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第37話 看板娘アピラ



「いらっしゃいませー!」


 ……最近、アピラの様子がおかしい。

 おかしいっていうのも変なのかもしれないが……うん、でも、とにかくおかしい。


 最近、店の呼び込みに、ますます熱が入っている。それなら、仕事をさらに真剣にやってくれている、ということで済む。

 むしろありがたい話なのだが……どうにも、その熱の入り具合が異常というか。


 なにがどう異常かは、はっきりとしたことは言えない。

 だが、長い間一緒に居て、彼女を見てきたからこそわかる……アピラは、なにかが、変だ。


「……アピラ、最近なにかあった?」


「えぇっ!? なんでもないですよ!?」


 本人に聞いてみても、この返答。本当に、なにもないのかもしれないが……

 いや、わかりやすく目が泳いでいるしな。それにどことなく、無理をしているような、気がするのだ。


 ならば、なぜ無理をするのか、という疑問に繋がってくる。

 それを本人に聞いても、無理なんかしてないと答えるかもしれないし、きっと詳しくは教えてくれないのだろう。


「……?」


 しかし、無理をしなければいけないほど、経営が苦しいわけでもない。なんなら蓄えだってあるし、その辺のお金事情はアピラだって知っているはずだ。

 少し前からだが、アピラもお金の管理をするようになっている。


 アピラが一生懸命なのはいいことだが、前フリがなく無理やりに頑張られると、不安だ。

 声を張り上げ、よく動き、そして時折俺に"アピール"するように、お客さんに薬の説明をしている。


「……あー……」


 俺にアピールするように……それに気づいて、俺は思い至った。

 もしかしてアピラは、自分が俺にとって必要な人間であると、有用性があることをアピールしたいのではないのだろうか。


 なぜ、有用性をアピールしなければならないのか。

 その考えに至るということは、自分がこのままでは俺に捨てられる、ということを考えてしまったということ。


 だが、俺がアピラを捨てることなんて……


「……いや、そうか」


 そういうことか。アピラは、もうすぐ十五歳、成人だ。

 そして、成人になれば俺から別れを切り出される……それを、少なからず感じているのだろう。


 別に成人したら言う、という決まりはないが、俺が十五歳の身体だからだ。

 今のアピラならば、独り立ちもできる。成人すれば、それもやりやすくなるだろうし。


 別れを切り出される。

 だからこそ、自分の有用性をアピールし、俺から離れさせまいとしている、というわけか。


「なかなか、ユニークなことを考えるな」


 正直、そのように考える人は、これまでにもいた。だが……


 頑張ってくれているアピラには申し訳ないが、そのくらいのアピールじゃ俺の心は動かない。

 いや、なにをされたって動かないだろう。


 俺からアピラを離れさせるのは、アピラのため……ううん、取り繕うのはやめよう。

 離れさせるのは、自分のためだ。もう、親しくなった人にあんな目を向けられたくはないからだ。 


 それにアピラだって、見た目のまったく変わらない人間と行動を共にすることに、そのうち苦痛を感じるようになる。


「レイさん、こちらのお客様お買い上げです」


「はいよ」


 まだ成人には少し早いが……早い段階で、言っておくべきか?

 アピラに、俺はお前の下から去る、と。なにも言わずに去ることもできるが、なんとなく、アピラにはちゃんと話しておきたい。


 アピラが自分の有用性をアピールし、それが結果として店の売上に繋がるのなら、このままにしておいてもいい気はする。

 が、変わらない俺の心変わりを期待して、無駄に頑張らせるのは、俺はよろしいとは思わない。


 となると、あとは言い出すタイミングか。やっぱり、部屋でさりげなく、がベストかな。

 二人部屋だし、二人きりになる瞬間はたくさんある。


「こちら、銀貨二枚になります」


 しかし、宿の部屋で切り出して、万が一アピラに暴れられたら、宿屋の方に迷惑がかかるからな。

 アピラは、大人になるにつれ、ノータルトさんが言っていたようにおしとやかになってきた。


 だが、中身はまだ子供の部分も多い。

 別れを切り出し、それによって癇癪を起こされては、たまったものではない。レポス王国を発つ時と違い、あの頃に比べればアピラは大人になったが……


 それでも、予期せぬことが起こった場合、泣いて暴れる可能性がないとは、いえない。


「お会計、ありがとうございました」


「またのお越しを、お待ちしております!」


 なら、店の中で切り出すか?

 ……いやいや、他にお客もいるし、それこそこんな場所で暴れられたら、大事な薬品が割れてしまう。


 下手に薬と薬が混ざりあえば、爆発などしてしまうかもしれない。

 そうなると近所にも迷惑がかかるし、なしだな、うん。


 となると……どこかに、連れ出すか。誰の迷惑にもならないようなところ、か。


「はぁー、レイさんお腹空いたよ」


「ん、もうこんな時間か。少し早いが、飯にしよう」


 腹の虫が暴れていることを訴えるアピラ。

 その要求に従い、少し早い昼食を取ることとする。


 最近では、夕飯の残りを弁当箱に詰め、翌日の昼ご飯としている。

 これならば作りすぎても余るということはないし、新たに作る必要もないためなかなかの節約にもなる。


「わー、おいしそー!」


 店の奥に移動し、二人向かい合って机に座る。

 持ってきた弁当箱を開けると、その中には昨夜の残り物が詰められている。


 白いご飯に、だし巻き卵。お肉の炒め物を少し入れ、野菜サラダも入れられている。

 ちょいとミニトマトも添えて我ながら、色合いも考えて並べてみた。


 さらに、持ってきた塩味の粉薬。

 これをご飯にかければ、なんの味もしない白飯が、みるみる塩の味を絡めたしょっぱからい味へと変化する。


「うーん、おいし!」


 たまに外食もするが、基本的にはこうして、家でなにか作る。

 宿の部屋には、一応の調理の用意があるし、作るのに困ることはない。宿自体がご飯を提供しているのは、ちょっとしたサービスらしい。


 なかなか住み心地はいい。だが、この生活もあと少しだ。

 それまでには、アピラのことも、決着をつけなければならない。

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