レッドドラゴン対策のために持ってきた、冷却薬。
これは、使える!
「では、それを奴の体内に投げ込めば……」
「内側から、凍っていくかもしれません。試したことは、ないけど」
以前、人々の依頼を受け、村々を襲っていた獣にこの冷却薬を使った。
冷却薬で凍らせ、被害を抑えたことがあった。だが、それは一般的な大きさの獣だ。
レッドドラゴンほどの大きさの生物に、通用するかどうか。
普通の獣なら、体の外からぶつけただけでも効果を発揮するが、レッドドラゴンはそうもいくまい。
体内からなら全身が凍っていく可能性は高い。が、その体内に灼熱の炎を持つレッドドラゴンを、果たして倒せるだろうか。
「そういうことならば、私が囮になります! レイ殿は、隙を見てレッドドラゴンの口の中に、それを投げ入れてください!」
「あ、ちょっと!?」
薬の効果がちゃんと発揮されるかもわからない。だが、ガルドローブさんは真っ先に囮を名乗り出て、走っていってしまう。
レッドドラゴンは、動く標的に狙いを定める。
なんて危ないことを。
とはいえ、レッドドラゴンの炎の危険性は見たばかりだ。奴の口元に注意していれば、避けるのは難しくない。
「頼みましたよ」
遠ざかるガルドローブさんの背中に、届かぬ言葉を投げかける。
レッドドラゴンがガルドローブさんの動きに注意が引かれている隙に、俺はガルドローブさんが走ったのと同じ方向に、遅れて走り出す。
もちろん、レッドドラゴンの死角となる位置をキープ。
「グォオオオ!」
レッドドラゴンが走るだけで、地響きがなる。ガルドローブさんを追う目は血走り、餌を欲しているのだとわかる。
だが、そう好き勝手にはさせない。
レッドドラゴンの短い手では、先を走るガルドローブさんを捕まえることは出来ない。
そのため、自然と首を伸ばし、口で捕まえようとする。そして、ガルドローブさんを食べようと大きく口を開いたところを、狙う。
しかし、ガルドローブさんは鎧を着ているのに、よくあんなに速く走れるものだ。
やっぱり、日々鍛えているおかげだろうか。
「ほら、こっちだ!」
「グゥウウウ……!」
追いかけっこが、続く。
やがて、痺れを切らしたのかレッドドラゴンの口内に、赤いエネルギーが溜められていく。
丸焦げにして、動きを止めてしまおうというのだろうか。
果たして、わかっているのだろうか……その灼熱の炎は、俺たちにとって跡形も残らないほどの威力を持っているのだと。
追いまわす得物を、焼却してしまう威力を持っていることを。
……だが、今隙が、出来た!
「せい!」
レッドドラゴンが炎を放つために口を大きく開ける……その直前、俺は走る速度を加速させ、レッドドラゴンと並走する。
口が開いたその瞬間に、冷却薬を、口に向かって投げ入れる。
……狙いは違わず、冷却薬は、レッドドラゴンの口の中へと入った。そして、熱により小瓶が割れる。
あの小瓶は、冷却には強いが、熱さには弱い材質なのだ。
これで、レッドドラゴンは……
「……ゴォロロロ……!」
「うそだろ……!」
しかし、レッドドラゴンの体に異変はない。
薬自体に効き目がなかったか、それとも体内に到達する前に効果がかき消えたか?
いずれにせよ、炎が吐き出されるのは、止められない。このままでは、ガルドローブさんへと炎が放たれて……
「さ、せるかぁあああああ!!」
俺は、並走するレッドドラゴンのお尻付近から生えている尻尾へと飛びつくように、手を伸ばす。
尻尾は、とてつもなく太い……大木程の大きさでもあるんじゃないかと、いうほど。
それを、掴み……力任せに、持ち上げる。
「グォオオオ!」
レッドドラゴンの口から、炎が放たれる。その狙いの先は、逃げているガルドローブさんの背中……ではなく、空だ。
青い空に、灼熱の火柱が燃え上がる。
なぜなら、レッドドラゴンの体が持ち上がり、顔の向く先が天になっているからだ。
「し、尻尾を掴んで……持ち上げ、た!?」
ガルドローブさんの驚く声も、耳に入らない。
とにかく、力のままにレッドドラゴンの尻尾を、振り……ぶん投げる。
まさか、自身が投げられるなんて経験も、ましてそんなことをされるなんて考えさえもしていなかっただろう。
レッドドラゴンは、唖然としたままぶん投げられ、岩にぶつかる。
「ガォ……!」
岩は破壊されるが、レッドドラゴンの皮膚に傷はない。やはり、あれくらいではビクともしないらしい。
しかし、どうしたものか……冷却薬が効かないとなると、あとは……麻痺薬、粘着薬諸々。
なにか、通用するものはあるだろうか。しかも、次からはレッドドラゴンも怒るだろうから隙は生まれにくい。
とりあえずガルドローブさんと身を寄せ、視線はレッドドラゴンに警戒する。起き上がるあのドラゴンが、次になにをするのか、見逃さないように。
「……ん?」
そう、注意を凝らしていた時だ……レッドドラゴンの体に、変化が表れた。
赤い皮膚が、だんだんと氷に覆われていくではないか。
まるで彫像でも作るかのように……ゆっくりと……しかし確実に。
なにが起こっているのか、レッドドラゴン自身もわかっていない。ただ、吠えるのみだ。
そして……数十秒と経たないうちに……
「……こお、った……」
巨大なドラゴンは、氷像へと変貌した。
まるで、最初からそこにあったかのように、当たり前のように。
レッドドラゴンは、もはや動くことなく、氷の中に閉じ込められてしまった。