「……よし」
パタン、とノートを閉じ、背筋を伸ばす。
あまり体を動かしていなかったためか、ポキポキと、骨の音が鳴る。
たまに、思う。
……長い時間を生きて、いろいろな知識を得て、体を鍛えて。場所を転々とするから、友達や恋人ができることもないし、作ろうとも思わない。
それなりに仲良くなる人はいるが、深入りはしないようにしている。
そんな人生、生きている意味があるのだろうか、と。
俺の『スキル』は"不老"。
……俺の元いた世界には、不老不死という言葉がある。それは、老いもしないし死にもしない、といったものだ。
なので、"不老"のみだと老いはせずとも死ぬ。はずだ。
旅を始めたばかりの頃、俺は自分の人生に絶望し、死のうと思った。
"不老"であるこの体は、いかなる時間が経っても老けることはない。だが、死ぬことはできるはずだ。
……俺は、死ぬことを考えた。
『……くそっ』
だが俺は、死ぬことができなかった。
高いところから飛び降りるなり、水の中に飛び込むなり、それこそ刺客に俺を殺させるなり。
奴らは俺を捕まえることを考えているため、常に生け捕りだ。だがその気になれば、俺から死ぬよう仕向けることもできるだろう。
死ぬことは難しい話ではない。
やろうと思えば、できる……そうするだけの時間は、たくさんあったのだ。
『……んで……なんでだ!』
だというのに、死ねなかった。
寸前で、足がすくんだ。首を吊ろうと、ロープを用意したこともあった。首をロープに乗せる直前、やっぱり足が震えた。
あれだけ、化け物に向けるような目を向けられながら。家族にもあんな目を向けられながら。
たった一人で旅をしながら……それでも、死ねなかった。
第二の人生を、自分で終わらせるのが惜しかった。
もしかしたら、一度目の人生は、俺は無念のうちに死んだのかもしれない。
自殺をしたにしても、それは死にたくて死んだんじゃなく、死なざるを得なかったのかもしれない。
『……馬鹿馬鹿しい』
無意識に、思っていたのかもしれない……自分で命を断つのが怖かったのかもしれないと。
未練が、残っていたのかもしれないと。
……なんて、滑稽な話なのだろう。
死にたいと考えたはずなのに。身を守るために、強くなった。
このような状況に至っても、俺は自分がかわいいのだ。
「……寝るか」
いろいろなことを思い出してしまったせいか、気分が下がる。首を振り、気持ちを切り替える。
もう夜も遅くなってきた。そろそろ眠気が限界だ。
やることももうないし、今はこの睡魔に身を預けてしまおう。寝れば、気分も少しは晴れるはずだ。
それに明日も、やることはあるのだ。
……そうだ、望んでいたものとは違うが……これだって、立派なスローライフではないか。
時間はいくらでもある、やれることはたくさんある、知識だってたくさんある。
のんびりと、暮らしていけるではないか。
……ただ、一人なだけだ。
ただ、孤独なだけだ……きっと、この先一生……
「水浴びは……いいか、明日起きたらで……」
コンコン
「!」
席を立ち、ベッドへと向かう。
今日は、仕事終わりからずっと手記とにらめっこをしていた。そのせいで水浴びをしていないが、明日起きたら、やればいい。
そう思っていたその時だ。部屋の戸が、ノックされた。
「……?」
……こんな時間に、誰だ。宿の店主か?
だとして、こんな時間に来るだろうか。緊急の用事だとしたらわからないが、だったら声をかけてこない理由がわからない。
あるいは、俺を狙った刺客か?
だとして、ノックをする意味がわからない。この部屋には鍵はあるが、ぶち破ろうと思えば簡単にぶち破れるだろう。
それに、だ。やるなら俺が寝静まったあと、事を起こせばいい。刺客なら、俺が起きる前に事をすませばいいのだから。
まあ、誰が入ってきても、俺に対する敵意は寝ていてもわかる。
いつしか、気配を読む術にも長けるようになった。まったく、旅の最中は獣に襲われることも多かったからな。
そう考えると……俺に対する害意は、感じない。
外にいるのは、敵ではないのだろうか。
「……誰だ」
俺は、扉の向こうにいる相手に言葉を投げかける。いったい、誰がいる。
外の人物は、少し迷った様子を見せたあとに、言った。
「あの、"不ろうのまじゅつ師"さん、ですよね!
私、あなたに会いたくて! ここまで来ました!」
……女の声、か。それも、子供の声。
少し舌足らずな感じだが、害はなさそうだ。普通の子供だろう。
そんな子供が、こんな時間に俺の部屋を尋ねる理由は、なんだ?
俺のことを知っている……という認識で良いのだろうか。
警戒は解かない。そっと、扉を開ける。そこにいたのは……
「あ、は、はじめまして、まじゅつ師さん!」
……小さな少女が、いた。扉の前に立つ少女と、俺は目が合った。
少女は、扉が開いたことに驚いた様子を見せていた。しかし、それもほんの数秒。
すぐに、少女は無邪気な笑顔を浮かべた。
……彼女との出会いが、俺の今後の人生を大きく変えることになると……このときの俺は、思いもしなかった。