「これだけ、ですか?」
「これだけ、とは?」
「レッドドラゴンを討伐に行ったんですよね。なのに、この人数……まさか……」
そう、レッドドラゴンを討伐するには、三十人では少なすぎる。
腕に覚えのある兵士であろうと、レッドドラゴン一体を討伐するのに兵士百人は必要と言われている。それなのに、ここにいるのはその三分の一にも満たない。
そこまで考えて、俺の頭に浮かんだのは……想像したくない、ものだった。
百人の兵士で討伐に向かったが、帰ってきたのは僅か三十人。
つまり、残り七十人は、レッドドラゴンに……
「いや……そうでは、ない」
そこまで考えたところで、ガルドローブさんが首を振る。
「え?」
「貴殿も知っての通り、レッドドラゴンは獰猛な生き物だ。討伐には、最低でも兵士百名の数が必要とされる。
…………私は、無茶だと言ったんだ」
「無茶……?」
「……レッドドラゴン討伐に駆り出された人数は、半分の五十名。内二十名が、レッドドラゴンに殺された」
「なっ……」
ガルドローブさんの言葉を聞いて、俺は愕然とした。
レッドドラゴン討伐に必要な人数は百人とされている……しかし実際に討伐に出されたのは、半分の五十人だという。
それも、ガルドローブさんの台詞から察するに、お偉いさんがガルドローブさんの言葉も聞かず、人を出さず強行したのだろう。
なんの冗談だ!? この世界に生きている人間なら、レッドドラゴンがどれほど危険な生き物なのか、わかるだろうに!
人数が居ても、レッドドラゴンはきつい相手。
本来出さなければならない人数を渋り、結果五十人の約半分が失われた。なんて、バカな話なんだ!
「……って、怒っても仕方ないか。まずは、みんなの治療をしないと」
「お願い致します!」
とは言っても、三十人……すべてを見て回って、薬を取りに行って……俺一人で、回せるだろうか。
ガルドローブさんに手伝ってもらうと言っても、足は折れたままだし、動ける状況ではない。
しかし、人手がほしい。まずは、やっぱりガルドローブさんの骨折を治してから……
「まじゅつ師さん!」
そこへ、声が聞こえた。
「アピラ!? 店の中にいろって……」
「わたしに、できること、ないですか!?」
店内にいろという指示を聞かず、アピラは店の外に出ていた。
胸の前で手をギュッと握り、心配そうに。この光景、アピラのような子供が見ても、気分を悪くするのに違いないのに。
ここからでも、顔が青ざめているのが分かる。
足が小刻みに震えている。怖いのだ。
……それでも、なにかしたいと、言ってくれた。
「……じゃあ、俺が必要な薬を言うから、アピラはそれを持ってきてくれ!」
「はい!」
まずは、一番近くにいた兵士を見る。これは……打撲か。
全身を激しく打ち付けたようで、内出血を起こしている。その箇所に軽く触れるが、うめき声を上げている。
さらにその隣は、気を失うほどに腹部からの出血がひどい。
布を巻いて応急処置をしているが……
彼を庇うように、肩に手を貸していた女性。ひどいことに、顔に火傷の痕だ。
そんな重傷を負いながらも、仲間を運んできたのだろう。体力の消耗も激しいはずだ。
「アピラ! Aの二番と五番! それと、Bの三番! ただしAの五番は塗り薬だ!」
「はい!」
まず三人。その症状を見て、俺は叫ぶように声を張り上げる。
それを聞いたアピラは、すぐに店の中に入っていく。
今言った、AだのBだのといった英語。俺は、薬を効能ごとに分けて棚に並べている。
例えば、内傷の回復薬はA、外傷の回復薬はB、それ以外にもCやDといった具合に。
さらに、内傷の中でも様々な種類がある。
内出血、骨折、臓器損傷……それも、種類によって一番、二番、といった風に小分けしている。
それが、Aの一番、二番と英数字を並べるだけで、アピラでも中身がわからずとも取ってくることができる。
ガルドローブさんに頼んだとしても、今日初めて棚を見る人と、事前に見ているアピラとじゃ行動の速さも違う。
それに、アピラは物覚えがいい。きっと、時間はかからない。
「はい、持ってきました!」
「おう、サンキュー」
予想通り、アピラは三つの小瓶を抱え、走ってやって来た。
急いでくれたのだろう、額に汗が滲んでいる。
まさか、初日からこんな激しく動いてもらうことになるとは。
「私にもなにか、できることはないか」
「なら、みんなを元気づけてあげてください。それと、重傷者から見ていきたいので、傷が深そうな人を教えて下さい」
「わかった!」
こうした怪我には、基本的には飲み薬を使っている。
理由はと聞かれれば、塗り薬を使うと飲み薬より痛い、という意見を受けてからだ。だが、気を失っている兵士のように、うまく薬を飲めない人もいる。
そのために、飲み薬より数は少ないが、塗り薬も多少は揃えている。
「次、Dの六番、Bの一番、Dの三番! 塗り薬で、Aの三番!」
「はい!」
「しっかりしろ、もう少しで助かるからな!」
それぞれが、それぞれにできることをやっていく。
そのかいあってか、あんなにいた怪我人は、徐々に少なくなっていく。
中には、あと一歩で命を落としてしまうような者もいた。ガルドローブさんは彼に、「すまない」と謝っていた。
自分ではなく、部下にこのような深手を負わせてしまったことを、悔いているのだろう。
「……ふぅ」
ともあれ、だ。時間はかかったが、なんとか全員分の治療を終えた。
アピラ、ガルドローブさん……それに、途中から手伝ってくれた、通行人の人々にも、感謝だな。
途中からは、アピラが棚から薬を取り、それを通行人の人々が運んでくれるという……バケツリレーのような構図になり、時間は大きく短縮された。
みんなが協力してくれた、おかげだ。