他のお客さんの対応をしている間、アピラがリーズレッタさんと話をしていた。こうして見ていると、まるで姉妹のようだ。
というか、以前のリーズレッタさんとは装いが違うのに、よくアピラはすぐに彼女だとわかったな。
子供は案外、見た目以外で人を見ているのかもしれないな。
「えーっと、この薬はですね……」
……そうして、お客さんの足取りも、落ち着きを見せてきた頃。
「お待たせしました」
「あ、いえっ」
アピラと話をしていたリーズレッタさんは、俺に振り向くと照れた様子で、うつむいていた。
この人、こんな女の子っぽい感じだったっけ。いや女の子ではあるんだけどさ。
やっぱり、鎧を着ている、脱いでいるで、公私混同を分けているのだろうか。立派な人だ。
「それでお姉ちゃん、まじゅつ師さんにお礼しに来たんだよね!」
「あ、アピラちゃんっ」
なにを言おうか、もじもじしていたリーズレッタさんだが、その背中をアピラが叩く。
ただし、背が足りないのでぴょんぴょんと飛び跳ねている状態だ。ちょっと微笑ましい。
しかし、お礼と言われてもな……いらないとは言うが、結局それだと納得してくれそうにないし。
とはいえ、別になにが欲しいわけでもない。お礼の言葉なら、充分いただいたし。
うーん……
「じゃあ、今晩なにかご馳走してもらう、っていうのはどうだろう」
「えっ?」
考えた結果、晩ご飯をご馳走してもらうことを思いついた。あんまり難しく考えすぎても、結局ジリジリと引きずってしまいそうだし。
ならばいっそのこと、食事をご馳走してもらうことで精算してもらおう。
その提案に、リーズレッタさんは少し悩んでいたが、軽くうなずくようにして、納得した。
自分の望んだお礼とは違うが、俺から提案されたものを、拒否することはできないってとこだろう。
「わかりました。でも、本当にそんなことでいいんですか?」
「あぁ。むしろ、リーズレッタさんのオススメを頼むよ」
そんなわけで、閉店後、リーズレッタさんのお礼として食事に行くことに。案内されたのは、あまり高そうにはない一軒のお店。
高そうにない、というのは見た目の話で、別にリーズレッタさんが高いのを奢りたくないわけではないだろう。
なんというか、趣がある……長年やってるお店って感じだ。彼女のオススメなのだろう。
「いらっしゃい。お、リーズちゃんじゃないか」
「こんばんは。おじさん」
「今日は非番かい。なんだ、彼氏連れてデートか」
「かっ、ち、違いますっ」
「え、子供……まさか、子連れかい!? 旦那さ……」
「ち、違います!」
店主とは知り合いなのだろう、気さくに話している。常連なのか、他のお客さんとも知り合いのようだ。
人の数はまばらなため、適当に席に座る。
四人テーブルで、俺の隣にアピラ、正面にリーズレッタさんだ。
「このお店のオススメは、これです!」
言って、リーズレッタさんがメニューを開き、ある料理を指差す。
この世界に写真というものはないため、絵が描いてある。それは、ラーメンのようなものだった。
リーズレッタさんのオススメということで、それを三人分注文することに。
アピラは量が半分の、小さいのにしてもらう。
料理が出来上がるまでの間、別のお客さんから話しかけられたリーズレッタさんは、少しからかわれたりしていた。
その男は彼氏かとか、そんな小さな子供がいたのかとか。
リーズレッタさんは、顔を赤くしながらも否定していく。その都度笑いが起きるあたり、どうやら彼女は人々に愛されているらしい。いいことだ。
「へい、お待ち!」
しばらくして、出されたどんぶりに入っていたのは、絵に描いてあったのと同じ、スープとその中に入れられた麺だ。
さらに、肉や卵、ネギも入っている。うん、これラーメンだわ。
この香りは、醤油ラーメンに近いな。濃い色なのに、レンゲで掬えば透き通るようなスープ……それを飲むと、口の中に広がる温かい味。
うん、醤油スープだ……おいしい。
次に、箸で麺を取り、一気にすする。
細い麺は柔らかく、つるつると喉の奥を通っていく。スープの味が染み込み、これは箸が止まらない。
ふと隣を見れば、アピラが夢中で麺をすすっていた。そんなに急いで食べなくても、料理は逃げないというのに。
その光景がおかしくて、つい笑ってしまう。
「おいしいですよ、とても」
「本当ですか? よかった」
俺の言葉に、リーズレッタさんはほっと胸を撫で下ろす。彼女の食べ方は実に上品で、レンゲでスープを掬い、その上に麺を絡ませ、口に運ぶ。
うーん、どこぞの貴族みたいだ。
しかし、うまいな。俺も、一人でいろいろ料理を試作する。
その際、元の世界の知識を活かし、ラーメンなんかを作ったこともあったが……
本場には、到底及ばないな。本場がどこかは知らないが。
「んん、うまい。うまい」
「喜んでもらえたなら、よかったです」
俺の食べっぷりを見て、リーズレッタさんは柔らかく微笑んだ。以前の、凛とした顔とはまたえらい違いだ。
こっちの方が、なんかリーズレッタさんらしい感じがする。
その笑顔に、思わず見惚れてしまったが……それをごまかすように、どんぶりを持ち上げ、スープを飲む。
うん、うまい……いい店を、教えてもらった。
ちなみに隣では、アピラも俺の真似をしてどんぶりを持ち上げ、スープを飲んでいた。
どんぶりを落としてしまわないか心配だったが、小さいどんぶりだったため、落とさずに済んだ。
「今日は、ありがとうございました」
「い、いえっ、こ、こちらこそっ」
その日は、約束通り晩ご飯をご馳走になり……少し話をしてから、解散した。
眠ってしまったアピラをおんぶして、帰宅した。