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第5話『小悪魔召喚』

「何かしら、これ………」


明日の準備をしようと、時間割をチェックしながらカバンの中身を取り出していた亜矢の手が止まった。

教科書やノートに混じって一冊、知らない本が紛れ込んでいたのだ。

表紙は真っ黒で、目の形を表したような紋章が中心に描かれているだけの本。

もちろん亜矢は、こんな不審な本に見覚えがあるはずもなく。

だが、何も考えず本を開いて確認したくなるのが普通だ。

まして、この本を開いた時に起こる事なんて、誰だって予測出来ないだろうから。

亜矢がその本を開いた瞬間。


ブワッ!!


激しい閃光が本の中心から天井に向かって昇る。


「きゃあっ!な、なにっ!?」


突然の出来事に、亜矢は反射的にその本から両手を放した。

だが、本は落ちる事なく空中に浮かんだままその位置を保ち、光り輝いている。

亜矢は尻もちをついたような体勢のまま、本から発する閃光の先、天井を見上げた。

次の瞬間。


ポンッ!!


小さな爆発のような軽い音がしたかと思うと、煙と共に何かがそこから現れた。

それは天井から床に向かって、重力に逆らう事なく落下してくる。


(え!?こ、子供っ!?)


そうとっさに判断した亜矢は立ち上がり、その子をキャッチしようと構えた。


ドサッ!


なんとかキャッチしたものの、小さな子供とはいえ、それなりの重さがある。

しかも、天井から落ちて来たのである。

勢いあまって、亜矢はその子を抱きかかえたままバランスを崩し、後ろにあったベッドに背中から倒れこんだ。


ドサッ☆


だが、亜矢はある感触に気付くと、衝撃でそのまま動けなくなった。

倒れた拍子に、抱きかかえていた子供の顔がちょうど亜矢の顔に被さり、唇どうしが重なりあって……『チュウ』してしまったのである。

バッ!と亜矢は起き上がると、赤くなったままその子供に向き直る。


「な、なに!?何なのあなた!?」


その子供は亜矢の顔をじーっと見上げている。

年齢は見た感じ5〜6歳くらいだろうか。

紫の髪、褐色の肌、ルビーのような赤の瞳。

どこか人間離れしたような、神秘的なその容姿からして亜矢にはすでに予測がついた。

……いや、本の中から現れた時点で、すでに人間ではないのだろうが。

子供は、その大きな瞳をいっぱいに開いて、亜矢を見上げる。

邪気は感じられない。純粋な眼差しに思える。どこか、天使のリョウを連想させる。


「お前、名前は?」


いきなりそう聞いてくる子供。その偉そうな口調は、どこか死神と被る。


「あ、亜矢………」

「アヤ、よろしくな!」


そう言うと、子供はベッドからヒョイっと降り、亜矢に向かってニッコリ笑った。


「よろしく……じゃなくて!!あなたは一体何者なの!?何で本の中から子供が…!?」

「子供じゃない、オレの名前は『コラン』だ!」


ふんっ、と不満そうに頬を膨らませ腰に手を当てて子供は言う。

そして、混乱気味の亜矢に近付き、身を乗り出して顔を近付ける。


「なあなあ、それよりも早く『願い』を言えよ!!」

「……は?願い?」

「契約は済んだんだ、お前の願いを叶えてやるから言え!」

「け、契約??」


訳が分からなくなる亜矢、期待の眼差しで亜矢を見る子供。


「オレ、人間と契約したの初めてなんだぜ。これで一人前の悪魔になれる日も近いんだ!」

「悪魔!?」


亜矢はとっさにその子の全身を見つめる。というか、確認する。

見た目は、普通の人間と何の変わりもない。

その時、その子の背後にチラっと見えたもの。


「ねえ、ちょっと後ろ向いてみせて?」

「それがアヤの願いなのか?」

「いえ、そうじゃなくて……」


子供はクルっと背中を向けた。

思った通りというか、何というか……もはや、目を疑う事はしない。

子供の背中には、小さな黒い羽根があったのだ。

鳥というよりは、コウモリに近い?

