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第6話 死ねなかった人生



「……よし」


 パタン、とノートを閉じ、背筋を伸ばす。

 あまり体を動かしていなかったためか、ポキポキと、骨の音が鳴る。


 たまに、思う。

 ……長い時間を生きて、いろいろな知識を得て、体を鍛えて。場所を転々とするから、友達や恋人ができることもないし、作ろうとも思わない。

 それなりに仲良くなる人はいるが、深入りはしないようにしている。

 そんな人生、生きている意味があるのだろうか、と。


 俺の『スキル』は"不老"。

 ……俺の元いた世界には、不老不死という言葉がある。それは、老いもしないし死にもしない、といったものだ。

 なので、"不老"のみだと老いはせずとも死ぬ。はずだ。


 旅を始めたばかりの頃、俺は自分の人生に絶望し、死のうと思った。

 "不老"であるこの体は、いかなる時間が経っても老けることはない。だが、死ぬことはできるはずだ。


 ……俺は、死ぬことを考えた。



『……くそっ』



 だが俺は、死ぬことができなかった。


 高いところから飛び降りるなり、水の中に飛び込むなり、それこそ刺客に俺を殺させるなり。

 奴らは俺を捕まえることを考えているため、常に生け捕りだ。だがその気になれば、俺から死ぬよう仕向けることもできるだろう。


 死ぬことは難しい話ではない。

 やろうと思えば、できる……そうするだけの時間は、たくさんあったのだ。



『……んで……なんでだ!』



 だというのに、死ねなかった。

 寸前で、足がすくんだ。首を吊ろうと、ロープを用意したこともあった。首をロープに乗せる直前、やっぱり足が震えた。


 あれだけ、化け物に向けるような目を向けられながら。家族にもあんな目を向けられながら。

 たった一人で旅をしながら……それでも、死ねなかった。


 第二の人生を、自分で終わらせるのが惜しかった。

 もしかしたら、一度目の人生は、俺は無念のうちに死んだのかもしれない。

 自殺をしたにしても、それは死にたくて死んだんじゃなく、死なざるを得なかったのかもしれない。



『……馬鹿馬鹿しい』



 無意識に、思っていたのかもしれない……自分で命を断つのが怖かったのかもしれないと。

 未練が、残っていたのかもしれないと。


 ……なんて、滑稽な話なのだろう。

 死にたいと考えたはずなのに。身を守るために、強くなった。

 このような状況に至っても、俺は自分がかわいいのだ。


「……寝るか」


 いろいろなことを思い出してしまったせいか、気分が下がる。首を振り、気持ちを切り替える。

 もう夜も遅くなってきた。そろそろ眠気が限界だ。


 やることももうないし、今はこの睡魔に身を預けてしまおう。寝れば、気分も少しは晴れるはずだ。

 それに明日も、やることはあるのだ。


 ……そうだ、望んでいたものとは違うが……これだって、立派なスローライフではないか。

 時間はいくらでもある、やれることはたくさんある、知識だってたくさんある。

 のんびりと、暮らしていけるではないか。


 ……ただ、一人なだけだ。

 ただ、孤独なだけだ……きっと、この先一生……


「水浴びは……いいか、明日起きたらで……」



 コンコン



「!」


 席を立ち、ベッドへと向かう。

 今日は、仕事終わりからずっと手記とにらめっこをしていた。そのせいで水浴びをしていないが、明日起きたら、やればいい。

 そう思っていたその時だ。部屋の戸が、ノックされた。


「……?」


 ……こんな時間に、誰だ。宿の店主か?

 だとして、こんな時間に来るだろうか。緊急の用事だとしたらわからないが、だったら声をかけてこない理由がわからない。


 あるいは、俺を狙った刺客か?

 だとして、ノックをする意味がわからない。この部屋には鍵はあるが、ぶち破ろうと思えば簡単にぶち破れるだろう。

 それに、だ。やるなら俺が寝静まったあと、事を起こせばいい。刺客なら、俺が起きる前に事をすませばいいのだから。


 まあ、誰が入ってきても、俺に対する敵意は寝ていてもわかる。

 いつしか、気配を読む術にも長けるようになった。まったく、旅の最中は獣に襲われることも多かったからな。


 そう考えると……俺に対する害意は、感じない。

 外にいるのは、敵ではないのだろうか。


「……誰だ」


 俺は、扉の向こうにいる相手に言葉を投げかける。いったい、誰がいる。

 外の人物は、少し迷った様子を見せたあとに、言った。


「あの、"不ろうのまじゅつ師"さん、ですよね!

 私、あなたに会いたくて! ここまで来ました!」


 ……女の声、か。それも、子供の声。

 少し舌足らずな感じだが、害はなさそうだ。普通の子供だろう。

 そんな子供が、こんな時間に俺の部屋を尋ねる理由は、なんだ?


 俺のことを知っている……という認識で良いのだろうか。

 警戒は解かない。そっと、扉を開ける。そこにいたのは……


「あ、は、はじめまして、まじゅつ師さん!」


 ……小さな少女が、いた。扉の前に立つ少女と、俺は目が合った。

 少女は、扉が開いたことに驚いた様子を見せていた。しかし、それもほんの数秒。

 すぐに、少女は無邪気な笑顔を浮かべた。



 ……彼女との出会いが、俺の今後の人生を大きく変えることになると……このときの俺は、思いもしなかった。

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