俺は、アピラを、見る。
「え、今、なんて? 一緒に行く?」
「え、そうだけど……ん? そうだよね?」
…………あれ?
確かに、俺はこの国を去ることをアピラに、言っていなかった。だが、それはアピラをこの国に置いていくつもりだったからだ。
出ていく数日前にでも、話せばいいかと思っていた。
バレてしまった以上、国を離れると告げるのが、去る直前になるかならないかの違い程度だったわけで……
すでに去ると告げた以上、アピラも納得して手伝ってくれていると思っていた。
「……え?」
「え?」
……俺がこの国を去ることに納得して、手伝ってくれていた。それは、正しい。
だが、そこには大きな勘違いが存在している。
俺は、アピラを置いていくつもりだ。だが、アピラは……
自分も、ついてくるつもりなのだ。一緒に。
「いや、アピラ? お前はこの国に残るんだ」
「……なんで?」
アピラの肩を持ち、言い聞かせるように告げる。
それを聞いたアピラは、一瞬目を見開き、それから瞳が揺れた。
唇を噛み締め、今にも泣きそうな顔をして。
……アピラのそんな顔を見るのは、ずいぶん久しぶりだ。
「俺は、元々旅人だ。アピラにも話したよな? 俺は一つの場所にいることはない、だからいずれここを離れるって」
「……そのときは、私も、一緒に連れてってくれるんじゃ、ないの?」
そんなことは、言っていない。
だが、連れていくと言っていないだけで、連れていかないとも、また言っていないのだ。
「勘違いさせちゃったな。けど、俺はアピラを連れていくつもりはない。これまでだって、俺は一人で旅をしてきたんだ」
「……私、このお店の、従業員、だよ?」
「これまでも、俺の店で働いてくれた人はいた。けど、みんな連れては行かなかった。みんなには、その場所での生活がある。アピラだってそうだろ?」
その場所での生活……か。それは、理由としては半分だ。
その国で、村で、従業員として働いてくれた人は、自分たちの生活がある。それを捨ててまで、俺についてくることはない。
もう半分の理由は……"不老"の俺が、誰かと行動を共にしたく、ないからた。
「そもそも、ここで働いてたのだって、アピラの社会勉強のためだ。ここには、
だから、アピラを連れていくことは……」
「……だ」
「え?」
「……いや、だ」
じっと、俺を見つめていたアピラの目からは……涙が、流れていた。
「いやだ、いやだいやだ! 私も、一緒に行く!」
「いや、でもな? アピラには、アピラの生活が……」
「私の生活は、私が決めるよ! ジェスマおじちゃんだって、教会のみんなだって、わかってくれる!」
いやだいやだと、駄々をこねる子供のようだ。
アピラのそんな姿、いったいいつ以来だろうか。
「ノータルトさんは、いやノータルトさん以外の大人もだ。アピラを、本当の子供みたいに接してる。
そんな彼らが、アピラを危険な旅に出すとは思えない」
「そんなの、だめって言われても説得する! それに、ジェスマおじちゃん言ってたよ……アピラのしたいことを、しなさいって」
「……」
どうして、こんなに……今までは、ついてきたいと言う人がいなかったわけではない。
だが、ダメだと言えば、キミにも生活があるだろうと強く言えば、諦めてくれた。
自分の生活を捨ててまで、俺と危険な旅に同行しようなんて人はいなかった。
逆に、俺を引き留めようとした人も多かった。
だが、俺の意志が変わらないのを感じ取ると、諦めていた。
「……俺は、アピラとは違う。アピラはいずれ、俺よりも大きくなる。俺は、このまま変わらない。
俺は、化け物なんだよ。だから、一緒にはいられない」
あまり、こういう突き放し方はしたくなかった。俺と、お前とは違うんだと。
自分で自分を化け物だと、認めるようなことはしたくない。
だが、最後まで諦めなかった人も、この言葉を言えば、諦めてくれた。いや、折れてくれた。
それはきっと、心のどこかで歳の取らない俺を、化け物だと思っていたからだろう。
アピラにも、そう思われているに違いない。だが、それを聞きたくはない。
聞きたくはないが……これで、諦めてくれるなら……
「そんなの、知らない! レイさんは化け物なんかじゃない!」
……それは、予想もしていなかった、言葉だった。
「……きっと、近いうちに、俺のことを嫌いになる」
「ならない!」
「なるよ。みんな、そうだった」
「ならないよ! 私は、ずっとレイさんの味方だから!」
「!」
諦めろと言っても、折れない。
どうしてキミは、そんなに意固地で、頑固で、俺を困らせるようなことばかり言うんだ。
「……レイさん、泣いてる?」
「泣いてないっ」
俺は、顔を背ける。泣いてない、俺は。泣いてない。
頬を伝っているものも、きっと気のせいだ。
アピラのこの目は、知ってる。絶対に、諦めない目だ。
……俺だって本当は、別れたくはない。離れたいわけがない。
これまで一緒にいてくれた人とだって、本当なら……!
アピラが諦めないなら…………俺が諦めるしか、ないじゃないか。