2055年1月16日俺はとある夢を見て目を覚ました。そこは動物たちが思い思いに過ごすのどかな場所。青々とした木々が茂って、穏やかな風に吹かれ。生き物はみんな自由に行動する。
まるで天国にでも来たような感覚だった。俺はずっとこの世界にいたいと思った。
だけど、それはただの幻想。必ず現実に引き戻される。俺は外から差し込む日差しに、これから起こる不安を抱えて目覚めた。
「へ、へ、へっくしょんっ!」
俺の口から大きなくしゃみが飛び出す。反動で起き上がる身体。それは部屋の中で反響した。
かなり衝撃的な生理現象に俺は少し不快感を覚える。近くには体温計とスマホ。体温計の電源を入れて、熱をはかる。
ピピピと鳴って確認すると、36.9と書かれていた。昨日はかった時は37.8。それなりに下がったようだ。これなら明日から学校に行ける。
インフルに悩まされて1週間。俺は自宅で隔離されていた。その間何をしていたかというと、部屋にあるゲームをしたり、読書をしたり。
それだけでも退屈なのに、ようやくその束縛から逃れることができる。きっと明日の心は晴れるだろう。
だが、ゲームも本も、全部目を通し尽くしてしまった。その分今は暇で今日やることを頑張って捻り出している状態だ。
『翔斗、起きてる?』
部屋の外から母さんの声が聞こえてくる。
「さっき起きたとこ!」
『じゃあここに朝ごはん置いとくからゆっくり食べて。あと、翔斗のためにプレゼントも用意したから』
「母さんいつもありがとう」
母さんが階段を下りるのを待つと、部屋のドアを開いて朝ごはんを受け取った。今日の朝ごはんはいつものお粥と梅干。それから鮭フレークだった。
プレゼントはクリスマスじゃないのに綺麗に包装されていた。まずは朝ごはんから食べよう。
俺の部屋にはベッドと固定式の机と移動式の机がある。床には大好きなアニメのカーペット。壁にはヒーローもののポスターがある。埃ひとつない空間で黙々と食べる。
今日の梅干は南高梅だった。こんな高いものを用意してくれたのだから、明日は学校に行けるという合図だろう。やっとそこまで回復できたのは嬉しかった。
「ご馳走様。ライン送っておいてっと」
――ポロン
『了解。回収しとくから外に置いといて』
「ラジャーっと……。へっくしょん!」
これで学校に行けるのかな? と考えながら、俺はお母さんが買ってきたプレゼントを開ける。見た目はアニメブルーレイのケースと同じ形。開けるとゲームのソフトが出てきた。その表紙には大きく『ビースト・オンライン』と書かれている。
次に俺はケースの裏面を見た。そこには、
"ビースト・オンライン。
30種類の動物から1種類を選択しログインすると、大自然で駆け回れる空間に没入できるフルダイブゲームです。
ログインするには、パソコンで事前登録を行い、アバターを選択したあとダイブギアでプレイしてください"
と大きく書かれていた。ダイブギアというのはフルダイブゲームで遊ぶためのデバイスで、Bluetoothでパソコンと繋げて遊ぶものだ。
ゲーム内でアバター選択をする場合と、パソコンで事前選択があるがこのゲームは事前選択のようだ。
俺は机の上に置かれたパソコンを起動する。
"*****h"
パスワードを入力しディスクトレイを開くと、そこにビースト・オンラインのディスクを入れた。トレイを閉めると読み込みがスタートする。
読み込みとダウンロードには20分ほどかかった。俺はその間ラジオ体操をしたりなど、時間をつぶした。
読み込みが終わると自動でブラウザが開き、森林の背景が表示された。ローディングという文面が点滅している。
しばらくしてアカウント作成ページに移動した。生年月日や性別。プレイヤー名などを要求されたので、全て入力する。プレイヤー名は翔斗から翔を取って"カケル"にすることにした。
次にアバター選択に移る。そこには様々な動物の名前が書かれていた。本当は攻略サイトを見たいが、特に困ってることはなかった。
狼や亀。熊にライオン。イノシシにサイ。その中でもランダムというものに目が惹かれた。何度かスクロールを繰り返し、それでも選べない俺はカーソルとランダムに乗せる。
「へっくしょんっ!」
――カチッ!
「え?」
まさかのミスクリック。やらかしてしまった。
"【ランダム】が選択されました。自動でアバターを選択します。この操作はキャンセルできません"
まさか本当にランダムになってしまうとは。変なアバターにならなければいいけど、考える時間が省略できたのは好都合だ。俺はダイブギアを用意して、電源を入れる。
頭にはめてベッドに横たわるを起動コマンドを唱える。
「ゲームアクティベート」
その言葉でゲーム内へと入っていく。2分ほどで最初の街に着くとそこはソルダムというようだ。建物は西洋風のものが多く、ファンタジーな世界が広がっている。
ソルダムというのはプラムの一種だと思った。たしか甘酸っぱくてとても美味しい果物だ。
ゲーム内には色々な動物がいて、とても賑やかな世界が広がっている。
「さて、アバターは……」
俺はまず自分の両手を見る。そこには白くてふわふわで、だけどなぜか5つ指がついた手があった。次に目の前に噴水があったのでそこに向かう。水面をのぞき込むと、白毛で長い耳が特徴的なアバター。これは兎だろうか。
「まあいいか。まずはチュートリアルでもしよっと……」