いつもならば、国を出れば、また、一人になる……
しかし、今回は違う。
「アピラは、知ってたのか。リーズレッタさんのこと」
「……うん」
アピラは、俺が国を離れるというのを、いやだいやだと駄々をこね、ついてきた。
大きくなったと思っていたアピラは、まだ子供だった。
……なんで、連れてきてしまったんだろうな。現在、アピラは十二歳。あと三年で、俺と同じ歳になる。
そして、そのうちに歳を超す……そうなれば、いくら俺を慕ってくれているアピラだって……
「……っ」
……そうなる前に、離れればいい。それだけだ。
嬉しいことを言ってくれたリーズレッタさんだって、きっと自分だけが歳を取っていくというのは、我慢できないこととなるだろう。
これで、よかったんだ。アピラも、あと三年のうちに、アピラの方から俺から離れるようになるさ。
「アピラこそ、よかったのか?」
「もう、それ何回目?」
アピラは、俺についてきた。ということは、当然これまでの暮らしを捨てることになる。
教会で暮らし、できた友達。親同然に育ててくれた人たち。彼らとの、別れを意味していた。
もちろん俺は、何度も確認した。それでいいのかと。だが、答えは一つだった。
「私の答えは、変わらないよ」
ノータルトさんは、アピラが決めたことならと止めることはなかった。
他の子供たちは、アピラとの別れを寂しがっていたが。
……今生の別れになるかもしれないのだ。アピラはそれを理解していたのだろう。
一人一人と、長い時間抱き合っていた。
「後悔なんかするようなら、レイさんと一緒には行かないよ」
「……そっか」
まだ小さいのに、覚悟が決まっているんだな、アピラは。
正直、俺よりもよほど強いんじゃないかと思う。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
――――――
「はぁ、はぁ……」
「アピラ、無理しないでいいんだぞ」
「……大丈夫。レイさんは……」
「これでも、バカみたいな時間旅をしてきたし、鍛えてるからな。筋肉は嘘をつかない」
……旅の最中、アピラはよく息切れを起こしていた。
活発な、遊びたい盛りの子供とはいえ、さすがに国の外に出て旅をする体力というのは、なかなかつくものではない。
無論、疲労を回復させる薬もある。
それを使えば、休憩なしに移動することもできるが……あまり、使いたくないのが本音だ。
というのも、薬で疲労を飛ばす、という方法自体が、よろしくない。
疲労回復薬は、確かに疲労を回復させる。だが、本来人の体というのは、眠ったり休んだり、自然と体が回復させるものだ。
なんらかの理由で、どうしても徹夜をしなければならない時など、緊急の用事以外に使うことをおすすめはしていない。
「私、大丈夫だから!」
アピラも、それがわかっているからか、薬を貰おうとはしなかった。
それでも、自分からついていくと言った手前、俺にペースを合わせようとしている。
ついていくためなら、俺の足手まといになるくらいなら……薬を使おうと考えるのも、遠くはないかもしれない。
「んー、おいしー!」
旅の最中、宿などは当然ない。なので、野宿だ。
同時に、食料も調達することになる。
野生の獣を見つけ、仕留め、それを食べる。木の実などでもいいが。
もう数え切れないほどの旅を繰り返してきたから、どんな獣が体力がつくか、どんな獣が食べても問題ないか、などはわかっている。
「レイさん、ご飯上手だよね! 作ってくれる料理おいしかったもん!」
「それなりに旅はしていたからな。ただ、これは料理なんて大層なものじゃないさ」
「三千年をそれなりって言うのはレイさんだけだよ」
獣の丸焼き……ただ、焼いただけでなく調味料を加えるだけで、味は大きく変わる。
これは、塩の味を再現した粉薬だ。
世界とは広いもので、いろんな所を訪れ、いろんな草や木の実を調合し、作ったもので、元の世界のものの味に近づけることができる。
薬は、人体を回復させるものだけではない。食用としても、あるものだ。
ただ焼いただけの獣肉が、調味料一つで様々な味に変わる。
俺がこの三千年、食に飽きを感じなかったのは、このおかげだろう。
「すぅ……」
「……」
旅を始めた頃こそ、外で寝るということにアピラは抵抗感があったようだが、数日を過ごすうちに慣れたようだ。気持ちよさそうに、眠っている。
こんなにも無防備にすやすやと。俺を、信頼してくれているんだろうな。
夜は、獣が寄ってくる。
だから、この獣除けの香りを放つ、薬……獣が嫌がるにおいを、出している。これを置いておけば、獣はにおいを嫌って寄ってこない。
もちろん、人体に影響はない。一応見張りをしてはいるが、獣が寄ってくる気配はない。
よって、俺も寝ることにする。
いざとなったら、気配で目が覚める。これでも、危機察知能力にはそれなりの自信があるんだ。
「……すぅ」
……そうして、移動の日々が過ぎていく。数日が過ぎた。何日経ったのかは、数えていない。
ただ、人が住んでいる場所が見えるまで、歩き続けるだけだ。
そして、たどり着いた。
レポス王国を出て、ようやく目にした別の村。村は、国よりも入りやすい。国だと、多くの場所で入国審査などがあるからな。
これから数年は、この村で過ごすことになるだろう。
アピラは、初めて見る別の村に、目を輝かせながらキョロキョロしていた。旅人であると、バレバレだな。
こうして、俺と共に旅をしてくれる誰かと別の場所を訪れるなんて……初めての、ことだ。