……いや、これはまさに、よく本や漫画で見る悪魔の羽根そのものだ。

だがあまりにそれは小さい為、後ろを向かなくては気付かれないだろう。


「つまり、コランくんは悪魔なのね……?」


もはや、こういう展開に順応してしまってる自分が悲しい。


「………へへっ、まだ見習いだけどな!」


コランは照れ臭そうに笑った。


「和んでんじゃねえよ、てめえら」


亜矢の正面、コランの背後に、いつの間にか死神グリアが立っていた。


「っ!あんた、いつの間にっ…!!」


亜矢が一変して鋭い視線を向けるが、グリアは妙に落ち着いている。


「メシを馳走になろうと思って来たんだがよ」


つまり、またしても夕飯をたかりに来たのである。すでに日課だが。

コランが後ろを向き、グリアを見上げる。グリアは冷たく見下ろす。


「ったく、悪魔なんか召喚してんじゃねえよ」


死神は、一目見ただけでコランが悪魔である事を見抜いたらしい。


「ちがっ!あたしは別に何も……」

「しかもガキじゃねえか。まーた面倒なの呼びやがって」

「ガキじゃない!!コランだっ!!」


増々話がこじれそうなこの状況の中、さらに来客を知らせるインターホンが鳴った。

亜矢は部屋から逃げ出すようにして玄関へ向かった。

玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは………天使の彼だった。


「亜矢ちゃん、シュークリーム作ったんだけど良かったら食べる?」


亜矢の状況など知らないリョウは、いつもの笑顔。

その手には、シュークリームの入った透明なお弁当箱。

天使とは思えない見事なお隣さんっぷりである。


「リョウくん、助けて……」

「え?どうしたの?」

「とにかく、上がって」


リョウが亜矢の部屋に入り、コランを目にした時の第一声。


「うわぁ、悪魔を召喚しちゃうなんてすごいね」

「いえ、そうじゃなくて………」


感心したように驚くリョウに、亜矢は力の入らないツッコミを入れる。


「この本がいつの間にかあたしのカバンの中に入ってて、本の中からこの子が突然現れたのよ」


亜矢は床に落ちていた黒い本を拾うと、リョウに手渡した。

リョウはその本を手に取ったその一瞬、何かを感じ取ったらしい。


「きっと、亜矢ちゃんの生命力に引き寄せられたんだろうね」

「あたしの?」

「うん。悪魔は、人間の生命力を吸収して生きるから」

「えっ!?」


亜矢は改めてコランに視線を向ける。

コランは、何やらグリアと言い合っている。


「ガキは大人しく魔界に帰んな!」

「ヤダ!オレはすでにアヤと契約したんだ!!」

「……なんだとっ!?」


グリアの顔色が変わる。

と、同時にグリアとコランは亜矢の元へと勢いよく向かう。


「おい、亜矢!テメエこのガキと契約したのか?ああっ!?」

「なあなあアヤ!はやく願いを言えよー!」


死神と小悪魔に迫られる形になって、亜矢は思わず一歩引いた。


「ちょっと待ってよ、いい加減にしてよ!!契約って何なのよ!?」


ついに亜矢はキレた。グリアとコランの勢いがピタっとおさまる。

その横では、落ち着いた様子のリョウがじっと黒い本を見つめて一人、何やら考えこんでいる。

視線はこちらに向けず、その沈黙の中でリョウはふいに小さく言った。


「悪魔との契約は、契約者との口付けで成立するんだよ」

「えっ!?」


亜矢は小さく声を上げた。そしてまた沈黙。

そういえばさっき、コランをキャッチして倒れた時に『チュウ』ってしてしまったような…。

事故とは言え、こんな可愛らしい子供との『チュウ』が契約の証になっていようとは。

だが事実は事実であり、否定は出来ない。


「テメエッ……亜矢としたのか!?」


グリアの『したのか』という言葉は、契約の事を指すのか、口付けの事を指すのか。

おそらく後者であると思えるが、毎日亜矢に『口移し』をしている割には、自分以外の者が亜矢と唇を重ねるのは許せないらしい。

相手は悪魔とは言え、子供なのだが…。


「オレがアヤの願いを1つ叶えてやる。その代わりに、アヤの元気をオレにくれ!」

「?」


亜矢はコランの言う意味が分からず、目をパチパチさせた。

すかさず、リョウが付け加える。


「つまり、悪魔は契約者の願いを叶える代わりにその者の生命力を吸収するんだ」

「えっ!?吸収されたらどうなるの!?」

