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第10話 教会からの使者っぽい人



 さて、薬屋はなかなかに盛況だ。

 傷薬だけでなく、香水のような匂い薬、肌を綺麗にする塗り薬、薄毛に悩む人のための毛薬などと、様々な種類を用意し、売っていく。


 人が人を呼ぶとは、このことだろう。俺一人でも回せるが、いつもよりお客さんは多い気がする。

 その原因の一つが……


「いらっしゃぁーせー!」


 店の入口で元気に声を張り上げている、自称看板娘ことアピラのおかげ、ではあるのだろう。

 小さな女の子が、元気な姿で客の呼び込みをしている。それが、人の目を引くのだ。


 最初は、帰れと言ったんだが……本人が、どうしても手伝いをしたいと引かなかった。

 とはいえ、俺一人でも店は回る。やることと言えば、レジ対応くらいだ。しかし、こんな小さな子にそれができるとは思えない。


 なので、適当に呼び込みをと、言った結果がこれだ。

 元気で活発なかわいい子が表に立ってくれれば、それだけ注目度も上がる。


「レイちゃん、どうしたのあのかわいい子。レイちゃんの子供?」


「ははは、ご冗談を」


 客足は確かに増えるのだが、それだけいらぬ詮索もされる。

 気持ちはわからんでもないが……それだけは、断じて違う。


 しかし、関係性を説明するのも……面倒だ。身寄りのない、教会で育てられた子供。

 それがいきなり訪ねてきて、手伝いを申し出たなどと、ややこしいことこの上ないからな。


 そんなこんなで、店は順調に繁盛。あっという間に時間は過ぎていく。

 朝から昼へと時間帯が変わってきたとき……


「……失礼、よろしいですかな」


「はい、いらっしゃいませ」


 やって来たのは、一人の老人だった。長いあごひげを蓄えている。

 ちゃんと食べているのだろうか、全体的に細い。黒と白の服に身を包んでいる。


 あれは……見たことがあるな。確か元の世界で、テレビや雑誌で見たことがある。

 修道服のようなものだ。

 ……修道服、ということは。


「教会の方?」


 頭に浮かんだのは、教会の人間が来たということ。


「えぇ、いかにも。わたくし、レポス教会にて神父をさせていただいてます、ジェスマ・ノータルトと申します」


 右手を胸元に添え、左手を腰へ。さらに左足を一歩後ろへと下げ、軽くお辞儀をするノータルトさん。

 これが、この国の、教会式の挨拶か。


 俺も、慌ててお辞儀。教会式のものではないが、許してほしい。


「えっと……どのようなお薬を、お求めで?」


「いえ、今日は"不老の魔術師"様にご挨拶に伺いたく、馳せ参じました。どうやら、アピラが無理やり押しかけてしまったようで」


 ノータルトさんが訪ねてきた理由……やっぱり、アピラ関係のことか。

 このタイミングで、教会のそれも神父さんがやって来るなんて、おかしいと思った。


 なんだろう。ウチの娘を誘惑しやがって、的なことを言われるんだろうか。

 いやでも、無理やり押しかけてきたのは承知のようだし、違うかも?


「ちょうど、休憩の時間になるところなんです。よければ、もう少し待っていただいても?」


「もちろんです。押しかけたのはこちらゆえ」


 ちょうど昼ご飯の時間帯に、なってきたところだ。

 今いる客を捌いてから、表の扉には『休憩中』の看板を出しておく。これで、誰も来ないだろう。


 昼食は、朝に作り置きしていたものを持ってきている。

 いつもは一人で食べるのだが、今日はアピラも一緒だ。

 さすがに、働かせるだけ働かせておいて飯抜きなんて鬼畜な真似はしない。


「では、こちらへ」


 アピラを連れ、ノータルトさんを店の奥へと案内。アピラはノータルトさんを見て驚いていた。

 部屋の一室で、ご飯を食べることとする。


 俺は、荷物の中から大きめのタッパーを取り出す。

 蓋を開けると、その中には昼食となるものが入っている。


「これは?」


「サンドウィッチです」


 タッパーに敷き詰められている、白いパン……それを珍しげに見ているノータルトさんと、目を輝かせているアピラ。

 うん、こういう反応をされると面白みがあっていいな。


 一つ、サンドウィッチを手に取る。それを、二人の前でかぶりつき、このようにして食べるのだとアピール。

 パンに挟まった卵とレタスの食感が、たまらない。


「わ、私も、食べたい!」


「はい、どうぞ」


 アピラにサンドウィッチを取ってやり、渡す。

 両手で受け取ったアピラは、豪快にかぶりついた。うん、いい食べっぷりだ。


 この国に、元々サンドウィッチという食べ物はなかった。

 ずいぶん昔、俺はいろいろな国で、元の世界の食べ物を浸透させていった。このサンドウィッチも、その一つだ。


 この世界には、元の世界と似た材料が結構存在している。だから、料理を再現するのも、不可能ではない。

 このサンドウィッチ以外でも、どこかの国で浸透させ、その国の名物となったところもある。


「はい、ノータルトさんも」


「いえ、私は。いきなり押しかけた身、受け取るわけには……」


「あーん!」


 サンドウィッチをノータルトさんにも差し出すが、それをノータルトさんは拒否。

 いきなり押しかけた上に、昼ご飯までごちそうになっては迷惑だと、思っているのだろうか。別に気にする必要ないのに。


 気にすることはない……そう言おうとするより先に、アピラが、食べかけのサンドウィッチをノータルトさんに差し出していた。


「あーん!」


 にっこりとした笑顔で。食べろということだろう。


「……ありがとう」


 その様子に、ノータルトさんは折れたのかうっすらと笑みを浮かべながら、サンドウィッチにかぶりついた。

 きっと教会でも、二人の中は良好なのだろう。

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