……その日も、アピラはきびきびと働いてくれていた。
とはいえ、まだ小さいアピラにいきなり難しい仕事は頼めない。そのため、昨日と同じく看板娘を頼んだ。
驚いたのは、アピラの呼び込み能力だ。
昨日の件である程度のことを覚えたのか、店に入ろうか迷っているお客に自分から呼びかけて、案内するのだ。
しかも、どんな薬を欲しているのか、丁寧に聞き出していた。
「足がわるそうですね……まじゅつ師さん、よく効くお薬、ありませんか?」
「さいきんかんそうしてますからね、手がかさかさしてなやんでるんですか?」
「おじいちゃん、腰にいいお薬あるよ!」
というように、自分からお客に声をかけては、望んでいるものを聞き、連れてくる。
なんと商売上手な子なんだろう。
しかも、アピラは七歳の少女だ。やんわりと断る人はいても、「うるせえバカ野郎!」といった罵詈を吐き捨てていく人はいない。
アピラの方も、断ったお客を無理に引き止めることはせず、「ひどくなったら来てね」と声をかけていた。
「……これは、思わぬ拾い物だな」
アピラがここまで動けるとは、思わなかった。
仕込めば光る者はいるが、まさか仕込む前からこれだけのことができるとは……
これは昼飯、ご馳走してやらなければ。昨日のサンドウィッチやおにぎりではなく、もっと贅沢なものをな。
「まじゅつ師さん! まじゅつ師さん!」
「どうしたアピラー? すごい顔だぞ。あと、店では出来れば店長とか呼んでもらえると……」
「大変! 傷だらけの人が、いっぱい!」
血相を変えて店内に戻ってきたアピラ。その言葉の内容に、俺も気が引き締まるのを感じた。
傷だらけの人が、いっぱいだと?
しかし、だからといって慌てる必要はない。別に、その人たちがここに向かってきているわけでもないんだ。
客ってわけでもないし、だから……
「こっち来てる!」
「……マジか」
そしてその僅か数秒後、一人の男が入ってきた。ふむ、なるほど……確かに傷だらけだ。
頭には包帯を巻き、白い包帯には赤い血がにじんでいる。
露出している顔や腕にも無数の擦り傷がある。さらに、足取りはふらついており、とても健常者のそれではなかった。
……その上、その身に着ているのが、鎧だ。一般の人間なら、まず着ることのないだろう鎧。
そんなものを着て、こんなボロボロで、なにかがあったのは一目瞭然だ。鎧も傷だらけだし。
店内には、まだお客が残っているが、みんな呆気に取られている。
「はぁ、はぁ……ここは、例の評判高い、薬屋か?」
ボロボロの男は、肩で息をしながら、壁にもたれつつ口を開く。
まるで歴連の戦士のような、面構えだ。
「評判がどうかはわかりませんが、ここは確かに薬屋ですよ」
「……そうか」
それを聞いた瞬間、男は少しほっとした様子を見せる。見た感じ、四十代くらいだろうか……
ボロボロなのに、どこか頼もしさを感じる雰囲気だ。
しかし、アピラが言っていた、たくさんの人たちとは……
「すまないが、部下たちが負傷してしまってな。大勢ゆえ外で待たせているが、彼らに回復薬を貰えないだろうか」
男は、苦しそうにしながらも目的を告げた。なるほど、他の人間は外で待たせている。だからこの場にはいないし、自分が率先して薬を求めに来た。
それに、自分も重傷なのに、部下の傷を優先するとは、部下想いのいい人だ。
鎧姿に、部下、そしてボロボロの姿……もはや正体は、わかりきっている。
「国の兵士さんですね。なにがあったんです」
俺はカウンターから飛び出すように出ていき、男に駆け寄る。
俺は、男の症状を確認しつつ話しかける。
見た感じ重傷であったが、右足が折れていることを除けば見た目ほどたいした怪我ではない。
足がふらついている、というか引きずっているのは折れているためだ。
内臓も傷ついているが、命に別状はない。
とはいえ、放置すれば悪化するのは間違いない。今すぐの処置が必要だ、特に内臓は。
即座に処置すべき回復薬を、頭の中に浮かべる。
本当なら、病院で適切に治療してもらった方が良いんだが……ともあれ、応急処置を。
「王国兵士長、ガルドローブだ。実は、王の命で……レッドドラゴンを討伐に向かったが……情けない。部下共々やられて、はぁ、このザマだ」
「レッドドラゴン」
回復薬を棚から取り出しつつ、男……ガルドローブさんの話を聞く。
レッドドラゴンの討伐か……そういえば、昨日訪れたお客が、そのようなことを言っていたな。
『そういや、聞いたかいレイさん。少し前に、王国の兵団がレッドドラゴンを討伐に向かったらしい』
怪我人が出ることは予想していたが、戻ってくるのがずいぶんと早かったな。
もしかしたら、俺が話を聞いた時点ですでに、やられて引き返しているところだったのか。
俺は、二種類の回復薬を持ち、ガルドローブさんに渡す。
「これを。骨折に効く薬と、内臓に効く薬です。ゆっくり、飲んで下さい」
「見ただけで、必要なものがわかるとは……評判通りというわけか」
「これでも人を見る目は養ってきたので」
「だが、こっちだけでいい。部下もたくさん傷ついている、そちらに回してくれ」
と、ガルドローブさんは骨折に効く回復薬は避け、内臓に効く回復薬のみを飲んでいく。
部下のために、我慢できる痛みは我慢し、部下の治療に回すってことか。
骨折も、痛いはずだが……内臓に比べ、痛みは少ない。
「んっ…………これは、すばらしいな。胸のむかむかが、晴れていくようだ。感謝する」
「いえ」
何度かに分け、少量ずつを飲んでいく。
そのおかげもあって、どうにか薬は効いてくれたようだ。
さて、あと残るは、外にいる部下たちか。アピラには店内で待つように伝え、俺は外に出る。
「っ……これは」
そこには、たくさんの兵士たちがいた。
軽傷の者から、中にはガルドローブさんよりも重傷だとわかる者も。
その人数、ざっと三十人ほど。ここは大通りではないとはいえ、それなりの人通りのある場所だ。
それだけの数の兵士が、座り込み倒れ込み、血を流していれば、通行人の反応は様々だ。
三十人ほどの兵士は、道を占領する形になっている。それを責めるつもりはない、余裕がないのだ。
だが、それよりももっと気にかかることがあった。
……足りない。