ゼノのアジトから指輪の力でワープすると、そこはファブリカの端、地底へとつながる入口のある場所だった。
周囲に人の気配がないことを確認し、ユイはすぐに先程までのことをニニィに問い詰める。
「ニニィ、あなたの目的は何?」
「……ごめんっ!」
勢いよく頭を下げて謝るニニィ。その反応に、てっきり何か言い訳でもしてくるかと思っていたユイは戸惑う。
「ニニィ……」
「どうしても手に入れたい情報があるの。迷惑は……もうユイにはかけちゃってるけど、でも、これ以上はかけないから、だからっ」
「……わかった」
ユイが承諾の意を見せると、ニニィは顔を上げた。その瞳には安堵と戸惑いが揺らいでいる。
「いいの……?」
「問題ない、とは言えない。ニニィ、約束して。一人で無理しないで、私に相談すること。シマノたちには絶対に危害を加えないこと」
「……うん」
ニニィが深く頷く。当然ながらユイもこの状況を好ましく思っているわけではない。しかし一方で、ニニィが危険を冒してでも手に入れたいという情報、その価値が全く気にならないわけでもない。
「すべてのおわり」をもたらすという魔王。そしてその信奉者であるゼノ。謎多き彼らと接触できる機会を逃すべきではない、とユイは判断した。
「今は、シマノには黙っておく。けど、いつかは必ず話す。その時はニニィ、あなたから話してほしい」
「そうね。必ず。……ありがとう、ユイ」
「職人のところへ急ごう」
二人は人目を避けるように、先日世話になったばかりの職人の工房へと急いだ。
***
「全く、貴様のパーティには野蛮人しかおらんのか」
「返す言葉もございません……」
本の海と化した廃屋の中、シマノとウティリスは小言を漏らしつつ本を棚に戻す作業に奉じていた。姫様も手伝いたがっていたのだが、ウティリスが断固として認めなかったため、仕方なくベッドに腰掛け二人の作業を見守っている。
この惨状を作り出したキャン本人はというと、一冊も手を付けることなくそそくさと廃屋の外に逃げ出してしまった。故に仕方なく残された者たちで片づけを進めているというわけである。
「はぁ……こんなことしている場合じゃ……俺には帰りを待つ可愛い妹がいるのに……」
「無駄口を叩くな手を動かせ」
「前から思ってたけど、ウティリス俺たちに当たりきつくない?」
「それは、貴様らが、姫様に、無礼な態度を取る上に、姫様の、お手を、煩わせるようなことばかり、するからだろう!?」
大声でまくしたてるウティリスに、シマノは思わず耳を塞ぐ。
「す、すみませんでした」
「いいかよく聞け、そもそも、元はといえば、貴様らが、」
手を動かせと言ったばかりの張本人がまさに手を止めてシマノに説教を仕掛けた、ちょうどその時。
「シマノ大変だ!! ムルが!!」
扉を壊さんばかりの勢いでキャンが駆けこんできた。と思いきや、次の瞬間には既にキャンは外に飛び出していた。シマノ早く! と外から叫ぶ声が聞こえる。
詳細はわからないが、ムルに何か緊急事態が発生したことは間違いなさそうだ。シマノはキャンの後を追い、急いで廃屋を出た。
廃屋から出ると、キャンがこちらに背を向けて立っていた。その視線の先にはムルがこちらを向いて立っている。だが、様子がおかしい。深海色の瞳が、柘榴のように赤く染まっている。状態異常だ。シマノはすぐにウインドウを開いた。
ムルのステータスを確認すると、操り人形のようなマークが表示されている。
「これ、ヤバいやつだ」
「シマノ、なんかわかったのか!?」
「ああ、ムルは……」
シマノはそこで言葉を止めた。ムルの頭上に、HPバーとMPバーが現れたのだ。
「石よ我とともに。彼の者共を叩き潰せ」
野蛮極まりない詠唱。その矛先は、明確にシマノとキャンに向いていた。
「まずい逃げろ!」
「うぉあっ!?」
シマノはキャンの腕を引き、急いでその場を離れる。一瞬の後、元いたところには無数の石片が一斉に撃ち込まれた。地面は深く抉られ、周囲に砂塵が舞う。
「あ……危なかった……」
「おいムル、どーしちゃったんだよ!?」
間一髪で攻撃を回避しほっと息を吐くシマノと、仲間からの突然の敵対行動に動揺するキャン。ムルはその二人に躊躇うことなく次の術の詠唱を開始する。頭上のMPバーが大きく減少する。次も大技が来そうだ。
「何事ですの!?」
騒ぎを聞き付けた姫様が廃屋から飛び出してきた。そのすぐ後ろにはウティリスもいる。
「ムルが誰かに操られてます!」
「何ですって!?」
「ええっ!? マジかシマノ!?」
姫様とキャンが同時に驚きの声を上げる。
「操ってるやつがどこかに隠れてるはずです」
ムルのHPバーが表示されたということは、現在シマノたちは戦闘状態ということになる。操っている者が近くに潜んでいるなら、そいつのバーも見えるはずだ。
シマノは辺りを隈無く見渡した。残念ながらそれらしきバーはどこにも見えない。
「バカだなぁ。ボクは初めからここにいるのに」
声は、シマノたちの背後から響いた。慌てて振り返るが、そこにあるのは廃屋だ。まさか、実はずっと廃屋の中に潜んでいたとでもいうのだろうか。だとしても、今HPバーが見えないのは妙だ。
