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第30話 ずっと味方だから



 俺は、アピラを、見る。


「え、今、なんて? 一緒に行く?」


「え、そうだけど……ん? そうだよね?」


 …………あれ?


 確かに、俺はこの国を去ることをアピラに、言っていなかった。だが、それはアピラをこの国に置いていくつもりだったからだ。

 出ていく数日前にでも、話せばいいかと思っていた。


 バレてしまった以上、国を離れると告げるのが、去る直前になるかならないかの違い程度だったわけで……

 すでに去ると告げた以上、アピラも納得して手伝ってくれていると思っていた。


「……え?」


「え?」


 ……俺がこの国を去ることに納得して、手伝ってくれていた。それは、正しい。

 だが、そこには大きな勘違いが存在している。


 俺は、アピラを置いていくつもりだ。だが、アピラは……

 自分も、ついてくるつもりなのだ。一緒に。


「いや、アピラ? お前はこの国に残るんだ」


「……なんで?」


 アピラの肩を持ち、言い聞かせるように告げる。

 それを聞いたアピラは、一瞬目を見開き、それから瞳が揺れた。

 唇を噛み締め、今にも泣きそうな顔をして。


 ……アピラのそんな顔を見るのは、ずいぶん久しぶりだ。


「俺は、元々旅人だ。アピラにも話したよな? 俺は一つの場所にいることはない、だからいずれここを離れるって」


「……そのときは、私も、一緒に連れてってくれるんじゃ、ないの?」


 そんなことは、言っていない。

 だが、連れていくと言っていないだけで、連れていかないとも、また言っていないのだ。


「勘違いさせちゃったな。けど、俺はアピラを連れていくつもりはない。これまでだって、俺は一人で旅をしてきたんだ」


「……私、このお店の、従業員、だよ?」


「これまでも、俺の店で働いてくれた人はいた。けど、みんな連れては行かなかった。みんなには、その場所での生活がある。アピラだってそうだろ?」


 その場所での生活……か。それは、理由としては半分だ。

 その国で、村で、従業員として働いてくれた人は、自分たちの生活がある。それを捨ててまで、俺についてくることはない。


 もう半分の理由は……"不老"の俺が、誰かと行動を共にしたく、ないからた。


「そもそも、ここで働いてたのだって、アピラの社会勉強のためだ。ここには、教会いえだってある、友達だっている。

 だから、アピラを連れていくことは……」


「……だ」


「え?」


「……いや、だ」


 じっと、俺を見つめていたアピラの目からは……涙が、流れていた。


「いやだ、いやだいやだ! 私も、一緒に行く!」


「いや、でもな? アピラには、アピラの生活が……」


「私の生活は、私が決めるよ! ジェスマおじちゃんだって、教会のみんなだって、わかってくれる!」


 いやだいやだと、駄々をこねる子供のようだ。

 アピラのそんな姿、いったいいつ以来だろうか。


「ノータルトさんは、いやノータルトさん以外の大人もだ。アピラを、本当の子供みたいに接してる。

 そんな彼らが、アピラを危険な旅に出すとは思えない」


「そんなの、だめって言われても説得する! それに、ジェスマおじちゃん言ってたよ……アピラのしたいことを、しなさいって」


「……」


 どうして、こんなに……今までは、ついてきたいと言う人がいなかったわけではない。

 だが、ダメだと言えば、キミにも生活があるだろうと強く言えば、諦めてくれた。


 自分の生活を捨ててまで、俺と危険な旅に同行しようなんて人はいなかった。

 逆に、俺を引き留めようとした人も多かった。

 だが、俺の意志が変わらないのを感じ取ると、諦めていた。


「……俺は、アピラとは違う。アピラはいずれ、俺よりも大きくなる。俺は、このまま変わらない。

 俺は、化け物なんだよ。だから、一緒にはいられない」


 あまり、こういう突き放し方はしたくなかった。俺と、お前とは違うんだと。

 自分で自分を化け物だと、認めるようなことはしたくない。


 だが、最後まで諦めなかった人も、この言葉を言えば、諦めてくれた。いや、折れてくれた。

 それはきっと、心のどこかで歳の取らない俺を、化け物だと思っていたからだろう。


 アピラにも、そう思われているに違いない。だが、それを聞きたくはない。

 聞きたくはないが……これで、諦めてくれるなら……


「そんなの、知らない! レイさんは化け物なんかじゃない!」


 ……それは、予想もしていなかった、言葉だった。


「……きっと、近いうちに、俺のことを嫌いになる」


「ならない!」


「なるよ。みんな、そうだった」


「ならないよ! 私は、ずっとレイさんの味方だから!」


「!」


 諦めろと言っても、折れない。

 どうしてキミは、そんなに意固地で、頑固で、俺を困らせるようなことばかり言うんだ。


「……レイさん、泣いてる?」


「泣いてないっ」


 俺は、顔を背ける。泣いてない、俺は。泣いてない。

 頬を伝っているものも、きっと気のせいだ。


 アピラのこの目は、知ってる。絶対に、諦めない目だ。

 ……俺だって本当は、別れたくはない。離れたいわけがない。

 これまで一緒にいてくれた人とだって、本当なら……!


 アピラが諦めないなら…………俺が諦めるしか、ないじゃないか。

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