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第31話 告白の答え



 ……誰かと、旅をする。こんなこと、三千年も生きてきて初めてのことだった。

 例外はあった。一時的に、目的地まで共にする、程度ならば。

 だが、俺についてくる、という形で旅を共にするのは、初めてのことだ。


 アピラの熱意に負けた……アピラをつれていくことを決めたのは、果たして、それだけのことだろうか。

 今までの俺だったら、絶対に断っていたはずだ。最悪、夜逃げ同然に逃げていたはずだ。


 だというのに、どうして俺は、アピラの同行を認めたのだろう。


「……」


 レポス王国をいつ発つのか……それは、レポス王国に在中して五年を少し過ぎた頃と決めた。

 その間、アピラの説得を何度も試みたが、失敗した。


 説得しつつも、いつもの生活。店は軌道に乗り、いつしか国中の人々が押し寄せるほど繁盛するようになった。

 どこから、どんな噂が流れたのかは知らないが。それなりに良い生活を送り、居心地も良かった。

 ずっと、ここに居たいと思わせてくれるくらいに。


「……いい、人たちだな」


 国を発つ時間が迫ると、親しくしてくれた人たちにも挨拶をした。

 いくらここでの生活がうまくいっていても、これ以上ここに滞在することはできない。


 俺は元々旅人だったこともあり、予めこの国に滞在することはないと言っていたおかげだろう。

 寂しがりはしていたものの、常連さんやガルドローブさんは、快く送り出してくれた。


 ……一番後ろ髪を引かれたのは、やはりリーズレッタさんとのことだ。



『レイ様……あの、私……!』



 彼女に、この国を発つことを伝えた時、泣かれた。

 今まで、俺の前で凛とした表情や、照れ顔を浮かべていた女性が、泣いたのだ。

 レッドドラゴンにやられた時でさえ涙の見せなかった気丈な彼女が……俺の、ために。


 国を発つ前日、彼女に二人きりで呼び出された。

 その時点で……いやそれより前の時点で、予感はしていた。なにを言われるのか。


 俺は、告白された。まるで……いや、告白など初めてなのだろう。実際にうぶな女性が。

 俺のために言葉を尽くし、告白してくれた。めいいっぱいおしゃれをして、顔を赤らめ、言葉を選びながら告白してくれる姿は、なんとも心惹かれるものがあった。



『……』



 正直、心は揺れた。

 俺だって、こんな身体でも人間だ。妻や娘がいたとはいえ、それは三千年も前のこと。


 俺のことを想い、気持ちをぶつけてくれる女性を前に……平常心を保つことなど、できなかった。

 三千年も生きているのに、気持ちは枯れてはいない。懐かしい気持ちを、思い出させてくれた。



『気持ちは、とても嬉しいです。

 でも、俺は……』



 だが……俺は、応えなかった。首を縦には、振らなかった。


 彼女は、俺の『スキル』のことも承知で、俺を受け入れると言ってくれた。

 だが、やはりダメだった。


 俺の心は、確かに動いた。女性からの好意に、純粋な気持ちに、グッときたのも確かだ。

 ……が、それだけだ。俺の心が、彼女に傾くことはなかった。


 リーズレッタさんの他にも、実はこれまでにも、俺に好意を寄せ、告白してくれた女性はいた。

 もちろん、彼女たちの中でも、ここまで俺の心を揺さぶったのはリーズレッタさんが初めてだ。


 だが、彼女たちは本当の意味で理解していない。この"不老"という体が、どれだけ異形なのかを。



『だったら……!』



 ならば、せめて側に置くだけでもいいと言われた。一緒にいたい、それだけでもいい、と。

 それだと、余計つらいだけではないかと思ったが……なりふりかまって、いなかった。


 もしかしたら、時間をかけて俺の気持ちを傾かせるつもりだったのかもしれない。



『……すみません』



 だが、リーズレッタさんは優秀な兵士だ。

 男女の差などものともせず、一生懸命に訓練を重ね……今や、レポス王国の副兵士長だ。兵士たちから、慕われている。


 このままいけば、出世街道も夢ではない。

 そんな彼女から、これ以上のチャンスを奪い取るわけにはいかない。



『……わかり、ました』



 最終的にリーズレッタさんは諦めた。

 終始、彼女の目から涙が流れなくなることはなかった。


 結局、彼女には悪いことをしてしまったと思う。

 こうなることがわかっていたなら、もっと早く振っておけば……とも思った。だが、俺は心地よかったのだ。


 好意を寄せられることが。それが恋愛感情であれ友達としての感情であれ、人から向けられる好意は心地よかった。

 化け物として見られるより、よっぽど心地よかった。


 拒絶すれば、また一人になってしまうのだと思うと、怖かった。

 それなのに、俺は自分から一人になろうというのだ。仕方のないことだとはいえ……まったく、俺はなにをしているんだかな。


「……レイさん、大丈夫?」


「ん? ……あぁ」


 鮮明に、思い出す。あんなことをしたのだ、きっと彼女は見送りには来てくれない。

 その予想は、当たった。見送りをしてくれる人たちの中に、リーズレッタさんの姿はなかった。


 だが、国を出る直前……頭の中に、声が聞こえた。

 それは、リーズレッタさんのものだ。彼女の『スキル』"伝達"による、ものだった。


 彼女は、少し離れたところにいた。『いってらっしゃい』と、そう言ってくれた。

 俺は、なんと答えれば良かったのか……きっと、彼女が生きている間に、ここに来ることはもうない。だから、『さよなら』としか言えなかった。

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