「おはよーございまーす!」
「……」
昨夜、俺はアピラを教会へと送り届けた。
出迎えてくれたのはノータルトさんではなく、少し年配の女性だった。
アピラが迷惑をかけたことへの謝罪と礼をされ、菓子折りを持たされそうになったが……助かったのはこちらもだからと、それを拒否した。
礼が欲しくてやったことではないし、あんな話を聞いた後ではなおさら食料はもらえない。
いつの間にか寝てしまっていたアピラ。担いでいた彼女を女性へと引き渡し、俺は去った。
この国にいる限りは、また会うことはあるだろう。
……そう思っての、翌朝のこと。
「……なぜいる?」
俺の頭の中には、クエスチョンマークが踊っていた。
なぜ、アピラが今日、またここにいるのか。部屋の前に立っているのか。
昨日のように、扉をドンドン叩くことはなかった。
人の気配を感じ、扉を開けたらそこにいたのだ。
え、ずっと部屋の前に立っていたの? 怖い。
「あれ、わたしもうじゅーぎょーいんなんですよねえ?」
「言ってないけど!?」
なぜか、アピラの方が困惑顔だ。いや、困惑しているのは俺なんだが?
なぜか、アピラの中では、アピラが薬屋の従業員になったらしい。
なぜか、アピラはそこにいた。当たり前のように。
確認しておくが、俺はそんなことは言っていない。
「でも、わたしがいて助かったって、いってたじゃないですか」
「いやそれは言ったけども! それと雇うこととは別であったね!」
「……そう、ですか」
ヤバい、なんか泣きそう。なんで朝一から、俺は幼女を泣かせるような光景に直面しているんだ。
とりあえず、部屋の前で話していたら、この場面を見られたときにあらぬ誤解を受けそう。
なので、部屋の中に招いた。ベッドの上に正座させる。
「アピラ、俺は君を従業員にしてはいないんだ。わかるかい?」
「でも、ジェスマおじちゃん、まじゅつ師さんによろしくしてもらえって、言ってたよ」
ジェスマおじちゃん……あぁ、ノータルトさんか。
え、あの人なにを勝手なことを言ってるの?
まさか昨日の挨拶、アピラをここで働かせるつもりで来たのか? ハメられた? 俺は、ハメられたのか?
「いや、でもな……」
「だめ?」
目に涙を溜めて、ダメなのかと聞いてくる。その目は卑怯だぞ。
「そもそも、君みたいな小さい子を働かせるわけには……昨日のは、あくまで一時的なものであって……」
「あ、そういわれたらこれを見せなさいって、ジェスマおじちゃんが持っていけって!」
アピラのような小さい子を働かせるわけにはいかない。
これまでにも従業員を雇ったことはあるが、それは全員成人済み。もしくは、ちゃんと国の許可を得た者だ。
いずれにしても、こんな小さな子は従業員にしたことはない。
しかし、アピラがポケットから出した紙。
折りたたまれたそれを開き、内容を確認すると……俺は、目を疑った。
「それ、じゅーぎょーいんきょかしょー? とかいうやつを見せれば、まじゅつ師さんは逃げられないだろうって!」
「なにやってくれてんだあのおっさんは!」
その紙に書いてあったのは……そもそもその紙は、国から発行される特別な紙だ。
そしてこの国の王の名前が書いてあり、内容はこのようになっていた。
『アピラ少女七歳、"不老の魔術師"レイの下で働くことを認める』
……許可証だった。従業員許可証だった。
「あのおっさん、なにを人の許可も取らずに国の許可取っとるんじゃ! ふざけやがって!」
なぜか外堀を埋められている。
そもそも、一度会っただけの、見知らぬ人物の所に自分たちで育てた子供を働かせていいのか!?
そして、アピラはそれに納得しているのか!?
……してるんだろうなぁ。じゃなければ、ここには来ないよ。
「どうですか、まじゅつ師さん!」
「……アピラは、それでいいの?」
とりあえず、ノータルトさんには後日きちんと話をさせてもらうとして。
アピラの意思を、ちゃんと聞いておかないと。
俺自身、許可証まで持ってこられては、実際のところアピラを拒絶する理由などないのだから。
拒否する理由も、幼いからというのが問題だったわけだし。
「はい! まじゅつ師さんといっしょにいたいです!」
……なんで、この子はこんなにも俺と……?
ただ有名人だから、にしては、どうにも納得いかないところもあるが。
まあ、本人がそれでいいなら、いいか。
「わかった。正式に従業員となったからには、ちゃんと給料も出す」
「きゅーりょ?」
「お金のことだよ。働いた者に対する報酬……ご褒美って言えば、わかるかな」
「ごほうび!」
アピラは、ご褒美の一言で、その場で両手を上げて腰を揺らす。
飛び跳ねたいが、その衝動を抑えているのだろうか。ベッドがギシギシ揺れている。
それから、アピラは「あ」となにかを思い出したかのように、声を漏らした。
「教会の子たちも、何人かはきゅーりょっていうのもらってる!」
「他の子も?」
……つまり、教会に保護されている子は、他にも働いているってことか。
孤児である彼女たちに、社会勉強の一環で、国が正式に許可しているのかもしれない。
子供に無理やり働かせているのだとしたら、国からの許可が出るはずもないしな。
昨日ノータルトさんが来たように、一度目で見てそこは安全かを、確認しているのかもしれないな。
「はぁ、なんか一杯食わされた感じだ」
「?」
「いや、なんでもない」
予想外に従業員が一人、増えてしまった。
あまり広くない店だが、まあこんな小さな子供一人くらいなら、なんとかなるだろう。
俺としても、アピラがいることで儲けが出るのなら、言い方はあれだが利用させてもらうさ。
「ところでアピラ、朝ご飯は?」
「食べてきた!」
「そっか」
昨日も、あんな朝早くからいたが、食べてきたと言っていたしな。教会の朝は早いのかもしれない。
俺もさっさと、支度をするか。
「あ、忘れてた!」
「うん?」
「まじゅつ師さん! これからよろしくお願いします!」
「……はい、こちらこそ」
まったく、面白おかしい子に懐かれたものだ。
とはいえ、こういうのも久しぶりかもしれないな……今までは誰かに深入りすることはなかったし。こんなにしつこく話しかけてくる者も、いなかった。
これだけ幼ければ、俺の知識を狙ってくるような連中とも、違う。
なんだか、気兼ねなく安心できる存在って、感じだ。
……そしてこの数時間後、さっそく思い知ることになる。アピラがいて良かったという、ありがたみを。