「このガキの事だ、加減なんて出来ねえだろうから、普通の人間は死ぬんじゃねえ?」


冷静なリョウとグリアの口調だが、そんな事を言われて亜矢は気が気じゃない。

まさか、こんな可愛い子がそんな恐ろしい……。信じたくないものである。


「普通の人間なら、な。だが、亜矢の心臓はオレ様が与えたモノだ。命の力が持続する限り、そう簡単には死なねえよ」


「そんなんじゃ安心出来ないわよ」


ただでさえ、いつ尽きるか分からない命だというのに、これ以上命の危険に晒される要因が増えてしまっては、人として普通に生活出来る精神状態を保てない。


「それで、アヤの願いは?」


この緊迫した空気を飲み込んでいないコランは目を輝かせて亜矢を見る。

まるで、おねだりをするような目で見てくるのだ。

亜矢は小さく溜め息をつくと、口を開いた。


「じゃあ、あたしを完全に生き返らせる事も出来る?」


それは、紛れもなく今の亜矢の一番の願いだった。

自分の心臓が『仮』のものでなくなれば、『魂の器』の儀式からも逃れられる。

永遠の命を手に入れたいらしいグリアには悪いが、グリア自身が消滅してしまうかもしれない危険な儀式を遂行させるよりは、よっぽどいいと思ったのだ。

だが、死神でさえ一度死んだ人間は完全に生き返す事が出来ないと前に言っていた。

それを悪魔に願った所で、果たして可能なのだろうか。

僅かな可能性にもすがりたかったのかもしれない。


「うん、分かった!!」


コランは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。

コランが両手を前に出すと、ポンっという音と共に、その手の中に刃先が三つに分かれた長い槍が出現した。

死神の『鎌』に対し、この『槍』こそが悪魔の武器アイテムなのだろう。

コランが子供な事もあり、大人の丈ほどある長い槍を持った姿はどこかアンバランスで、迫力というよりは愛嬌を感じる。

コランはその槍の刃先を亜矢に向けた。


「いくぞっ、『死者蘇生』!!……えいっ!!」


その掛け声と共に、槍の先にエネルギーが光の球となって発生し、放たれた。

だが。


「そんな事したら………ダメだよ!!」


リョウが叫ぶ。その時にはすでに遅かった。

コランの放ったエネルギーは亜矢に届く事なく、その場に留まっている。

発動する事のないそのエネルギーは雷のようなものを纏い、増幅し続け、今にも破裂しそうだった。


「えっ!?な、なんだこれっ…!?」


コランは槍を構えたまま自分の放ったエネルギーを抑えきれなくなり、吹き飛ばされそうになる自分の身体を支えようと必死に両足で踏ん張る。


「コランくんっ!?」


何が起こったのかも分からずに亜矢は叫ぶが、どうする事も出来ない。


「ちぃっ……あのバカがっ!!」


グリアは、その手に死神の鎌を出現させると、素早く構えた。

そして、大きく鎌を振ると、そのエネルギーの球体の中心から斬り裂いた。


「………消えなぁっ!!」


グリアがその腕に力をこめる。そうしているうちに球体はいくつもの光の筋となり、やがて空中へ分散して飛び散っていった。

コランは呆然と正面に視線を向けたままの状態で膝からガクっと力が抜け、床に座りこんだ。


「コランくんっ!大丈夫!?」


亜矢がコランの元へと駆け寄り、その小さな体を抱く。

コランは瞼を半分閉じ、弱々しく亜矢の顔を見返す。


「失敗…しちゃった…。アヤの願い、叶えられなかった………」

「コランくん…!」


亜矢が目を潤ませていると、背後からグリアの声が響く。


「『魂の器』が禁忌の儀式って知ってんだろ?それに反発しようとする力は全て弾き返される。悪魔のガキにどうこう出来るモンじゃねえよ、バカが」


いつも以上に冷たい言い回しに、亜矢は振り向く事なく顔を伏せた。


「亜矢ちゃんの気持ちは分かるよ。でも、ちょっとそれは無理があったね」


リョウは優しい口調で言うが、どこかその言葉に重みがある。


「なんか…疲れた…。アヤの傍は居心地いい……な………」


コランは力の入らない腕で亜矢の身体にギュっと抱きつくと、小さく微笑んだ。

そしてそのまま、瞳を閉じると小さな呼吸を繰り返す。


「あ、あれ…?コランくん、寝ちゃったわ」


リョウが亜矢の側に寄り、ニッコリと微笑む。


