「薬屋風情がでしゃばるでないわ!」
この樽バカ王子は、すっかり俺にお怒りのようだ。
自分に意見されたのが、よほど気に入らなかったのだろう。
「し、しかし王子! 彼がいなければ、我らは命がありませんでした。我らにとってはまさに恩人なのです!」
「恩人ならば、余に反抗しても良いというのか!?」
「いえ……ただ、彼をここに連れてきたのは私です! なにとぞ、私の顔に免じてお許しを! 罰ならば私に」
お、おいおいちょっと待った。これじゃあ、ガルドローブさんに被害が行く流れじゃないか。
俺は、そんなつもりはなかったというのに。
今からでも謝るか……いや、しかしこいつに謝るのはな……
「罰だと? ふん、ならば今度は貴様一人で、レッドドラゴンの討伐に向かってもらおうか!」
「! それは……」
「無茶だ!」
気づけば俺は、またも声を張り上げていた。だが、仕方がないだろう。
レッドドラゴンに一人で立ち向かえなど、死ねと言うのも同じだ。
まして、ガルドローブさんは部下と一緒でも、勝てなかったんだ。
一人で戦えなど、歴戦の戦士でも無茶な話だ。
「王子、あなたは、ガルドローブさんに死ねと言うのですか?」
「黙れ薬屋! 余はこのレポス王国の王子、サルボア・レア・レポスであるぞ! 余の決定は絶対じゃ!
そもそも、罰を与えろと言ったのはガルドローブ本人ではないか!」
「そんなの、罰じゃなくて死刑宣告だ!」
くそっ、俺嫌いなんだよ……権力を振りかざし、自分が偉いと思いこんでいるこういうバカが。
無能な権力者ほど、厄介なものはない。
レッドドラゴンの討伐……王子のイカれ具合を抜きにしても、それは必要なことだろう。
レッドドラゴンに近くをうろうろされては、国同士の交流もままならないし、旅人だって来れない。俺だって、他人事ではなくなるかもしれない。
だが、だからといってガルドローブさん一人に任せるのは、間違っている。
「王子なら、百人の兵くらい簡単に集められるはず。なんで、そうしない」
「やるべきことがレッドドラゴンの討伐だけではないからな。他に兵を回しておるだけのこと」
……他に兵を回しているから、人手が足りないのか。お国の事情なんて知ったこっちゃないが、一つの事柄に人数を割けないのはわかる。
とはいえ、レッドドラゴン以上に優先すべき事柄なんて、そうそうないだろうに。
それとも、実はこの王子に、それだけの人数を動かす力は、なかったりして。
王子であって、国王ではないのだし。
「余だって、別に出来ぬことをやらせるほど愚かではないぞ。のぅガルドローブ」
「……」
王子の、意味深な発言。それを受けたガルドローブさんは、黙り込んでしまう。
なんだ? まるで、ガルドローブさんなら一人でも、レッドドラゴンを倒せる根拠でもあるようだ。
まさか、それだけ強力な『スキル』を持っているのか?
いや、だとしたら、なぜそれを使わなかった? どんな『スキル』でも、部下を見殺しにして黙っていられる人じゃない。
「ふん。余に無礼を働いたそやつに、褒美などない。
生きて帰った? なぜその命尽きるまで戦わん。死んだ兵士も、鍛え方が足りなかっただけじゃ。まったく、命を救われたなどと騒ぎ立ておって」
「……」
だとしても……この言い方は、ないよな。
生きて帰ってきた兵士、それに死んだ兵士にまで、そんなことを言う権利は、王子にだってないはずだ。
もう、こいつをレッドドラゴンの前に放り出してやりたい気分だ。
だが、こんなのでも王子……万が一があったら、国が混乱に陥るかもしれない。
「……なら、ご提案があります、王子」
「提案ん?」
この王子に、一泡吹かせてやりたい。そう、思った。
だからだろう。俺はいつの間にか、口を開いていた。
「ガルドローブさん、それと俺。二人で、レッドドラゴンの討伐に向かいます」
「!」
「レイ殿!?」
「ほぉ……面白いことを言うな貴様」
それは、自分でも不思議な言葉だった。一人が二人になっただけだ。
レッドドラゴン相手に、たった二人で挑むなど。正気の沙汰ではない。
だが……これは、俺の意地でもあった。
「しかし、提案と言うからには、代わりに望みでもあるのか。言うだけ言ってみるがいい」
……どうやら、まったくのバカでもないらしい。
俺が『提案』だと持ち掛けたことで、見返りを求める気持ちを読み取ったようだ。
「謝罪を」
「んん?」
こいつに好き勝手言わせたままでは、誰も浮かばれない。
死んでしまった人はもちろん、生きて帰ってきた人も……
俺の薬を求め、助かった人たちの言葉を……俺は忘れることは出来ない。
ありがとうと、生きていて良かったと、涙を流しながらも笑顔を見せていた彼らを侮辱することは、俺が許さない!
「ガルドローブさんに、死んでしまった人たちに、生きて帰ってきた人たちに。謝罪を。
……それが、俺が望む褒美です」
だから……先ほどの言葉を、撤回させる。そして、謝罪させる。
死んでしまった人たちに対して、生きて帰ってきた人たちに対して……俺はこの王子に、頭を下げて謝罪させてやりたい!