「……でかいな」
岩影に寝転がっている、レッドドラゴン。名の通り、赤い皮膚を持つドラゴンだ。
影にて、目を閉じてリラックスしているようだ、おそらく眠っているのだろう。
だが一応、こちらも岩影に隠れておこう。
こうして遠くから見ている分には、おとなしそうに眠っている。とても、獰猛な生き物には見えないが……それは、甘い見通しだ。
寝ていれば誰でもおとなしいもの。むしろ寝ている間に、対処できれば一番だが。
レッドドラゴンは、基本的に人前に姿を現さない。人里を襲うことはあるが、こんな国の近くに居付くことも、まずない。
だからこそ、こうやって国の近くに居付かれると、困ってしまうのだ。
「! あれは……!」
寝ているレッドドラゴン。その姿を観察していたガルドローブさんだが、なにかを見つけたのか身を乗り出そうとする……が、ぐっと堪える。
いったい、なにを発見したのか。それを確認するために、俺もガルドローブさんの視線の先を追う。
そこにあったのは……
「……人?」
遠くて、はっきりとは見えない。しかし、そこにあったのは……倒れている、人の姿だ。
それも、一人や二人ではない。十は、ゆうに超えている。
そして、俺は察する。ガルドローブさんの反応、倒れている人たちが着ている鎧、二十に迫る数……
あそこに倒れているのは、死んでしまったという、兵士たちだ。
ここから見ただけでは、本当に死んでいるのか確認できない。が、確認したからこそガルドローブさんは、泣く泣く帰還したのだ。
「ガルドローブさん、抑えてください」
「……わかって、ます……!」
レッドドラゴンに挑み、返り討ちにあってしまった人たち。
その思いたるや、さぞや無念だったことだろう。
死んでしまった人たちの、仇を討つ。あのバカ王子の命令は置いておいても、その気持ちがガルドローブさんの中にあるのは確かだろう。
「……して、あのレッドドラゴンをどう倒しますか。レイ殿」
「そうですねぇ」
「……そういえば、レイ殿は、武器を持っていないのですね?」
レッドドラゴンの討伐。それは、とても難しいことだ。
奴らの皮膚は鉄のように硬く、背中に生えている翼を使われれば空に飛ばれる。尻尾を振っただけで突風が巻き起こり、極めつけは口から吹く炎だ。
とても、人にどうにか出来る存在ではない。俺も、出来る限りレッドドラゴンには関わらないように生きてきたものだ。
さて、そのレッドドラゴンを討伐するためには。とにかく人の数が必要。
しかし、それはここにはない。武器は、ガルドローブさんが持っている剣一本。
となると……
「グルルル……」
その時、唸り声が聞こえた。眠っていたレッドドラゴンが、目を覚ましたのだ。
離れているが人のにおいを嗅ぎ取ったのか、単によく寝たからか……軽くあくびをして、キョロキョロと辺りを見渡している。
そして……次の瞬間、目を疑いたくなる光景が広がった。
「なっ……!」
近くに転がっている、兵士の死体……それを、レッドドラゴンは食べ始めたのだ。
顔を近づけ、大きな口を開け……兵士の体を、丸呑みにしていく。
レッドドラゴンは、人を食べる……それも、レッドドラゴンが恐れられる要因の一つだ。
「! 貴様ぁ!」
「あ、ガルドローブさん!」
その光景を見た瞬間、ガルドローブさんが飛び出す。
なんとか見つからないところへ隠れていたが、部下が食べられる光景を見せられて、我慢ができるはずもなかった。
その背中を追いかけるように、俺も岩影から飛び出す。ガルドローブさん一人で立ち向かって、無事で済むはずがない。
すでにガルドローブさんは剣を抜いていた。そして、レッドドラゴンも自分に迫ってくる人間の存在に、気づいたようだ。
「グォオオオ……!」
「!」
レッドドラゴンの口内に、赤く光るエネルギーが溜まっていく。
あれは、レッドドラゴンの炎、ファイヤブレスだ。人の身にもろに浴びれば、死体すら残らず焼却される。
周囲には、焼け焦げた骨や服の燃えカスも見える。死んだのは、倒れている兵士だけではない。
人の姿を残して死んだだけ、マシと言うべきか……それとも、レッドドラゴンの餌にならなくて済んだことを、喜ぶべきか。
ともかく俺は、荷物の中に手を突っ込む。そして、手に感じる感触のみで、目当ての薬を探り当てる。
「ブォオオオ!!」
「せい!」
放たれる炎は、視界を赤く染め上げていく。そう、レッドドラゴンはその気になれば、近づくこともさせずに戦いを終わらせることができる。
いや、戦いとすら認識はしていないだろう。
その炎に向けて、俺は手に取った薬をぶん投げる。
薬の入った瓶は、先に走っているガルドローブさんを抜き去り、回転を加え放物線を描き、炎に呑み込まれる。
その瞬間、パキン……と耳の奥まで届くような音が一瞬、響く。
その直後、炎はそれ以上動くことはなく、固まっていく。パキパキ……と、小刻みに音を響かせて。
「……こお、った?」
その光景に、ガルドローブさんは漠然と声を漏らす。
なぜなら、目の前でありえない光景を見たのだから。
灼熱の炎は、すでに氷漬けになっていた。
青く輝き、まるで彫刻のように、時間が止められたかのように、そこにあった。
「これは、いったい……」
「冷却薬です。とっておきの、ね」
ガルドローブさんに追いつき、今投げたのと同じ薬を取り出す。それは、水色の液体が入った小瓶だ。
冷却薬……夏場など、暑さを訴える人に涼しさを届けるために、調合した薬だ。
ただし見ての通り、灼熱の炎をも瞬時に凍らせるこれは、失敗品と言えよう。
人体には使えないが……たとえば
「まさか、そのような薬があるとは」
「回復薬と火傷薬以外にも、それなりにはね」
正直、あの炎に人体が直撃すれば無事では済まないが……たとえば炎に囲まれたときなど、必要になるかもしれない。
この冷却薬を使えば、レッドドラゴンの炎は防げる。
だが、あまり数はないし、今のやり取りを見てレッドドラゴンは警戒している。そりゃ、吐いた炎を凍らせられるなんて初めての経験だろうしな。
知能もあるのが、レッドドラゴンの厄介なところだ。