それまでには、アピラのことも、決着をつけなければならない。
……そんなことを考えていた、ある夜のこと。
俺がそういうことを考えていることを感じ取ったのか、就寝の時間になり……アピラが、俺の服をちょい、と引っ張ってきた。
「レイさん……一緒に、寝ませんか?」
歳は近くなったが、背はまだ俺の方が高い。
そう、おずおずと話しかけてくるアピラは上目遣いで、片手で枕を抱きしめていた。
パジャマはいつも通り、クリーム色の、上下が揃ったものだ。ちょっとモコっとしている。
たまに、一緒に寝ようよーと明るい様子で言ってくることならあった。
だが、こんな風に、おとなしく……おしとやかに話しかけてくるのは、初めてだ。
どこか、不安そうな彼女を見ていると、首を横には振れなかった。
あるいは、俺との別れを自分で納得させようと、しているのかもしれない。だとしたら……
「わかった」
その日は、一緒のベッドで寝た。
男女が同じベッドで寝ることの意味を、アピラは理解していないわけではないだろう。
「……」
そして、俺が決して手を出すことはないことも、わかっている。
会話はなかった。ただ、なぜだろう。俺の方が、気恥ずかしさを感じてしまう。
誰かと一緒に寝るなんて、ずいぶんと久しぶりのことだからだろうか。
俺は、仰向けの状態から、アピラに背を向けるように寝返った。
あくまで、寝ている
そうして、視界からアピラの姿が消えた直後だった。
……背中に、温もりが、押し当てられた。
「あ、アピラ?」
「……」
アピラが、俺の背中に身を寄せていた。
抱きつく、とまではいかないが、わりと密着する形で。
今声を出してしまったので、寝てなかったのがバレてしまったが……そんなことが関係なくなるほど、俺は困惑していた。
一緒に寝ようとは言った。だが、そこにそれ以上の意味など……ないはずだ。
「どうした?」
「……」
アピラは、なにも言わない。ただ黙って、俺の背中にすり寄るばかりだ。
こてん、と、軽めの衝撃を感じた。おそらくは、額が押し当てられている。
「……レイさん」
アピラが、口を開く。
「なんだ」
「……私、もうすぐ十五ですよ」
ようやく話しかけてくれたアピラの言葉は、唐突なものだった。
そんなこと、言われなくてもわかっている。
アピラの表情は見えない。声が震えているわけでもない。
アピラがなにを考えて、そんなことを言ったのか、わからない。
いや……
「もう、私、成人になるんですよ」
「そうだな。出会ってから……もう、七年以上か」
……早いもんだな。七年……三千年のうちの、七年だ。
それは些細な時間かもしれないが、俺の中で、間違いなく色付きで濃い時間だった。
これまでの白黒の世界とは、全然違うものだった。
ただ、思い出話をしたかっただけなのか……アピラは、それきり黙ってしまう。
俺からなんと声をかけたらいいのかも、わからない。
互いに押し黙ったままの時間が、続いて……しばらくして、再びアピラは口を開いた。
「私、もう子供じゃないです。もう、大人ですよ?」
……そう、言った。
「…………」
それにこそ、なんと答えればいいのかわからなかった。
アピラは十五歳になる、成人になる……だから、もう、子供ではない。大人だ。
自分は、もう大人になった。
だから、子供扱いせずに心配せずに、一人でもやっていける……そういう、意味だろうか。
……そういう意味では、ないのだろうか。
「……」
お腹に、手が回ってきた。後ろから、アピラが抱き着いてきたのだ。
それにより、アピラの女性の部分が、いっそうに押し付けられることとなる。
互いに言葉はない、ただ時間だけが過ぎていく……
アピラは、俺にどんな返事を求めているのだろうか。なにを、求めているのだろうか。俺は、アピラになにをするべきなのだろうか。
……アピラが、なにを考えて、こんなことをしているのか……わからない。
いや……わからないように、しているだけなのかもしれない。
「レイさん……」
「ん?」
「……おやすみなさい」
「……あぁ」
それっきり、アピラはなにも言わなかった。
俺も、なにも言わなかった。
「……すぅ」
次第に、寝息が聞こえてきた。
規則正しい、小さな寝息だ。
一緒のベッドに寝て、後ろから抱きつかれて……アピラはそれ以上なにをすることもなかったし、俺もなにもしなかった。
ただ、お互いの温もりを感じていた。
これまで、一緒の部屋で寝ることはあった。野宿するときなんか、一緒のテントで寝ることも。
雨の日なんか寒い日には、身を寄せ合うこともあった。
「……そのどれよりも、熱いや」
どうしてか、身体が熱い。
これは、身を寄せ合いくっついているから……きっと、そうだ。
今は寝苦しい季節だし、きっとそうだ。
それだけの、ことなのだ。
「……レイ、さん……」
その寝言は、俺の心に染み込んでいく。
絶対に、離さない……
まるでそう言っているかのように、アピラは、しっかりと俺を抱きしめていた。