さて、薬屋はなかなかに盛況だ。
傷薬だけでなく、香水のような匂い薬、肌を綺麗にする塗り薬、薄毛に悩む人のための毛薬などと、様々な種類を用意し、売っていく。
人が人を呼ぶとは、このことだろう。俺一人でも回せるが、いつもよりお客さんは多い気がする。
その原因の一つが……
「いらっしゃぁーせー!」
店の入口で元気に声を張り上げている、自称看板娘ことアピラのおかげ、ではあるのだろう。
小さな女の子が、元気な姿で客の呼び込みをしている。それが、人の目を引くのだ。
最初は、帰れと言ったんだが……本人が、どうしても手伝いをしたいと引かなかった。
とはいえ、俺一人でも店は回る。やることと言えば、レジ対応くらいだ。しかし、こんな小さな子にそれができるとは思えない。
なので、適当に呼び込みをと、言った結果がこれだ。
元気で活発なかわいい子が表に立ってくれれば、それだけ注目度も上がる。
「レイちゃん、どうしたのあのかわいい子。レイちゃんの子供?」
「ははは、ご冗談を」
客足は確かに増えるのだが、それだけいらぬ詮索もされる。
気持ちはわからんでもないが……それだけは、断じて違う。
しかし、関係性を説明するのも……面倒だ。身寄りのない、教会で育てられた子供。
それがいきなり訪ねてきて、手伝いを申し出たなどと、ややこしいことこの上ないからな。
そんなこんなで、店は順調に繁盛。あっという間に時間は過ぎていく。
朝から昼へと時間帯が変わってきたとき……
「……失礼、よろしいですかな」
「はい、いらっしゃいませ」
やって来たのは、一人の老人だった。長いあごひげを蓄えている。
ちゃんと食べているのだろうか、全体的に細い。黒と白の服に身を包んでいる。
あれは……見たことがあるな。確か元の世界で、テレビや雑誌で見たことがある。
修道服のようなものだ。
……修道服、ということは。
「教会の方?」
頭に浮かんだのは、教会の人間が来たということ。
「えぇ、いかにも。わたくし、レポス教会にて神父をさせていただいてます、ジェスマ・ノータルトと申します」
右手を胸元に添え、左手を腰へ。さらに左足を一歩後ろへと下げ、軽くお辞儀をするノータルトさん。
これが、この国の、教会式の挨拶か。
俺も、慌ててお辞儀。教会式のものではないが、許してほしい。
「えっと……どのようなお薬を、お求めで?」
「いえ、今日は"不老の魔術師"様にご挨拶に伺いたく、馳せ参じました。どうやら、アピラが無理やり押しかけてしまったようで」
ノータルトさんが訪ねてきた理由……やっぱり、アピラ関係のことか。
このタイミングで、教会のそれも神父さんがやって来るなんて、おかしいと思った。
なんだろう。ウチの娘を誘惑しやがって、的なことを言われるんだろうか。
いやでも、無理やり押しかけてきたのは承知のようだし、違うかも?
「ちょうど、休憩の時間になるところなんです。よければ、もう少し待っていただいても?」
「もちろんです。押しかけたのはこちらゆえ」
ちょうど昼ご飯の時間帯に、なってきたところだ。
今いる客を捌いてから、表の扉には『休憩中』の看板を出しておく。これで、誰も来ないだろう。
昼食は、朝に作り置きしていたものを持ってきている。
いつもは一人で食べるのだが、今日はアピラも一緒だ。
さすがに、働かせるだけ働かせておいて飯抜きなんて鬼畜な真似はしない。
「では、こちらへ」
アピラを連れ、ノータルトさんを店の奥へと案内。アピラはノータルトさんを見て驚いていた。
部屋の一室で、ご飯を食べることとする。
俺は、荷物の中から大きめのタッパーを取り出す。
蓋を開けると、その中には昼食となるものが入っている。
「これは?」
「サンドウィッチです」
タッパーに敷き詰められている、白いパン……それを珍しげに見ているノータルトさんと、目を輝かせているアピラ。
うん、こういう反応をされると面白みがあっていいな。
一つ、サンドウィッチを手に取る。それを、二人の前でかぶりつき、このようにして食べるのだとアピール。
パンに挟まった卵とレタスの食感が、たまらない。
「わ、私も、食べたい!」
「はい、どうぞ」
アピラにサンドウィッチを取ってやり、渡す。
両手で受け取ったアピラは、豪快にかぶりついた。うん、いい食べっぷりだ。
この国に、元々サンドウィッチという食べ物はなかった。
ずいぶん昔、俺はいろいろな国で、元の世界の食べ物を浸透させていった。このサンドウィッチも、その一つだ。
この世界には、元の世界と似た材料が結構存在している。だから、料理を再現するのも、不可能ではない。
このサンドウィッチ以外でも、どこかの国で浸透させ、その国の名物となったところもある。
「はい、ノータルトさんも」
「いえ、私は。いきなり押しかけた身、受け取るわけには……」
「あーん!」
サンドウィッチをノータルトさんにも差し出すが、それをノータルトさんは拒否。
いきなり押しかけた上に、昼ご飯までごちそうになっては迷惑だと、思っているのだろうか。別に気にする必要ないのに。
気にすることはない……そう言おうとするより先に、アピラが、食べかけのサンドウィッチをノータルトさんに差し出していた。
「あーん!」
にっこりとした笑顔で。食べろということだろう。
「……ありがとう」
その様子に、ノータルトさんは折れたのかうっすらと笑みを浮かべながら、サンドウィッチにかぶりついた。
きっと教会でも、二人の中は良好なのだろう。