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第5話 三千年の孤独



「……はぁ」


 俺は、開いていたノートをそっと閉じる。

 表紙には『手記』とだけ書かれた、なんの変哲もないノートだ。本の色はグレー、その辺に売っているようなノート。

 内容は、以前からつけている日記のようなもの。


 この世界に転生して、文字が書けるようになって。毎日つけていた日記。

 これを開けば、あの頃のことを思い出す。この世界に転生して、『スキル』を授かって、旅に出て……今に至るまでを。


 もちろん、一言一句正確に、出来事を記録しているわけではない。日記の範囲だって、旅に出てからのほうがずっと長い。

 それでも、旅の最中のことより、転生したばかりの頃の方が……こうして読み返していても、鮮明に思い出せる。


 それだけ、強烈な記憶だったということだろう。

 結構覚えているようなもんだ、もう、あれから三千年以上が経つというのに。


「……三千年、か」


 ポツリと、呟く。

 三千年……それだけの時間があれば、人間ならば歳を取る……どころか、まず生きてはいられない。

 だというのに、俺の体は、あの頃の……十五歳のままだ。


 この体……"不老"という『スキル』を授かった俺は、三千年経とうとも見た目は、まったく変わらない。

 自分でも、もう慣れたとはいえ……改めて考えると不気味だな、やっぱり。


 現在俺は、とある国の宿屋に、部屋を借りて泊まっている。

 旅をして各地を転々としている俺は、しかしなにもずっと旅をしているわけではない。腰を据え、その場所で暮らす。


 訪れた場所。そこで生活するために、俺は手頃な住処を手に入れ、商売を開始する。

 一つの場所に滞在する期間は、長くても五年……それが、歳を取らなくても怪しまれない、ぎりぎりの範囲だからだ。


「ふぁ、あ……」


 夜遅くまで日記を見ていたためか、少し眠い。この体は歳を取らないが、普通に眠くなる。

 十五歳という肉体年齢はそのままだ。元気な身体ではあるし、しようと思えば夜ふかしも可能だ。

 だが、それも衛生的にはよろしくないだろう。


 とはいえ、まだ寝るには少し早い時間だ。明日の準備でも、しておこうか。


「よっ、と」


 ……今俺は、この国で薬屋をやっている。

 薬屋は、俺の原点ともいえるものだ。

 薬はいい。どんな時代であっても変わらず需要はあるし、多くの従業員がいる必要もない。


 回復薬から、女性のお肌をすべすべにするものまで。薬というか化粧品にも近いものも売っている。


「えーと、これをこうして……」


 新しい薬のレシピを、ノートに書き上げる。手記とは別のノートだ。

 レシピといっても、俺には"鑑定"の『スキル』はないため、試行錯誤した結果見つけ出した調合だ。


 ラダニアと薬屋をやっていた頃のレシピは、忘れてしまった。メモしておけばよかったなと、今では思う。


「……いや、それは卑怯だよな」


 だが、あの頃の調合の手順、それらは覚えている。自分で、やったことだからな。

 覚えている範囲を試すくらいなら、少しくらい許してほしい。


 どうやってレシピを見つけ出したのか。それこそ、時間がたくさんあったから。

 時間をかけていろいろな材料で、いろいろな薬を試した。"不老"ゆえに永遠の時間がある俺は、薬以外にもいろいろな知識を得た。


 この世界のこと、歴史、『スキル』にはどんなものがあるのか、今なにが流行っているのか、どんな商売を始めたら儲かるか……などだ。


「……」


 そんな中で、俺はいつしか"不老の魔術師"なんて呼ばれるようになった。

 商売をするにあたって、『スキルカード』の提示は必須だ。そのため、俺の『スキル』が"不老"であることは周知だ。


 ほとんどの人間は、見たことのない『スキル』を不思議がる。

 だが、たまにいるのだ……"不老"ということは、この世界のあらゆる知識を持っているに違いない、と考える奴が。


 『スキル』である"不老"が、魔術師と表現されているのは、見た目が変わらないイコール魔術師って認識だからか。

 あまり、深い意味はないんだろうな。



『いたぞ、"不老の魔術師"だ!』


『捕まえろぉ!』



 長く生きていることは、それだけこの世界についていろいろな知識を持っているはずだ、と考える連中。

 俺の見た目が変わらないからと腫れ物に扱われるのと、俺の知識を狙われるのとでは、どちらがいいのだろう。


 俺を狙う連中の考えは、間違いではない。実際に、長い時間をかけて、この世界についてのあらゆることを調べていった。


 そのため、やろうと思えば薬屋や料理屋だけではなく、別の職業だってやれる。

 ギルドの受付、冒険者、アドバイザーといった、特殊なものまで。他にも、普通に生きているだけでは知ることはできないであろう知識も、得ている。


 なにせ、三千年前から生きているということは、三千年に渡る生き証人といえる。

 どんな本を読むより、生き証人を捕まえていろいろ聞いたほうが確実だ。


 中には、俺を捕まえようと直接ではなく刺客を放ってくる連中もいた。

 最初のうちは、用心棒などを雇っていたが、きりがないために鍛えた。

 剣術、武術……今なら、自衛には問題ないくらいまで、鍛えることはできた。

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