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第11話 嘘と真実



 アピラには両親がいないという話だが……

 こうして見ていると、アピラとノータルトさんが親子のようにも見える。


「で、ノータルトさん、用件は?」


「用件、というほどのものではございません。この子が、魔術師様の邪魔をしていないか、その確認ですよ」


 俺の邪魔、か。確かに、昨夜や朝早くの訪問は、このガキどうしてやろうかとも思ったが……

 これが、なかなかどうして一生懸命に働く。だから、頑張ってくれている分、邪魔だとは思っていない。


 とはいえ、きれいな言葉だけで飾っても、アピラのためにならない。なので、ありのままを伝えた。

 昨夜、今朝早くに訪ねてきたこと。うるさいと隣の部屋の人に怒られたこと。仕事を手伝いたいと言われたこと。ただの暇つぶしかと思っていたが、わりとしっかりやっていること。


 気づけば、十個あったサンドウィッチの半分以上はなくなり、アピラの姿は消えていた。

 窓の外に見えるため、食後の運動として外を駆け回っているのだろう。

 自由だなあ。


「やれやれあの子は。元気なのはいいのですが、程度を知らないものでしてね」


「……あの子捨て子だって、聞きましたけど、よくあんな明るく育ちましたね」


「……んむ? 捨て子?」


 元気なアピラ。その生い立ちを思えばこそ、彼女は強いと、そう思った。

 しかし、彼女の生い立ち……すなわち捨て子だと、そう口に出した瞬間、ノータルトさんは首を傾げた。


 きょとんと。なにを言っているのだあなたは、といったニュアンスで。

 まったく身に覚えがない……そう、言っているようだ。


「え、違うんですか? あの子……アピラが、自分は捨て子だと」


「……そういうことでしたか」


 長いあごひげ……座っているのに机に届きそうなほどに長いそれを、右手で撫でつける。

 ノータルトさんはどこか納得がいったというように、うなずいていた。


「あの子は、捨て子ではありません。

 ですが……そう、本人が認識してしまっていても、不思議はないのかもしれませんな」


「……どういうことですか?」


 ノータルトさんの言葉は、どこか意味深だ。

 捨て子ではないが、アピラは自身が捨て子だと認識しているという。気にはなるが、しかしわざわざ理由を聞くまでもない……のに。


 ……自分でも、無意識のうちにあの子のことを、知りたいと思っていたのかもしれない。


「もう、五年も前になりますか……とある夫婦が、小さな子供を連れて来たのです。この子を預かって欲しいと……その頃の記憶が残っているのかはわかりませんが、幼子だったあの子にとって、両親に捨てられたも同然なのでしょうな」


「……」


「もしかしたら、最初から両親など、いなかったことにしたいのかもしれません」


 アピラから聞いた話と、違うところはあった。だが、両親がアピラを手放したことに、変わりはない。

 幼いアピラにとっては、どちらにせよ両親に捨てられたと思ってしまっても、不思議ではないのだ。


 子供本人にとっては……親が居なくなったという事実は、変わらない。


「どうして、アピラを手放したんでしょう」


「さて……生活が苦しいから、致し方なく……といった理由だったと、記憶しておりますな」


 ……生活が苦しいから、子供を手放すか。正直、そんな理由で子供を手放した者は何人も見てきた。

 ある者は喜々として、ある者は悲しそうにして。


 しかし、どんな理由があろうと、子供を手放すなんて。

 それも、あんな小さな子供を……


 ……いや、俺もある意味じゃ、子供を手放したも同然の立場だ。あまり強くは言えないな。

 仕方がなかったとか、そんな理由で片づけられるものじゃあない。


「あの子は、両親がいないことを感じさせないほどに元気でしてな。教会には似た境遇の子供たちがいますが、その中でも抜きん出て元気で」


「……でしょうね」


 アピラは、俺が今まで会った子供の中でも特に明るい。

 無理やり明るく振る舞っているのか、それはどうなのかはわからないが……いや、きっとアレがかのっよの素なのだろう。


 今も外で駆け回っている女の子。この神父さんも、まるで父親のような目をしている。

 アピラが迷惑をかけていないかとのことでここに来たと言っていたが、結局は、心配で来たのだろう。


「ところで、あの子がここで手伝いをしたいって、言って聞かなかったんですが……それは、いいんですか?」


「えぇ。本人がやりたいことなら、好きにやらせてみようと思いまして」


 さいですか。それが教会の……いやノータルトさんの考えなのだろうか。

 やりたいことをやらせるのは結構なことだが、夜中や朝早くから見知らぬ人の所に尋ねるのは、やめさせた方がいいと思うが。


 なので、そのことを伝える。すると、ノータルトさんは苦笑いを浮かべるのみだった。

 ……多分、注意をこれまでにも何度かしていて、それでも聞かなかったんだろうな。あの元気っ子は。


 元気なのはいいが、元気すぎる……って、ことだな。

 いつの間にか空になっていたタッパーを見つめつつ、俺はのんびりと、外を駆け回っているアピラを眺めていた。

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