さて、昼食を取り、午後からの仕事へと移行したタイミングで、ノータルトさんは帰っていった。
最後、アピラをよろしくお願いいたしますと言われたが……
……あれ。いつの間にか、俺が面倒見るようになってる?
いやまあ、働かせてしまっている以上少なくとも今日は面倒見るつもりだけどさ。
「そうだ。最近肩こりがひどくて……なにか、いい薬はありませんかな」
「それなら、これはいかがですか。塗り薬で、寝る前に塗ってもらえれば、効果は表れると思います」
「では、それを一本」
帰る直前に、ノータルトさんは薬を一本購入していった。
ただ話をして帰るだけでは申し訳ないと思ったのだろうか。それとも、実際に肩こりがひどいのか。
まあ、教会の神父なんて疲れそうな仕事だもんな。嘘じゃないだろう。
それに、悪い人でもない。
アピラもニコニコしながら接していたし、俺も話してみた感じ、いい人のようだ。
「まじゅつ師さん、お客さんだよ!」
「はいはい」
アピラをよろしく言われたのは……まあ、助かってはいるからいいか。
それに、アピラ自身飽きたら自然と帰るだろう。社会見学的な感じで、しばらくは好きにさせてみよう。
小さな看板娘と、見た目は成人したばかりの店主。
話題としては充分だったようで、午後になってからも人が途切れることはなかった。
中には、こういう薬が欲しい、と注文してくるお客さんもいた。詳細を伝えてもらえば、どんな薬が良いかはこちらで判断できる。
そして、時間は過ぎる。早くも、閉店の時間となった。
今日は、アピラのことも考えいつもより早めに切り上げることにしたが。
「ふぅ……終わった終わった」
「終わったー」
しかし、子供の体力とは恐ろしいものだ。あれだけ動き続けて、まったく疲れた様子はない。
俺はというと、十五歳の体なために相応の疲れしか溜まっていないが……精神的な疲れは、ある。
予想していた以上にお客さんが多かったからだ。アピラがいなかったら、どうなっていたか。
……いや、こんなにお客が来たのは、アピラがいたからってのもあるのかもしれないしな。
「はふー、まじゅつ師さん、いつもこんな大変なの?」
「大変ではあるな。いつもこんなには多くないけど」
「へー、すごーい!」
「ふふん」
さて、暗くなる前に、アピラを送り帰すとするか。
いくら俺の所にいるとわかっていても、帰りがあんまり遅くてはノータルトさんが心配になるだろう。
ここから教会までは、そう遠くはない。
「じゃあアピラ、教会に送ってあげるから……」
ぐぎゅるるる……
「……」
……響いたのは、腹の音だった。それが誰によるものか、考えるまでもない。
俺ではない、そしてこの場にいるのは、俺以外には一人しかいない。
無言で、アピラを見る。彼女の顔は、意外にも真っ赤であった。
「う……だ、だって、今日いっぱい、いっぱい動いたし……お、おなかすいちゃったんだもん!」
なにも言っていないのに、勝手に弁解を始めるアピラ。
ふむ、まさか腹が減ったことで恥ずかしがるとは。そういうのは恥ずかしがらない子だと思っていた。
しかし、確かにアピラは頑張っていた。
こちらから手伝ってくれと言ったわけではないし、アピラが勝手にやっていたこととはいえ……
「仕方ない。なら、おにぎり作ってやる」
「おにぎり?」
アピラは、きょとんと目を丸くした状態で、首を傾げる。
その様子を見るに、おにぎりというものを食べたことがないどころか、そういう食べ物があると知らないのだろう。
俺は店の奥に行く。なにも言っていないが、とことことアピラが後ろからついてくる。
まるで、カルガモの子供みたいだ。
一室の中にあるのは、炊飯器。その中には、炊き立てのご飯が入っている。
この時間に炊き上がるように、予めセットしておいたのだ。
「ごはんだ!」
白く炊き立ての湯気を上らせる白米を見て、アピラは目を輝かせる。
異世界だと侮ることなかれ、この世界は元の世界と似たような食べ物や機械がある。
……とはいえ、俺が転生したばかりの頃は、こんなものなかったんだがな。ま、三千年もの時間が経てば、いろいろなものが出来る。
……どこからともなく現れた旅人が、その国にはない知識を広めて去っていった。
そんな風に、世界中の技術を発展させていった。そんな話が、あちこちで囁かれている。
もちろん俺は無関係だ、えぇ無関係ですもの。世界中あらゆる場所を回って、元の世界の知識を再現したとか、そんなことはないですもの。
「ちょっと待ってな」
早くも、炊飯器の中にあるご飯にかぶりつこうとするアピラを静止し、俺は手を水で濡らす。
そして濡れた手で、熱々のご飯を手掴み、それを両手を使って握っていく。
三角の形をイメージ。握っていくご飯は丸から、次第に三角の形へ。
ちなみに、握る直前にご飯に少量の塩をかけるのも忘れない。
「ほい、出来たぞ。熱いから気をつけてな」
最後に、アピラが火傷をしてしまわないようにラップに包んでから、おにぎりを渡す。
その様子を、アピラは物珍しそうに見つめていた。
「おぉ……!」
手に取り、それをまじまじ見つけている。本当ならこんな少量ではなく、もっとたくさんごちそうしたいところだが……
今お腹いっぱいにさせては、帰ってから晩飯を食べられなくなってしまう。
もしかしたら、教会ではみんな揃って食事をしなければならない、という決まりがあるのかもしれない。
だから、今は小腹を満たしてもらうに抑えておいた方がいい。
「おにぎり、食べたことないのか?」
「うん。まっしろなごはんは食べるけど、おにぎりははじめて!」
もう、目が俺に「食べていい? 食べていい?」と訴えかけてきている。