「いらっしゃいませー!」
……最近、アピラの様子がおかしい。
おかしいっていうのも変なのかもしれないが……うん、でも、とにかくおかしい。
最近、店の呼び込みに、ますます熱が入っている。それなら、仕事をさらに真剣にやってくれている、ということで済む。
むしろありがたい話なのだが……どうにも、その熱の入り具合が異常というか。
なにがどう異常かは、はっきりとしたことは言えない。
だが、長い間一緒に居て、彼女を見てきたからこそわかる……アピラは、なにかが、変だ。
「……アピラ、最近なにかあった?」
「えぇっ!? なんでもないですよ!?」
本人に聞いてみても、この返答。本当に、なにもないのかもしれないが……
いや、わかりやすく目が泳いでいるしな。それにどことなく、無理をしているような、気がするのだ。
ならば、なぜ無理をするのか、という疑問に繋がってくる。
それを本人に聞いても、無理なんかしてないと答えるかもしれないし、きっと詳しくは教えてくれないのだろう。
「……?」
しかし、無理をしなければいけないほど、経営が苦しいわけでもない。なんなら蓄えだってあるし、その辺のお金事情はアピラだって知っているはずだ。
少し前からだが、アピラもお金の管理をするようになっている。
アピラが一生懸命なのはいいことだが、前フリがなく無理やりに頑張られると、不安だ。
声を張り上げ、よく動き、そして時折俺に"アピール"するように、お客さんに薬の説明をしている。
「……あー……」
俺にアピールするように……それに気づいて、俺は思い至った。
もしかしてアピラは、自分が俺にとって必要な人間であると、有用性があることをアピールしたいのではないのだろうか。
なぜ、有用性をアピールしなければならないのか。
その考えに至るということは、自分がこのままでは俺に捨てられる、ということを考えてしまったということ。
だが、俺がアピラを捨てることなんて……
「……いや、そうか」
そういうことか。アピラは、もうすぐ十五歳、成人だ。
そして、成人になれば俺から別れを切り出される……それを、少なからず感じているのだろう。
別に成人したら言う、という決まりはないが、俺が十五歳の身体だからだ。
今のアピラならば、独り立ちもできる。成人すれば、それもやりやすくなるだろうし。
別れを切り出される。
だからこそ、自分の有用性をアピールし、俺から離れさせまいとしている、というわけか。
「なかなか、ユニークなことを考えるな」
正直、そのように考える人は、これまでにもいた。だが……
頑張ってくれているアピラには申し訳ないが、そのくらいのアピールじゃ俺の心は動かない。
いや、なにをされたって動かないだろう。
俺からアピラを離れさせるのは、アピラのため……ううん、取り繕うのはやめよう。
離れさせるのは、自分のためだ。もう、親しくなった人にあんな目を向けられたくはないからだ。
それにアピラだって、見た目のまったく変わらない人間と行動を共にすることに、そのうち苦痛を感じるようになる。
「レイさん、こちらのお客様お買い上げです」
「はいよ」
まだ成人には少し早いが……早い段階で、言っておくべきか?
アピラに、俺はお前の下から去る、と。なにも言わずに去ることもできるが、なんとなく、アピラにはちゃんと話しておきたい。
アピラが自分の有用性をアピールし、それが結果として店の売上に繋がるのなら、このままにしておいてもいい気はする。
が、変わらない俺の心変わりを期待して、無駄に頑張らせるのは、俺はよろしいとは思わない。
となると、あとは言い出すタイミングか。やっぱり、部屋でさりげなく、がベストかな。
二人部屋だし、二人きりになる瞬間はたくさんある。
「こちら、銀貨二枚になります」
しかし、宿の部屋で切り出して、万が一アピラに暴れられたら、宿屋の方に迷惑がかかるからな。
アピラは、大人になるにつれ、ノータルトさんが言っていたようにおしとやかになってきた。
だが、中身はまだ子供の部分も多い。
別れを切り出し、それによって癇癪を起こされては、たまったものではない。レポス王国を発つ時と違い、あの頃に比べればアピラは大人になったが……
それでも、予期せぬことが起こった場合、泣いて暴れる可能性がないとは、いえない。
「お会計、ありがとうございました」
「またのお越しを、お待ちしております!」
なら、店の中で切り出すか?
……いやいや、他にお客もいるし、それこそこんな場所で暴れられたら、大事な薬品が割れてしまう。
下手に薬と薬が混ざりあえば、爆発などしてしまうかもしれない。
そうなると近所にも迷惑がかかるし、なしだな、うん。
となると……どこかに、連れ出すか。誰の迷惑にもならないようなところ、か。
「はぁー、レイさんお腹空いたよ」
「ん、もうこんな時間か。少し早いが、飯にしよう」
腹の虫が暴れていることを訴えるアピラ。
その要求に従い、少し早い昼食を取ることとする。
最近では、夕飯の残りを弁当箱に詰め、翌日の昼ご飯としている。
これならば作りすぎても余るということはないし、新たに作る必要もないためなかなかの節約にもなる。
「わー、おいしそー!」
店の奥に移動し、二人向かい合って机に座る。
持ってきた弁当箱を開けると、その中には昨夜の残り物が詰められている。
白いご飯に、だし巻き卵。お肉の炒め物を少し入れ、野菜サラダも入れられている。
ちょいとミニトマトも添えて我ながら、色合いも考えて並べてみた。
さらに、持ってきた塩味の粉薬。
これをご飯にかければ、なんの味もしない白飯が、みるみる塩の味を絡めたしょっぱからい味へと変化する。
「うーん、おいし!」
たまに外食もするが、基本的にはこうして、家でなにか作る。
宿の部屋には、一応の調理の用意があるし、作るのに困ることはない。宿自体がご飯を提供しているのは、ちょっとしたサービスらしい。
なかなか住み心地はいい。だが、この生活もあと少しだ。
それまでには、アピラのことも、決着をつけなければならない。