「無理な力を放出したせいで疲れたんだよ。悪魔は、こうやって睡眠しながらすぐ側にいる人間の生命力を吸収して自己回復するんだ」


「そ、そうなの……」


その、小悪魔の無邪気な寝顔を眺めつつも、素直に笑えない亜矢だった。

つまり今、コランは亜矢の生命力を吸収しつつ、眠っているのだ。

特別な心臓を持つ亜矢にはそれに対して何の影響も受けないが、普通の人間ならそれは死に至る行為なのだ。

『亜矢の傍が居心地いい』とコランが言ったのは、人並み以上の生命力を持つ亜矢だったからだろう。


「おい、亜矢。ちょっと来い」


グリアが亜矢の腕を掴み、軽く引張った。

亜矢は顔だけをグリアの方に向け、彼に無言で返す。

思ったよりも真剣味を帯びた彼の瞳。

グリアはどうやら、亜矢と二人で話をしたいらしい。彼の視線からそう悟った。

だが、亜矢は彼女らしくなく瞳をそらし、困惑の表情を浮かべた。


「………でも………」


亜矢は自分の膝元で眠るコランを見つめながら、思った。

自分が無理なお願いをしたせいで、コランはこんな目に合ってしまった。

結局、自分の事しか考えていないのは………自分自身だった。


「大丈夫だよ、亜矢ちゃん」


リョウの穏やかな口調に、亜矢は静かに顔を上げる。


「コランくんをベッドに寝かせておいてあげればいいんだよね?大丈夫、任せて」


それは、亜矢の心を見抜いているのか、気遣いなのか。


「ありがとう。……お願いするわ」


心の底からそう思い、亜矢はそっとコランの体をリョウに預けた。

そうして、グリアと亜矢は部屋を出て行った。


玄関から外へ出るなり、グリアは亜矢の体を壁に押し付けた。


「ちょ…っ何するのよ!やめてよ、こんな場所で……」

「うるせえよ」


亜矢の肩を押さえ付けるグリアの腕に力が入る。思わず、亜矢は顔を歪める。

有無を言わせないグリアの剣幕。一体、何に憤慨しているのだろうか。

グリアは亜矢の肩を押さえ付けたまま、顔だけを僅かに伏せた。

銀色の髪が垂れ、その表情が微かに埋もれる。


「………ったく、次から次へと……邪魔なヤツばかり現れやがって」

「っ!!」


亜矢の呼吸が一瞬、止まる。

グリアの口調は、まるで独り言のようだった。

やり場のない怒りをぶつける対象もなく、目の前に亜矢を置きながらも、心は全く別の方向を向き、言葉は紡がれる。


「死神………」


初めてだった。死神がこんなに『弱く』見えたのは。

何かに押しつぶされそうになっている姿を見るのは。

いつも自己中心で、自信に溢れていて、何でも思い通りにしてしまう。

そんな、死神が、たった一人の少女の前で———こんな顔を見せるなんて。


「あたし、死神はもっと強い人なんだと思っていたわ」


グリアは、顔を上げない。


「自分勝手だし、何でも自分の思い通りにしちゃうし、だから……」


そんな顔はあなたらしくない、という言葉までは出ない。

本心であったとしても、それをここで言う必要性を感じない。


「………前に言ったよな」

「え?」

「オレ様の力でも、出来ねえ事があるって事だ」


グリアは亜矢の肩から手を下ろし、正面から向き合う。

元々の身長差により、亜矢はグリアを見上げる形となった。


「それは、人の心を変える事だ」


亜矢は、グリアの瞳から目をそらす事が出来ず、自らの瞳を大きく開く。

何故だろうか、引き込まれそうだった。

この死神は、一体どれだけの魔力を持って、どれだけの人を惑わせるのだろうか。


「嘘だわ。人の心くらい、操作出来るんでしょう?」


何を言ってるのだろうか。亜矢は自分自身に戸惑う。

どこか、認めたくなかったのだ。

自分がこの死神に騙され、惑わされ、口付けをされて——

そう思った方が、どれだけ簡単に自分を正当化出来たものか。

だが、くやしい事に今、目の前の死神は何も飾ってはいない。何の力も使ってはいない。

彼の瞳で、それは分かる———。

亜矢の中で、彼から与えられた心臓が鼓動を刻む。


「出来るんだったら、とっくにあんたの心を奪ってるぜ」

「…………」


確かに、今まで死神は人の『記憶』を操作出来ても、人の『心』を操作する事まではしなかった。

いや、出来なかったのだ。それは死神でも不可能なのだ。


「………心まで奪われたくないわ」


毎日、唇を奪われている上に、1年後にはこの魂でさえ奪われるかもしれない。

この死神は、どこまで亜矢を求めるのだろうか。そして、何の為に?


