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第14話 勝手に従業員認定



「おはよーございまーす!」


「……」


 昨夜、俺はアピラを教会へと送り届けた。

 出迎えてくれたのはノータルトさんではなく、少し年配の女性だった。


 アピラが迷惑をかけたことへの謝罪と礼をされ、菓子折りを持たされそうになったが……助かったのはこちらもだからと、それを拒否した。

 礼が欲しくてやったことではないし、あんな話を聞いた後ではなおさら食料はもらえない。


 いつの間にか寝てしまっていたアピラ。担いでいた彼女を女性へと引き渡し、俺は去った。

 この国にいる限りは、また会うことはあるだろう。


 ……そう思っての、翌朝のこと。


「……なぜいる?」


 俺の頭の中には、クエスチョンマークが踊っていた。

 なぜ、アピラが今日、またここにいるのか。部屋の前に立っているのか。


 昨日のように、扉をドンドン叩くことはなかった。

 人の気配を感じ、扉を開けたらそこにいたのだ。


 え、ずっと部屋の前に立っていたの? 怖い。


「あれ、わたしもうじゅーぎょーいんなんですよねえ?」


「言ってないけど!?」


 なぜか、アピラの方が困惑顔だ。いや、困惑しているのは俺なんだが?

 なぜか、アピラの中では、アピラが薬屋の従業員になったらしい。

 なぜか、アピラはそこにいた。当たり前のように。


 確認しておくが、俺はそんなことは言っていない。


「でも、わたしがいて助かったって、いってたじゃないですか」


「いやそれは言ったけども! それと雇うこととは別であったね!」


「……そう、ですか」


 ヤバい、なんか泣きそう。なんで朝一から、俺は幼女を泣かせるような光景に直面しているんだ。


 とりあえず、部屋の前で話していたら、この場面を見られたときにあらぬ誤解を受けそう。

 なので、部屋の中に招いた。ベッドの上に正座させる。


「アピラ、俺は君を従業員にしてはいないんだ。わかるかい?」


「でも、ジェスマおじちゃん、まじゅつ師さんによろしくしてもらえって、言ってたよ」


 ジェスマおじちゃん……あぁ、ノータルトさんか。

 え、あの人なにを勝手なことを言ってるの?


 まさか昨日の挨拶、アピラをここで働かせるつもりで来たのか? ハメられた? 俺は、ハメられたのか?


「いや、でもな……」


「だめ?」


 目に涙を溜めて、ダメなのかと聞いてくる。その目は卑怯だぞ。


「そもそも、君みたいな小さい子を働かせるわけには……昨日のは、あくまで一時的なものであって……」


「あ、そういわれたらこれを見せなさいって、ジェスマおじちゃんが持っていけって!」


 アピラのような小さい子を働かせるわけにはいかない。

 これまでにも従業員を雇ったことはあるが、それは全員成人済み。もしくは、ちゃんと国の許可を得た者だ。


 いずれにしても、こんな小さな子は従業員にしたことはない。

 しかし、アピラがポケットから出した紙。

 折りたたまれたそれを開き、内容を確認すると……俺は、目を疑った。


「それ、じゅーぎょーいんきょかしょー? とかいうやつを見せれば、まじゅつ師さんは逃げられないだろうって!」


「なにやってくれてんだあのおっさんは!」


 その紙に書いてあったのは……そもそもその紙は、国から発行される特別な紙だ。

 そしてこの国の王の名前が書いてあり、内容はこのようになっていた。


『アピラ少女七歳、"不老の魔術師"レイの下で働くことを認める』


 ……許可証だった。従業員許可証だった。


「あのおっさん、なにを人の許可も取らずに国の許可取っとるんじゃ! ふざけやがって!」


 なぜか外堀を埋められている。

 そもそも、一度会っただけの、見知らぬ人物の所に自分たちで育てた子供を働かせていいのか!?


 そして、アピラはそれに納得しているのか!?


 ……してるんだろうなぁ。じゃなければ、ここには来ないよ。


「どうですか、まじゅつ師さん!」


「……アピラは、それでいいの?」


 とりあえず、ノータルトさんには後日きちんと話をさせてもらうとして。

 アピラの意思を、ちゃんと聞いておかないと。


 俺自身、許可証まで持ってこられては、実際のところアピラを拒絶する理由などないのだから。

 拒否する理由も、幼いからというのが問題だったわけだし。


「はい! まじゅつ師さんといっしょにいたいです!」


 ……なんで、この子はこんなにも俺と……?

 ただ有名人だから、にしては、どうにも納得いかないところもあるが。


 まあ、本人がそれでいいなら、いいか。


「わかった。正式に従業員となったからには、ちゃんと給料も出す」


「きゅーりょ?」


「お金のことだよ。働いた者に対する報酬……ご褒美って言えば、わかるかな」


「ごほうび!」


 アピラは、ご褒美の一言で、その場で両手を上げて腰を揺らす。

 飛び跳ねたいが、その衝動を抑えているのだろうか。ベッドがギシギシ揺れている。


 それから、アピラは「あ」となにかを思い出したかのように、声を漏らした。


「教会の子たちも、何人かはきゅーりょっていうのもらってる!」


「他の子も?」


 ……つまり、教会に保護されている子は、他にも働いているってことか。

 孤児である彼女たちに、社会勉強の一環で、国が正式に許可しているのかもしれない。

 子供に無理やり働かせているのだとしたら、国からの許可が出るはずもないしな。


 昨日ノータルトさんが来たように、一度目で見てそこは安全かを、確認しているのかもしれないな。


「はぁ、なんか一杯食わされた感じだ」


「?」


「いや、なんでもない」


 予想外に従業員が一人、増えてしまった。

 あまり広くない店だが、まあこんな小さな子供一人くらいなら、なんとかなるだろう。


 俺としても、アピラがいることで儲けが出るのなら、言い方はあれだが利用させてもらうさ。


「ところでアピラ、朝ご飯は?」


「食べてきた!」


「そっか」


 昨日も、あんな朝早くからいたが、食べてきたと言っていたしな。教会の朝は早いのかもしれない。

 俺もさっさと、支度をするか。


「あ、忘れてた!」


「うん?」


「まじゅつ師さん! これからよろしくお願いします!」


「……はい、こちらこそ」


 まったく、面白おかしい子に懐かれたものだ。

 とはいえ、こういうのも久しぶりかもしれないな……今までは誰かに深入りすることはなかったし。こんなにしつこく話しかけてくる者も、いなかった。


 これだけ幼ければ、俺の知識を狙ってくるような連中とも、違う。

 なんだか、気兼ねなく安心できる存在って、感じだ。



 ……そしてこの数時間後、さっそく思い知ることになる。アピラがいて良かったという、ありがたみを。

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