……俺は、死んだ。どうして死んだのか、それはもう覚えていない。
誰かを助けようとしてトラックに轢かれたのか、それとも人生が嫌になって自ら命を断ったのか。
だが、はっきり覚えていることがある。……俺の一度目の人生が終わったあの日、あの時、俺はまだ十七歳だった。
高校に通っていて、嫌なことがあったのだろうか。恋人でもできたが、こっぴどく振られたのだろうか。
……まあ、そんなことは今となっては、どうでもいい。とにかく、俺の一度目の人生は、十七年という短すぎる年月で幕を下ろしたのだ。
……"一度目の人生は"。こんな言い方、普通ならばするはずもないだろう。だが、この言い方をする必要が、今の俺にはあるのだ。
そう、俺が死んだのは、一度目の人生の話。その後俺は、普通ならありえない話……二度目の人生を、スタートさせた。
二度目の人生? そんなマンガみたいな話、あるわけがないだろうって? 俺もそう思っていたが、あるんだなぁそれが。
『…………』
一度死んだ直後、本来ならば……まあ死んだことないから本来とかわからないけど、とにかく多分目覚めるはずのない意識が、目覚めた。
気がついたら真っ白な変な空間にいて、目の前には「私は女神だ」と名乗る変な女。
やたら美人なその女に、これから俺が転生することを伝えられた。転生……つまり、新しい人生を持つ命として、別の世界に生まれ変わるのだ。
それこそが、二度目の人生ということ。転生については、ファンタジー小説などで馴染みの深いもの。周知の部分になっているものも多い。
大まかな流れはその認識と似たようなものなので、詳しくは割愛することにするが。
俺にとっては、終わったと思っていた人生が続いていくのならば、願ったりだ。意気揚々と、転生に応じた。
それに、生前はそういう、転生モノシリーズの小説を読んでいたりもしたし、正直胸が踊った。
転生するにあたって、対価が必要なのではないか……あるいは、なにか女神の願いでも聞かなければならないのかと思っていたが、これは善意でやっているからいらないとのこと。
うさんくさい。
『それでは、これから第二の人生を、レッツエンジョイしちゃってください』
ともあれ、俺は二度目の人生をスタートさせた。
女神の言葉を最後に、再び意識を失った俺は……次、目覚めたとき、そこにはこれまでとは違う景色が広がっていた。
新しい世界、新しい姿、新しい人生。ここから俺の、第二の人生が幕を開ける。
この手の転生モノは、転生した先で魔物と戦ったり魔王を倒したりと、血なまぐさい展開になることが多いが、別にそんな使命などはない。
だから俺は、第二の人生を、スローライフとして送ることを決めた。
スローライフ……つまり、異世界で第二の人生をのんびりと生きよう、ということだ。
転生した先……さすが異世界というべきか。この世界は、俺のような人間族以外にも、獣人族、エルフ族、魔族……といったように、様々な種類の種族が存在している。
獣人族の中には、鬼族、ハーピィ族など、それぞれがまた種類によって区分けされる。
とはいえ、獣の一部分を持つ種族を、総じて獣人族と言うのだ。
この世界では、人種の違いはあるがそれによって争いが起こっている、なんてことはない。
むしろ見た目が違う相手とも、協力して時には壁を超えたり時には助け合ったり、仲がいい。仲良きことは素晴らしきかな。
魔族、というのも、昔は悪さをしていたらしいが、今では改心し共に暮らしている。
魔族は獣型が多く、そうなると、魔族と獣人族の違いが、あまりわからなかったりもする。
『これが、異世界……!』
転生した当初、俺は世界のあらゆる景色に胸踊らせた。人間族の夫婦から人間として生まれた俺は、両親の髪の色を引き継ぎ明るい茶色の髪を持って生まれた。
さらに、瞳は紫色。こちらは、赤色の父親と青色の母親、互いの瞳の色が混ざった形になった。
転生前は、黒髪黒目の平凡な男子だった。
髪を染めたこともなければカラーコンタクトを入れた経験もないため、なんだか悪いことをしている気分にもなった。
異世界だからといって、言葉が通じない、文字が読めない、ということはなかった。
異世界転生の特典かなんかで翻訳でもされているのか、単純にこの世界に生まれた命として言葉や文字は通じるようになっているのか……
そんなこんなで、俺は言葉や文字に困ることもなく、両親からの愛情を受けて育った。
一人っ子であるためか、俺はすこぶるかわいがられた。そして、すくすくと成長していった。
俺の生まれた村は、小さな村だ。村人全員が友達であるような、そんな村。
人とのつながりは強く、最初は人見知りだった俺も、だんだんと人付き合いがうまくなっていった。
『スローライフを送るなら、村人とはいい関係を築いておきたい』
いつしか、そんなことを考えるようになった。この小さな村……シェイク村で、のんびりと過ごす。
大きな家じゃなく、今住んでいる実家のようナ小さな家でいい。いつか家庭を持ち、ほのぼのと暮らすのも悪くない。
まだ赤ん坊だった頃は、窓の外から見る外の世界だけを頼りに、そうして将来の想像を立てていた。
はいはいをするようになり、次第に立ち上がり歩き……駆け回れるようになる頃には、毎日のように外に飛び出していた。
『レーン、今日も遊ぼ!』
隣に住んでいる家に、かわいらしい女の子がいた。
名前はラダニア……薄い桃色の髪を伸ばした少女。瞳の色も同様だ。女の子だがまだ子供だからか活発で、よく夜遅くまで遊んでは親に怒られたものだ。
ラダニアには、妹がいた。名をミリア。
彼女は、派手な赤い髪の色をしていたが、好奇心旺盛な姉とは違い引っ込み思案で、よくラダニアの後ろに隠れていた。
俺はこの世界で『レン』と名付けられた。村にはたくさんの子供たちがいたが、俺たちは三人で遊ぶことが多かった。
そして、俺はラダニアに好意を持っていた。おそらくは、ラダニアも。
好きあっている男女が、互いに成長していく……小さな村の中では、互いのつながりが世界の全てのようなものだ。
俺たちが付き合うのに、そう時間はかからなかった。男女の違いを意識する頃には、どちらともなく付き合いを申し出た。
『私、幸せ』
転生前の知識がある俺は、彼女に対して大人であろうと振る舞った。だが、舞い上がっていたのだろう。
女性としての身体付きへと成長していくラダニアを見て、俺は余裕を持てなくなっていった。
膨らんだ胸、細い腰、すらりと伸びた脚……ラダニアは村の中でも一段とかわいく、付き合っていることを男子たちにからかわれたりもしたものだ。
優越感を感じていたし、ラダニアも俺を拒絶しなかった。
きっと、この子とは結婚することになる……付き合う前からそう感じていた。
そして現実に付き合って、デートをして、キスをして、その先へと進んで……初めてを捧げたし、初めてを捧げてもらった。
成人になる前に、彼女と真の意味でつながったのだ。
『えへへ、嬉しい』