村を出て、少し歩いて……たどり着いた場所。
ここは、人里から少し離れた森の中。ここに、俺たちの目的とする、薬草があるのだ。
「よ、夜の森って、ちょっと、不気味ですね……」
「怖いなら、無理して来なくても……」
「こ、怖くありません! それに、無理もしてません!」
時間帯は、夜。確かに、こんな時間帯の森など、俺から見ても不気味だ。
それに、不気味かどうかを除いても、夜には夜行性の獣が活発化する。獣は夜行性の方が、獰猛なのだ。
さて、なにもこんな時間に薬草を取りに来なくても……と思うだろうが、その薬草が特殊な理由がこれだ。
「その薬草は、不思議なことに夜にしか生えないんだよ」
生態はわからないが、とにかく夜にしか生えない。試しに朝になって来てみたが、その時あったのはただの雑草だけ。
日が昇ると、薬草は雑草になってしまうようなのだ。
その薬草、夜の草ということで『ヨルクサ』と命名されている。
まったく不思議だが、一度抜いてしまえば、あとは薬草の効果を残したままなのだ。
なので、夜にヨルクサを抜き、すぐに瓶に入れ保存しておく。
これにより、ストックも充分作れるということだ。
「まさか、夜にしか生えないなんて……いろんな薬草が、あるんですね」
「あぁ、不思議だよな」
長生きはしても、わからないことだらけだ。
この薬草以外にも、様々な薬草がある。
砂漠にしか生えない薬草、獣の背中に生えている薬草、時間が経つことで雑草から薬草へと進化する薬草……種類は、まさに豊富だ。
そして、その豊富な薬草を調合することで、いろいろな種類の薬を作ることができる。
たくさんの種類があれば、それだけ客層も増える。
なんせ、お客によって求める薬の種類は違うのだから。
これまで、長い間生きてきたが、スタンダードな薬を求める者から、ちょっと特殊な薬を求める者……まさに、十人十色。千差万別。
例えば、人族の女性。
『お肌がカサカサになって……肌が潤うような、お薬はないかしら?』
例えば、人族の男性。
『もっと筋肉つけたいんだけど、わーって感じで筋肉つく薬ないかな!?』
例えば、小人族。
『身長を伸ばしたいんだけど、身長が伸びる薬はないかい?』
例えば、巨人族。
『体を小さくしてえんだけども、ええ薬ないか?』
例えば、エルフ族。
『若返りの薬とか……いや、たいした用じゃないんだけどね? ほら、男って若い子が好きだろう?』
例えば、ハーピィ族。
『羽を無くす
例えば、サキュバス族。
『ピーーーー(自主規制)』
例えば、獣人族。
『毛が暑くてさ……なんか、涼しくなる薬ない?』
例えば、単眼族。
『目がシバシバするんだ、なんかお薬ないか?』
……等々。店を開いていると、いろーんな種族が来るわけだ。
昔、ファンタジー本で見たような種族から、初めて目にする種族まで。その数は、俺の想像以上だ。
男女別と考えただけでも、人にはいろんな悩みがある。そこに、数え切れないくらいの種族がやって来るのだ。
他の種族と共通で使えそうな薬や、逆にその種族にしか用途がないであろう薬。
種族によって薬も変わることを考えると、なかなかに骨が折れる作業だったりする。
……ちなみにそういった、一応人間ではあるんだろうなという種族ならまだしも、たまにスライムやゴーレム、果ては天使族といった、完全に人間でない者も来たりする。
あれには、驚いたものだ。
「うーん、どこかな」
さて、現在薬草ヨルクサを探している。
見た感じは、その辺の雑草と変わりないのだが、よく見ると草の表面がうっすらと、赤く光っている。
なので、それを見分けるため、こうして一つ一つを探していくわけだ。
アピラ、頑張ってくれてるな。
「…………」
人気のない森の中、二人きり、獣除けの薬は使っているので、獣も現れない……おっと、これはなかなかのシチュエーションなのではないか?
どうにか、別れの話を切り出そうと思っていた。それも、タイミングを探しながら。
今は、計らずも絶好のタイミングではないだろうか。
「……アピラ」
「なにー?」
話をするなら、今だと思った。
本当は、明日誕生日お祝いの直前か直後にでも言おうと思っていたが。
今なら、ちょうどいい。
「話しておきたいことがある」
「なにさー、もったいぶっちゃって。らしくな……」
「お前、明日成人になるよな」
「……」
ピタッ……と、アピラの動きが止まった。