――――――
「……ふぅ」
荷物の入った段ボールを運び終え、俺は一息つく。
俺の中身はおっさんもいいところだが、成長のしないこの体は元気だなあ。若いままだもん。
床に座り、ひと心地つく。
「……早いもんだなぁ」
……この国に来て、商売を始めて、アピラと出会って……早くも、三年の時間が経った。
その間、商売はうまくいっており、贅沢とは言えないがそれなりに充実した毎日を送っていた。
当時七歳だったアピラは、もう十歳だ。女性として、体つきも成長してきたし……なにより、中身が大きく成長した。
活発で元気の有り余っていた姿は成りを潜め、少し大人びた姿を見せるようになった。
それは、女の子から女性へとなりつつある、ということだろう。心身ともに、だ。
なんか、近所で世話をしていた妹のような子が成長していく兄心って、こんな感じなんだろうか。
「……」
この店にたまに訪れるノータルトさん曰く、教会でもアピラは元気にやっているとのこと。
ただ元気なだけでなく、率先してみんなの手伝いをしたり、小さい子の面倒を見たり、それに少しおしとやかになったという。
あのアピラがおしとやか、と聞いて、俺は困惑したものだ。
だってアピラは、俺の前では多少大人びた姿を見せるようにはなったが、以前とそう変わりを見せたわけではないと感じていたからだ。
試しに、アピラにおしとやかになったのか、なぜか本人に直接聞いたことがあった。
『私だって、少しはれでぃーってやつになってるんだから!』
とは、アピラ本人の言葉だ。本物のレディーは、自分のことをレディーとは言わないと思う。
ガルドローブさんや兵士のみなさんは、非番の日によく訪れる。
兵士だから擦り傷が絶えず、買い溜めていた薬はすぐに使い切ってしまうのだと、笑いながら話していた。
例の件以来、その後はレッドドラゴン討伐などという、無茶をやらされることもなくなったようだ。
あのバカ王子も、少しは反省したらしい。
『ここ、こんにちは!』
兵士のみなさんの中でも、特にリーズレッタさんは、本当によく訪れる。
非番の日だけではなく、仕事の合間を見てくることもあるのだ。ガルドローブさんにバレて、怒られたりしないといいけど。
あと、彼女とは、俺が買い出しに行く時とも、よく会った。
行く先々に、なぜか出没するのだ。
『れ、レイ様、これはぐ、偶然ですね!』
顔を赤くしながら、そんなことを言うのだ。
ちなみに、初めのうちは俺のことを『魔術師様』と呼んでいたが、いつしか『レイ様』と呼ぶようになった。まあ、俺から頼んだのだが。
魔術師魔術師と呼ばれるのは、歯がゆい。ついでに様付けもやめてほしかったのだが、こればかりは譲れないと言われた。
ガルドローブさんのように、せめて殿呼びならまだ……いや、普通に呼び捨てにしてくれていいんだがな。
そうそう、ガルドローブさんと言えば。レッドドラゴンの件の後、二人の女性が訪ねてきた。
一人は、ガルドローブさんの奥さん。一人は、ガルドローブさんの娘さん。今の俺と同じくらいの年齢だった。
『この度は、ありがとうございました』
『ありがとうございました』
二人からは、これまた深く深くお礼を言われてしまった。そんなのいいのに。
ガルドローブさんがどんな風に俺のことを紹介していたのかは知らないが、やたらと熱いまなざしを向けてきた。
ガルドローブさん自身も、俺には相当気を許し……しまいには、娘を婿にもらってくれ、なんて言い出す始末だ。
しかも、そのタイミングで店を訪れたリーズレッタさんがなぜか激怒しだすし、もう大変だった。
「レイさーん、こっち終わったよー」
「ん、おう。ありがとうな」
ま、その時の修羅場は置いといてだ。思い出に浸る俺の意識を戻すのは、誰であろうアピラの声だ。
部屋の外から顔を覗かせる彼女は、どうやら最近髪を伸ばしているらしい。
最近おしとやかになっているらしい点といい、もしかして女の子らしくなりたいと思っているのだろうか。
まずは形から、ということか?
そういえば、最近リーズレッタさんとよく話しているしな。
女性の先輩として、いろいろ聞いているのかもしれない。
「でもさ、本当にこの国を出ちゃうの?」
「あぁ」
部屋の中に入ってくるアピラは、当然のように隣に座る。彼女の言葉に、俺は短くうなずいた。
そう、今俺は、移動の準備をしている。
移動とはいっても、今すぐに出発するわけでもないし、行き先も決めていない。まあ、いつも行き先など決めず、歩いた先にある国や村に滞在するのだが。
すぐには出発はしない……だが、もう三年だ。一つの場所に留まるのは、長くても五年……そう決めている。
まだ、移動する準備をするにも早いと思うかもしれない。
だが、こういうのは早め早めにコツコツと始めておくのだ。
「……」
これまでと同じだ。いずれ移動する場所……あまり、人付き合いは深くならないようにする。
仲良くなっても、仲良くする以上の関係にはならない。
……リーズレッタさんの気持ちにだって、気づいてはいる。だが、俺はそれに応えるつもりはない。
"不老"の『スキル』を持つこの体では、一緒になっても相手を幸せにすることはできないからだ。
俺はそれを、身を持って知っている。
「それにしても、アピラには内緒で準備しようと思ってたんだがな」
「それは無理だよ、レイさん、隠し事下手だもん」
まじゅつ師さん、と元気に呼んでいたアピラも、いまやレイさんと俺のことを名前で呼ぶ。
そんな彼女は、どうにも妙に鋭い。
いつだったか俺がこうして荷整理をしていたところに、不意に現れた。驚いたものだ。
あれは、もう閉店した後だったか……なんか胸騒ぎがする、と戻ってきた彼女に、準備中の姿を見事に見つかってしまったわけだ。
以来、こうして準備を手伝ってもらっている。
とはいえ、少し悪い気もする。だって……
「しかし、アピラには悪いことしてるな。わざわざ手伝わせてしまって」
「いいよ。というか私に内緒でっていうのが水臭いよ。私だって、一緒に行くんだから手伝わないと」
だって、アピラはここに置いていくことになるのだ。それなのに、アピラに荷整理の準備させている。
そう、アピラは従業員だが、一緒に連れていくわけにはいかない。
これまで共に働いていた相手にだって、そうだったし……
「……ん?」
……あれ、今、アピラなんて言った? 聞き違いか? 気のせいか?