「その答えは、いずれ分かる。今はとりあえず…」

「とりあえず?」


亜矢が聞き返すと、グリアは片手で亜矢の頬に触れた。

これは『合図』だった。


「今日の『口移し』、行っとくか」

「……ちょっ、だから、こんな所で………っ…………」


こうして、『口移し』という名の口付けが、今日も交わされる。

相変わらず、雰囲気も何もあったものではないが。



その頃、亜矢の部屋では。

亜矢のベッドで、静かに眠るコラン。

その傍らでは、リョウが例の黒い本を手に持ち、座っている。

黒い本。それは、魔界と人間界を繋ぐ扉。その本の中からコランが現れた。

リョウは本を見つめながら何かを考えていたが、ふっとコランの寝顔に視線を移す。


(『魂の器』の儀式を完成させる為にも、コランくんの存在は必要だよね)


天使の瞳に、暗い影が落ちる。


(……………ごめんね)


唇だけでそう囁くと、リョウはその本を片手に持ちかえる。

次の瞬間、本を持つリョウの手から青白い炎が燃え上がり、黒い本ごと包んでいく。

それは、一瞬の出来事だった。

リョウの手の中で、音もなく黒い本は消滅した。





コランはそのまま亜矢のベッドで一晩眠り続けた。

悪魔は、眠りながら側にいる人間の生命力を吸収するとの事だった。

コランの事を思った亜矢は一緒の布団に入って寝た。いわゆる『添い寝』である。

そのおかげもあってか、次の日の朝にはコランはすっかり元気になっていた。

だが、コランは何やら朝から騒いでいる。


「ない、ない!!どうしよう、アヤー!!」


いきなり泣きついてきたコラン。とりあえずコランの体を抱き返しながら、何事かと亜矢は聞く。

コランは目に涙を浮かべながら、必死に伝える。


「本がっ………本がなくなっちゃったんだ!!」

「本?本って、コランくんが出て来た、あの黒い本の事?」


そういえば昨日、リョウにあの本を手渡して以来、見かけていない。


「よく分からないけどっ…、消滅しちゃったみたいだ!どうしよう、あの本がないと、オレは魔界に帰れないんだ!!」


「え、ええっ!?」


思わぬ事態に、コランをなだめる事も忘れ、硬直する亜矢。

どうしてこう、次から次へと思わぬ展開になるのだろうか。

何者かの陰謀ではないかと疑いたくなるくらいだ。


「コランくん、よく考えて。他に帰れる方法はないの?」


自分まで心乱していては解決しない。亜矢は何とか心を落ち着かせながら聞く。


「沢山の生命力を集めれば本を再生する事も出来るけど…」


シュン、と下を向いて言うコラン。

何か嫌な予感がする。もう、今まで何度も感じてきたこの予感。

まさか今回も的中してしまうのだろうか。


「沢山って、どれくらい?」


恐る恐る亜矢が問いかける。


「1人の人間に対して言えば、1年分くらい」


予感、的中。

亜矢はもう、今の時点で深く考える事を止めた。こうなったら、先に進むしかない。

変な前向き思考が生まれた。


「コランくん………、あたしの部屋に一緒に住む?」

「……!?いいのかっ!?」


パっと、コランは瞳を輝かせる。


(本が消滅してしまったのは、あたしが無理な願い事をしたせいかもしれないし…)


そういう責任感もあった。

だが、何よりも。

コランが人間の生命力を吸収すると、吸収された人間は死んでしまう。

そう、命を落とさずにコランに生命力を与え続けられる人間は、特別な心臓を持つ亜矢、ただ1人しかいないのだ。


「よろしくな、アヤ!!」

「コランくん、とりあえずその背中の羽根、隠せない?」

「あっ、そうか!!む〜〜〜」


ポンッ☆


「どうだ?これで羽根、消えたか?」

「片っぽだけよ!もう片方が残ったままよ!」

「あ、あれ??じゃあ、これでどうだ!?」


どうやら、小悪魔との生活にもまた、波乱がありそうな予感。

しかし、これで亜矢は一年間、生き続けなくてはならない理由と義務が出来た。

言い換えれば、『魂の器』の儀式を途中で止めたり、拒否する事は出来なくなったのだ。

コランを魔界に帰してあげる為にも、少なくとも一年間は生き続けなければ。

結果的に、全ては『魂の器』の完成に向かって進んでいく。





だが、亜矢は気付いていない。

全ては、背後で動く何かの存在の思惑通りに動かされているのだという事を。

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