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第38話 一緒の夜



 それまでには、アピラのことも、決着をつけなければならない。


 ……そんなことを考えていた、ある夜のこと。

 俺がそういうことを考えていることを感じ取ったのか、就寝の時間になり……アピラが、俺の服をちょい、と引っ張ってきた。


「レイさん……一緒に、寝ませんか?」


 歳は近くなったが、背はまだ俺の方が高い。

 そう、おずおずと話しかけてくるアピラは上目遣いで、片手で枕を抱きしめていた。

 パジャマはいつも通り、クリーム色の、上下が揃ったものだ。ちょっとモコっとしている。


 たまに、一緒に寝ようよーと明るい様子で言ってくることならあった。

 だが、こんな風に、おとなしく……おしとやかに話しかけてくるのは、初めてだ。


 どこか、不安そうな彼女を見ていると、首を横には振れなかった。

 あるいは、俺との別れを自分で納得させようと、しているのかもしれない。だとしたら……


「わかった」


 その日は、一緒のベッドで寝た。

 男女が同じベッドで寝ることの意味を、アピラは理解していないわけではないだろう。


「……」


 そして、俺が決して手を出すことはないことも、わかっている。


 会話はなかった。ただ、なぜだろう。俺の方が、気恥ずかしさを感じてしまう。

 誰かと一緒に寝るなんて、ずいぶんと久しぶりのことだからだろうか。


 俺は、仰向けの状態から、アピラに背を向けるように寝返った。

 あくまで、寝ているていを装って、だ。気恥ずかしさを感じているなんて、バレたくはなかったからだ。


 そうして、視界からアピラの姿が消えた直後だった。

 ……背中に、温もりが、押し当てられた。


「あ、アピラ?」


「……」


 アピラが、俺の背中に身を寄せていた。

 抱きつく、とまではいかないが、わりと密着する形で。


 今声を出してしまったので、寝てなかったのがバレてしまったが……そんなことが関係なくなるほど、俺は困惑していた。

 一緒に寝ようとは言った。だが、そこにそれ以上の意味など……ないはずだ。


「どうした?」


「……」


 アピラは、なにも言わない。ただ黙って、俺の背中にすり寄るばかりだ。

 こてん、と、軽めの衝撃を感じた。おそらくは、額が押し当てられている。


「……レイさん」


 アピラが、口を開く。


「なんだ」


「……私、もうすぐ十五ですよ」


 ようやく話しかけてくれたアピラの言葉は、唐突なものだった。

 そんなこと、言われなくてもわかっている。


 アピラの表情は見えない。声が震えているわけでもない。

 アピラがなにを考えて、そんなことを言ったのか、わからない。


 いや……


「もう、私、成人になるんですよ」


「そうだな。出会ってから……もう、七年以上か」


 ……早いもんだな。七年……三千年のうちの、七年だ。


 それは些細な時間かもしれないが、俺の中で、間違いなく色付きで濃い時間だった。

 これまでの白黒の世界とは、全然違うものだった。


 ただ、思い出話をしたかっただけなのか……アピラは、それきり黙ってしまう。

 俺からなんと声をかけたらいいのかも、わからない。


 互いに押し黙ったままの時間が、続いて……しばらくして、再びアピラは口を開いた。


「私、もう子供じゃないです。もう、大人ですよ?」


 ……そう、言った。


「…………」


 それにこそ、なんと答えればいいのかわからなかった。

 アピラは十五歳になる、成人になる……だから、もう、子供ではない。大人だ。


 自分は、もう大人になった。

 だから、子供扱いせずに心配せずに、一人でもやっていける……そういう、意味だろうか。


 ……そういう意味では、ないのだろうか。


「……」


 お腹に、手が回ってきた。後ろから、アピラが抱き着いてきたのだ。

 それにより、アピラの女性の部分が、いっそうに押し付けられることとなる。


 互いに言葉はない、ただ時間だけが過ぎていく……

 アピラは、俺にどんな返事を求めているのだろうか。なにを、求めているのだろうか。俺は、アピラになにをするべきなのだろうか。


 ……アピラが、なにを考えて、こんなことをしているのか……わからない。

 いや……わからないように、しているだけなのかもしれない。


「レイさん……」


「ん?」


「……おやすみなさい」


「……あぁ」


 それっきり、アピラはなにも言わなかった。

 俺も、なにも言わなかった。


「……すぅ」


 次第に、寝息が聞こえてきた。

 規則正しい、小さな寝息だ。


 一緒のベッドに寝て、後ろから抱きつかれて……アピラはそれ以上なにをすることもなかったし、俺もなにもしなかった。

 ただ、お互いの温もりを感じていた。


 これまで、一緒の部屋で寝ることはあった。野宿するときなんか、一緒のテントで寝ることも。

 雨の日なんか寒い日には、身を寄せ合うこともあった。


「……そのどれよりも、熱いや」


 どうしてか、身体が熱い。

 これは、身を寄せ合いくっついているから……きっと、そうだ。

 今は寝苦しい季節だし、きっとそうだ。


 それだけの、ことなのだ。


「……レイ、さん……」


 その寝言は、俺の心に染み込んでいく。


 絶対に、離さない……

 まるでそう言っているかのように、アピラは、しっかりと俺を抱きしめていた。

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