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第23話 なんでも致します



 店に戻ると、なんか起こっていた。


「……で、なにしてたの」


「おそうじとか、いろいろ! です!」


 アピラを店の奥へと連れ出し、理由を聞く。

 とある一室……というか、調合室。ここで、日々薬を調合するのだ。

 休憩室としても使えるが、調合した薬を置いているので移動にも注意が必要だ。


 さて、帰ってきたらなぜか、アピラ監修の下、掃除や薬棚の整理が行われていた。

 なぜか、みんなからアピラさんなんて慕われながら。


「……」


 ちなみに現在、アピラの隣にはなぜか"伝達"『スキル』持ちの女の子がいた。アピラは椅子に座っているのに対し、彼女は床に正座している。

 鎧は脱いでおり、ラフなTシャツと短パン姿だ。


 なかなかに立派なものをお持ちのようで、正直目のやり場に困る。

 彼女は恥じらいもなく、口を開いた。


「魔術師様、アピラさんは悪くないんです。これは我々が言い出したことなのです」


「……と、いうと?」


「魔術師様はもちろん、我らにとってはアピラさんも恩人。少しでも、お二人に報いたいと、お手伝いを申し出たわけです」


 姿勢正しく正座をした彼女が、アピラを庇う発言をする。

 お城に行く前にも、恩返しがしたいとは言っていたが……


 お手伝い、か。それはまあ、いい心がけではあるのだが。


「でも、それは店番してくれるって点でプラマイゼロというか……

 むしろ、アピラの面倒も見てもらってるんだからそれでチャラどころじゃないでしょ」


「ぷら……? ちゃら……?

 いえ、しかしその程度では、とても恩義など返しきれませぬ!」


 正座したまま、身を乗り出す彼女の山が、プルンと揺れる。うん、そんな純粋な瞳で、そんな動きをしないでほしい。目のやり場に困る。

 彼女、あんま異性の目とか気にしないタイプなのだろうか。


 しかし、真面目というかなんというか……兵士ということだし、真面目な人間が多いのだろうか。

 そりゃ、真面目なのがいけないとは、言わないけれども。


 店番プラスアピラの面倒を見てくれたことで、俺としてはもう恩を返してもらったつもりだ。

 そもそも彼らは、王国の騎士団とはいえここに来たときは怪我人……むしろお客さんだ。


 代金を要求するってのはお客さんに対して当然のやり取りではあるが、それはそれとしてお客さんなのだからそこまでかしこまらないでほしい。


「……まあ、兵士さんの気持ちはわからないでもない。俺だってその気持ちを無下にしたいわけじゃないし。

 でも、それならそれでアピラがあんな偉そうにしてる理由にはならないし、しちゃダメだろ」


「恩人の指示の下、手伝いたいと申したのです! 恩人に掃除などさせられません!

 むしろ、アピラさんにはどっしり構えてもらって、指示をしてくれと言ったのです!」


 ……すごいな。十は年下の相手に、人はこんなにも下になれるものなんだな。

 恩人だから、ということではあろうが。いやそれにしたって。


 しかし、それをしたことでアピラが将来、人を使うのが当たり前みたいになったら困るしな。あのバカ王子みたいなのになったら嫌だ。

 一応従業員として雇っている以上、ちゃんとした人間として育てたい。


「魔術師様も、遠慮なく、申し付けてください! 恩義に報いるため、なんでも致します!」


「……なんでも」


「はい、なんでもです!」


 なんか、兵士というより女騎士さんみたいな感じだ。

 シチュエーションは全然違うけど、「くっ殺せ」……とか似合いそうだ。むしろ言ってほしい。


 いや、兵士も騎士みたいなもんか? 剣持ってるし……まあどっちでもいいか。


「いや、そんななんでもするなんて、言うもんじゃないよ」


 しかも年頃の男相手に。

 いや俺の中身は三千歳越えてるんだけどさ。年頃どころじゃないんだけどさ。


「……もし命を拾っても、あのままなら顔に一生消えない傷が残るところでした。

 それを、跡形もなく消してくれた魔術師様には、感謝しているのです」


「まあ、女の子の顔に傷が残ったら大変だし……」


 彼女の顔には、ひどい火傷の痕があった。あれが残ったままというのは、つらすぎる。

 それを俺の薬で消すことが出来た。自分でも、鼻が高い。


 ある意味、命を救うよりも傷跡をきれいに治す方が、難しい。

 だから、今回の件は本当によかった。


「……元々、兵士として生きると決めた時点で、女として生きることは捨てています。しかし、実際に顔に傷が残ったらと思ったら……体が震えて、しまいました。そうならなくて、ほっとしている自分もいるのです。不思議な感じですが。

 ……ですから、魔術師様の望みにはなんでも答えます。私でなくても、皆同じ考えです」


 ……あ、これダメなやつだよ。重いやつだよ。

 死ねって言ったら、マジに死んじゃうくらいに重いやつだよ。


 感謝されること自体は、悪い気はしない。だが、程度というものもある。


「いや、こっちも仕事ですから。そんな、恩義とか感じなくても」


「いえ、仕事というのは関係ありません、我々はまだなんの返礼も出来ておらず……」


「あーああー、そのことで話があるんだけど」


 このままだと、延々と恩義について語られそうだ。

 ここは、多少無理やりにでも、話題を変えさせてもらおう。いや、無理やりというほど、繋がりのない話でもない。


 話がある……その言葉を皮切りに、場の空気が変わったのがわかった。

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