目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第15話 傷だらけの兵士たち



 ……その日も、アピラはきびきびと働いてくれていた。

 とはいえ、まだ小さいアピラにいきなり難しい仕事は頼めない。そのため、昨日と同じく看板娘を頼んだ。


 驚いたのは、アピラの呼び込み能力だ。

 昨日の件である程度のことを覚えたのか、店に入ろうか迷っているお客に自分から呼びかけて、案内するのだ。

 しかも、どんな薬を欲しているのか、丁寧に聞き出していた。


「足がわるそうですね……まじゅつ師さん、よく効くお薬、ありませんか?」


「さいきんかんそうしてますからね、手がかさかさしてなやんでるんですか?」


「おじいちゃん、腰にいいお薬あるよ!」


 というように、自分からお客に声をかけては、望んでいるものを聞き、連れてくる。

 なんと商売上手な子なんだろう。


 しかも、アピラは七歳の少女だ。やんわりと断る人はいても、「うるせえバカ野郎!」といった罵詈を吐き捨てていく人はいない。

 アピラの方も、断ったお客を無理に引き止めることはせず、「ひどくなったら来てね」と声をかけていた。


「……これは、思わぬ拾い物だな」


 アピラがここまで動けるとは、思わなかった。

 仕込めば光る者はいるが、まさか仕込む前からこれだけのことができるとは……


 これは昼飯、ご馳走してやらなければ。昨日のサンドウィッチやおにぎりではなく、もっと贅沢なものをな。


「まじゅつ師さん! まじゅつ師さん!」


「どうしたアピラー? すごい顔だぞ。あと、店では出来れば店長とか呼んでもらえると……」


「大変! 傷だらけの人が、いっぱい!」


 血相を変えて店内に戻ってきたアピラ。その言葉の内容に、俺も気が引き締まるのを感じた。

 傷だらけの人が、いっぱいだと?


 しかし、だからといって慌てる必要はない。別に、その人たちがここに向かってきているわけでもないんだ。

 客ってわけでもないし、だから……


「こっち来てる!」


「……マジか」


 そしてその僅か数秒後、一人の男が入ってきた。ふむ、なるほど……確かに傷だらけだ。


 頭には包帯を巻き、白い包帯には赤い血がにじんでいる。

 露出している顔や腕にも無数の擦り傷がある。さらに、足取りはふらついており、とても健常者のそれではなかった。


 ……その上、その身に着ているのが、鎧だ。一般の人間なら、まず着ることのないだろう鎧。

 そんなものを着て、こんなボロボロで、なにかがあったのは一目瞭然だ。鎧も傷だらけだし。


 店内には、まだお客が残っているが、みんな呆気に取られている。


「はぁ、はぁ……ここは、例の評判高い、薬屋か?」


 ボロボロの男は、肩で息をしながら、壁にもたれつつ口を開く。

 まるで歴連の戦士のような、面構えだ。


「評判がどうかはわかりませんが、ここは確かに薬屋ですよ」


「……そうか」


 それを聞いた瞬間、男は少しほっとした様子を見せる。見た感じ、四十代くらいだろうか……

 ボロボロなのに、どこか頼もしさを感じる雰囲気だ。


 しかし、アピラが言っていた、たくさんの人たちとは……


「すまないが、部下たちが負傷してしまってな。大勢ゆえ外で待たせているが、彼らに回復薬を貰えないだろうか」


 男は、苦しそうにしながらも目的を告げた。なるほど、他の人間は外で待たせている。だからこの場にはいないし、自分が率先して薬を求めに来た。

 それに、自分も重傷なのに、部下の傷を優先するとは、部下想いのいい人だ。


 鎧姿に、部下、そしてボロボロの姿……もはや正体は、わかりきっている。


「国の兵士さんですね。なにがあったんです」


 俺はカウンターから飛び出すように出ていき、男に駆け寄る。


 俺は、男の症状を確認しつつ話しかける。

 見た感じ重傷であったが、右足が折れていることを除けば見た目ほどたいした怪我ではない。


 足がふらついている、というか引きずっているのは折れているためだ。

 内臓も傷ついているが、命に別状はない。

 とはいえ、放置すれば悪化するのは間違いない。今すぐの処置が必要だ、特に内臓は。


 即座に処置すべき回復薬を、頭の中に浮かべる。

 本当なら、病院で適切に治療してもらった方が良いんだが……ともあれ、応急処置を。


「王国兵士長、ガルドローブだ。実は、王の命で……レッドドラゴンを討伐に向かったが……情けない。部下共々やられて、はぁ、このザマだ」


「レッドドラゴン」


 回復薬を棚から取り出しつつ、男……ガルドローブさんの話を聞く。

 レッドドラゴンの討伐か……そういえば、昨日訪れたお客が、そのようなことを言っていたな。



『そういや、聞いたかいレイさん。少し前に、王国の兵団がレッドドラゴンを討伐に向かったらしい』



 怪我人が出ることは予想していたが、戻ってくるのがずいぶんと早かったな。

 もしかしたら、俺が話を聞いた時点ですでに、やられて引き返しているところだったのか。


 俺は、二種類の回復薬を持ち、ガルドローブさんに渡す。


「これを。骨折に効く薬と、内臓に効く薬です。ゆっくり、飲んで下さい」


「見ただけで、必要なものがわかるとは……評判通りというわけか」


「これでも人を見る目は養ってきたので」


「だが、こっちだけでいい。部下もたくさん傷ついている、そちらに回してくれ」


 と、ガルドローブさんは骨折に効く回復薬は避け、内臓に効く回復薬のみを飲んでいく。

 部下のために、我慢できる痛みは我慢し、部下の治療に回すってことか。


 骨折も、痛いはずだが……内臓に比べ、痛みは少ない。


「んっ…………これは、すばらしいな。胸のむかむかが、晴れていくようだ。感謝する」


「いえ」


 何度かに分け、少量ずつを飲んでいく。

 そのおかげもあって、どうにか薬は効いてくれたようだ。


 さて、あと残るは、外にいる部下たちか。アピラには店内で待つように伝え、俺は外に出る。


「っ……これは」


 そこには、たくさんの兵士たちがいた。

 軽傷の者から、中にはガルドローブさんよりも重傷だとわかる者も。


 その人数、ざっと三十人ほど。ここは大通りではないとはいえ、それなりの人通りのある場所だ。

 それだけの数の兵士が、座り込み倒れ込み、血を流していれば、通行人の反応は様々だ。


 三十人ほどの兵士は、道を占領する形になっている。それを責めるつもりはない、余裕がないのだ。

 だが、それよりももっと気にかかることがあった。


 ……足りない。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?