「よくぞ戻ったぞガルドローブ。早速結果を……む、そこにおるのは誰じゃ」
ガルドローブさんは、王子の座る玉座より少し距離のある場所まで歩き、その場に膝をつく。
俺もそれに習い、膝をつく。
年齢は、二十……いや十代後半か? 老け顔ではなく、どちらかといえば童顔だ。声は高いっぽいが、敢えて低くしている。
その口調からも、少しでも威厳を出そうとしているのが、わかる。
年齢に関してはともかく、多分、成人したばかりなのだろう。王子として頑張っている感じはあるが、バカっぽさは隠しきれていない。
「はっ、こちらは我ら兵団の恩人、"不老の魔術師"殿でございます!」
「……"不老"?」
ガルドローブさんが、俺の紹介をしてくれる。
俺の呼び名を聞いて、王子は疑問を浮かべているようだ。
ふむ、バカっぽい王子とはいえ、一応礼儀として、俺からも挨拶をしておかなければな。
「お初にお目にかかります、王子。
わたくし、世間では"不老の魔術師"と呼ばれております、レイと申します。以後、お見知り置きを」
「ふーん」
……頭を下げているので王子がどんな顔をしているのかわからない。
が、多分すげーどうでもよさそうな顔をしているんだろうな。鼻でもほじりながら答えていそうだ。
本当に、こんな奴が礼をくれるのだろうか。
「で? その不老のなんたらが、なんだというのだ? なぜここにいる?」
「はっ! 先ほど申しました通り、彼は我々の恩人です。
私含め、部下も魔術師殿に命を救われた身。是非ともその礼をしたく思い、王子の下へと案内させていただきました」
「ふーん」
……ちゃんと聞いているんだろうか、この王子。
ガルドローブさんがこんなに熱弁してくれているというのに、この反応はなんだろう。
「待て、命を救われた? どういうことだ?」
と、応じは身を乗り出した。
おっと、ちゃんと話を聞いてはいるようだ。
「我々は、王子の命によりレッドドラゴンを討伐に向かいました。しかし、隊はレッドドラゴンに壊滅させられ、部下の約半数を失いました。
命からがら逃げ出した我々も、命尽きようというとき、魔術師殿の薬により、命を救われたのです」
たんたんと、ガルドローブさんは話している。
その声色に、悲しみや怒りは感じられない。
……だが、部下のためにあんなにまで悔しがった人だ。今は感情を押し殺しているのだろうと、すぐにわかった。
それに、ここで騒いだところでどうにもならないと思っているのだ。
理性的なガルドローブさんは、ただ報告をするのみだ。
本当ならば、王子がレッドドラゴン討伐に向ける人数を減らしたから部下が死んだのだと、追及することもできるだろうに。
さて、これを聞いた王子の反応は……
「……壊滅、だと? それにおめおめ、逃げ帰ってきたというのか!?」
「!」
……それは、命からがら逃げ帰った部下を労うものでも、失った兵士を悲しむ言葉でもない。
そこにあるのは、怒りだ。
「ふざけているのか! 討伐隊が、壊滅、半数を失ったと!? それだけならまだしも、部下の仇も打たずに逃げ帰ってきたと!? なんたる腰抜けだ!」
……俺には、王子がなにを言っているのか、理解ができなかった。
この樽王子は、なにを言っているんだ?
俺の困惑も知らずに、応じは言葉を続けた。
「まったく嘆かわしい! お前は余が選んだ、優秀な兵士だと思っていたのに! まったく……」
「……失礼ながら王子。レッドドラゴンの討伐には、一般的に百の兵が必要だと、周知でありましょうか?」
「れ、レイ殿?」
「あぁ!?」
しまった、つい口をついて出てしまった。
この王子の物言いが、あまりにも……だから。
おかげで矛先は、俺に向いた。
「そんなもの、もちろん知っておるわ! だから余は、無駄な人数を集めるよりも、選りすぐりの兵士を組織したのだ! 五十いれば充分であろうが!」
王子は、レッドドラゴン討伐に必要な兵士の数を知っていた。
知っていて、たった五十人しか出さなかったのだ。
王子の言い分も、なるほど聞いてみればわかるところもある。ただ漠然と百の兵士を集めるより、より優秀な人材を募り、それで兵団を組織する。
一人が二人分の働きをすれば、目的は果たせるのだ。言葉だけで言うのは、簡単だ。
……だが、この王子はわかっているのだろうか。レッドドラゴンの恐ろしさを。数を集めればいいわけではないのは、その通りだ。
だが、その数さえも揃っていなければ、勝てるものも勝てなくなる。
「その言い方は、あんまりでしょう」
「なにを!?」
「彼らは、命をかけて戦ったんだ。それも、あなたの無茶な采配で、ただでさえ危険な道をさらに危険を伴い通ることになってしまった。
本来なら死ななくて済んだ人たちを、死なせたんですよ」
あぁ……今回は、ガルドローブさんたちを助けた礼を貰うだけのつもりで、来たはずだったのに。
こうして、しなくてもいい口出しをしてしまうなんて。
しかし……長く生きてるのに、こういう奴には、一言二言言いたくなるんだよなぁ。
落ち着かないなぁ、俺も。
「き、貴様! 余の采配に、ケチをつけるつもりか! 余に、意見をするつもりか! いったい何様のつもりだ!」
「ただの、薬屋でございますが」
「薬屋!? ……あぁ、そういえば父上が、新しく薬屋を始めた魔術師の店に、教会の子供を働かせる許可を出したとか言っていたな。その魔術師が貴様か!」
……あぁ、アピラを従業員として働いてもいいと許可証をくれたのは、このバカ王子じゃなくその父親、つまり国王だったのか。
よかった、このバカじゃなくて。
ま、そんな物分かりのいい人物だったら、こんなことにはなっていないか。