「ここだよ」
「! 姫様、上です!」
ウティリスが廃屋の屋根を指差している。シマノもその指の先に目を向けると、屋根の上に一人の少年が立っていた。白い高級そうなローブを纏い、腰には細剣を差している。淡く柔らかそうな水色の髪が日光に煌めく。そしてその瞳は、姫様と同じ金色だ。
「!! お前は……まさか……!!」
少年の姿を見た姫様が激しく動揺している。少年はニッコリ微笑んだ。
「初めまして、
そう言うと少年はトン、と屋根を蹴り軽々と地面に下りた。そのまま悠々と歩き、ムルの背後に立つ。その背丈はムルとほぼ同じぐらいだ。そしてその頭上には、HPバーがない。ゼノの幹部クラスだ。
「この子はボクのお人形さ。可愛いだろ?」
「ふざけんなチビ! ムルは人形じゃねー!」
猛然と反駁するキャンに対し、ティロはやれやれと溜息を吐いている。
「キミの方がチビだろ? 背丈だけじゃなく頭も足りないのか?」
「くっそおおおお!!」
思いきり煽られて頭に血が上ったのか、キャンは怒りに任せて走り出し、凄まじい勢いでティロに突撃していく。
「待てっキャン! そいつは……」
キャンの怒りは尤もだ。が、さすがにゼノの幹部相手では分が悪すぎる。しかしもちろんシマノの制止が怒り心頭のキャンに届くことはなかった。
ティロはその様子を冷めた目で見ると、ムルの耳元に小さく語りかけた。
「やれ」
ちょうど詠唱を終えたムルが、術を発動する。
「――石とともに地に伏すがよい」
大地が裂け、キャンを、それだけでなくシマノたちまでも呑み込もうとする。
「これはまずいっ! キャン戻れ!」
シマノは必死でキャンの元に駆け寄ろうとするが、凡人の脚力では到底追いつくことなどできない。しかもムルの術で地面が揺れ、立っているだけで精一杯だ。
大地の裂け目がキャンの足を捉えた。キャンは焦って飛び出そうとするものの、ムルの大技の前に為すすべなくあっという間に身体が地中へと引きずり込まれていく。
「うわあああっ!!」
悲鳴を上げ、懸命にもがくキャンの姿に少年は笑いが止まらないようだ。
「あっはははは! いいねぇ、キミ。元仲間の手で嬲り殺される気持ちはどうだい?」
ティロの傲慢な態度にシマノは歯噛みする。このままではまずい。何とかしてムルもキャンも助けなくては。しかも大地の裂け目はもうシマノのすぐ足元まで迫っている。姫様もウティリスも、全員呑まれてしまうのも時間の問題だ。
「……姫様に仇為す愚か者めが」
背後から何かとんでもない怒気が伝わってきた、とシマノが思った次の瞬間。気合の発声とともに大地を叩く轟音が響き渡り、足元まで迫っていた裂け目は逆に隆起し、畝となってキャンを地中から弾き飛ばした。それだけでは止まらず、大地の隆起は勢いそのままにティロたち目掛けて襲い掛かる。
「くっ……小癪な……!」
ティロは間一髪で直撃を免れたようだが、ムルは躱しきれず突き飛ばされ、地面に激しく打ち付けられてしまった。
「ムル!」
ムルはぐったりと横たわり、頭上にあったはずのHP・MPバーが消えている。シマノは動揺し震える手でステータス画面を呼び出した。ムルのMPはほぼ尽きかけていたが、HPはまだ残っている。操り人形のようなマークは消えており、代わりに気絶のマークが表示されていた。どうやら気絶に陥ったことで、操りの状態異常が上書きされたようだ。つまり今なら、ムルを助けられる。
「そうはさせないよ」
ティロが何やら短い呪文を詠唱した。するとムルの身体が赤いオーラのようなもので覆われ、空中に浮かび上がった。
「おいで。ボクの可愛いお人形」
吸い寄せられるように、意識を失ったムルの身体はティロの頭上へと運ばれていった。同時に、ティロの足元には魔法陣が展開される。恐らくどこかへ転移する気だろう。
「ムルを返せ!」
無駄だとは思いつつ、とりあえず声をかけることで時間を稼ごうとシマノは試みる。うまくいけば、ユイとニニィが戻ってくるかもしれない。
「五月蠅いなぁ……そうだ。ねえさま、『屍の峡谷』に来てよ。ボクとこの子で遊んであげる」
「……ティロ、お前は」
姫様の言いかけた言葉を最後まで聞くこともなく、待ってるね、と笑顔で言い残すと、ティロはムルとともに魔法陣の中に消えてしまった。
「大変なことになったぞ……」
シマノは頭を抱えつつ、何とか状況を整理する。ムルはティロという少年――恐らくはゼノ幹部の――に操られ、屍の峡谷という地に連れ去られてしまった。
ユイとニニィはまだファブリカから戻っていない。キャンは地中から弾き飛ばされ気を失っているが、持ち前の回復力でそのうち目を覚ますだろう。
ウティリスは強い。さすが素手で熊を裂くというだけある。
そして、姫様。ティロは姫様のことを「ねえさま」と呼び、姫様もそれに心当たりがあるような様子だった。さらに、金色の瞳。髪の色こそ異なれど、金色は王家の証に他ならない。
「姫様、さっきのティロってやつ、ねえさまって……」
姫様は俯き、シマノと目線を合わせないまま呟くように答えた。
「あれはわたくしの、