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第13話 おにぎりの味はおいしくて



 めちゃくちゃ俺のことを見てくる。手の中にあるおにぎりを、早く食べたいと訴えている。

 そんな目で見なくても。というか、俺の許可などいらないというのに。


 ただ、こうも待ち焦がれた様子を出されると、少しいたずらしてしまいたくなってしまうな。

 ……ま、今日の功労者にそれは野暮かな。


「あぁ、どうぞお食べ」


「! いただきまふ!」


 許可すると同時、アピラはおにぎりにかぶりつく。

 その瞬間、目を見開き、口に含んだご飯を何度かもぐもぐと租借し飲みこんだ後、再び食べ進めていく。


 そんなに急いで食べないでも、ご飯は逃げないというのに。それに……


「おいおい、そんな急いで食べたら……」


「……んっ、んん!」


「……言わんこっちゃない」


 忠告する前に、アピラは食事の手を止め、なんだか苦しそうに首を振っている。

 ご飯を、あんなに勢いよく食べたから、喉に詰まったのだ。


 俺はその様子に苦笑いを浮かべてから、コップに水を注ぐ。


「ほら、お水だ。そんなに焦らないでいいから」


「んっ……んく、んくっ……ぷはぁ! おいしいです、とっても!」


 受け取った水を一気に飲み干したアピラは、極上の笑顔を見せてくれた。

 おにぎり一つで、ここまで笑ってくれるなんて。ただ、口の端に7ご飯粒がついてしまっているが。

 そこもかわいいところだろう。


 ……そういえば、これまでに食べ物の店は出してそこでお客さんに感謝されることはあったが……

 こうして一対一で、誰かになにかをごちそうしたのは、いったいいつ以来だろうな。


 その後、おにぎりを食べ終えたアピラは、軽くお腹を擦りつつ満足げに、ため息を漏らすのだった。


「はぁ、まさかこんなおいしいものがあるなんて」


「大袈裟だな。ご飯を握っただけだぞ」


「だけ、なんてとんでもないです! ほかほかのごはん、程よい柔らかさのお米、熱々だけど食欲を誘う香り、ほんのりと感じるぴりっとしたしょっぱい塩の味……完璧です! お米とお塩で、こんなおいしくなるなんて! なにより、まじゅつ師さんが作ってくれたんです、おいしくないはずがありません!」


「お、おう」


 なんだろう……食のことになると、すごい饒舌になるのなこの子。

 というか、俺が作ったからってそこまで豪勢なものにはならないと思うが。


 それに、妙にグルメレポートがしっかりとしている。

 なんかちょっと、心配になるくらいだ。おにぎり一つでこの反応……嬉しいような、ちょっと心配なような。


「アピラ、いつもちゃんと食べてる?」


 ……もしかしたら食事を抜かれている。そういった心配も頭をよぎったが……


「はい。教会の人たち、みんないい人で、自分たちのごはんもわけてくれるんですよ! でも、あんまりぜいたくはできないって言ってました」


 どうやら、そういう心配はなさそうだ。

 アピラも、嘘をついている様子はないしな。こういういい子は、嘘をつくときは挙動がおかしくなるものだ。


 それはそれとして、なるほど、贅沢が出来ない……か。

 それは教会に限った話なのか、この国全体の問題なのかわからないが、彼らの懐事情がよろしくないというのは確かなようだ。


 それでも、大人たちは自分の分を減らしてまで、子供たちに食事を分けている。あたたかい話だ。

 だけど、それだけでは改善できないのが、教会の事情か。


 ……ノータルトさん、妙に細いなと思っていたが、まさかそういう事情だったのだろうか。

 子供たちに食事を分け、自分たちは満足に食事ができていないと。


「そっか……それは、心配だな」


 ないとは思うが、俺が今日アピラにおにぎりをあげたことに関して、後でアピラが咎められないだろうか。

 一応、口止めしておいた方がいいな。でも、しゃべっちゃわないか心配だなぁ。送っていったあと、ノータルトさんにだけは事情を説明しておいた方がよさそうだな。


 ……あまり贅沢が出来ないというのは、これまでに訪れた場所でも何度も目にしてきた。

 してきたが、特に俺がなにか行動を移すことはなかった。


 薄情だと思われるかもしれないが、その場所に居つくならともかく、いずれその場所を発つ俺が寄付などしても、それは一時しのぎにしかならないと感じたからだ。

 いや、俺の立場も考えれば、たとえその場所に永住したとして金をたかられる可能性が高い。


 協会ともなれば、そんなことはしないとは思うが……だとしても、だ。

 多くの子供を抱え、そのためにお金が足りないのだろう。そこに、俺が一時的に協力したとして、なんの解決にもならない。


「……」


「まじゅつ師さん?」


「あ、なんでもないよ。じゃ、もう遅いし帰ろうか」


「えー」


「えーじゃありません」


 不安げなアピラの手を、そっと握る。

 腹も少しは満たせただろうし、そろそろ送っていかないとな。


 寄付とかそんなんじゃなく、もっと根本的な段階でなんとかできないか……これまでにも何度か考えたことだ。

 そんなことを思いつつ、俺はアピラを連れ、家を出た。教会へと、向かった。


 ちらと教会を覗いてみたが、アピラと同じような子供が何人もいた。

 みんな仲が良さそうだし……なにもなさそうで、よかった。

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