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第31話:魔王討伐のモチベが爆上がった

 暗く見通しの悪い建物の中を、ニニィの先導に従い慎重に進んでいく。ユイは自らに備わったセンサー機器を駆使し、何とか周囲の状況を探ろうと試みていた。だがいくら探っても、ここが建物の中、それもかなり大きなものであるということと、どうやらこの建物には自分たち以外にも誰かがいるらしいということ以外の情報は得られそうにない。

 恐らくあの職人の工房ではなく、どこか別の大きな工場に飛んできてしまったのだろう。そう結論付けようとしたユイは、ふと思考する。ここは、本当にファブリカなのだろうか。ファブリカであれば、センサーに何らかの既知の要素が引っかかってもおかしくはないはずだ。

 では、ファブリカではないとしたら? 指輪をはめたのは、このワープ先を決めたのは、ニニィだ。ユイの知らない、ニニィだけが知っている場所。


「お待たせ♡」


 急に前方から光が射しこみ、ユイは思わず目を逸らした。ニニィが扉を開けたのだ。その扉の先に、待っていたのは。


「こんにちは。ゼノへようこそ、ユイ」


 忘れもしないその声に、ユイの全身の関節部がキシ、と音を立てる。あの日、圧倒的な戦力差を見せつけ、今ユイたちがファブリカに向かうその根本原因を作った、張本人。


「ゼノの、構成員」

「おや。覚えていてくださったなんて、光栄ですね」


 目深に被ったフードから覗く口元が、ふふっとほころぶ。男は椅子に腰かけており、その両隣には地底で戦った蜘蛛女と、もう一人。こちらもフードとローブでその正体は掴めないが、背格好からしてまだ子どもだろうと思われる人物が立っていた。

 男に促されるまま、ユイはニニィとともに部屋へと足を踏み入れた。背後で扉が音を立てて閉じる。人数不利なうえに、この状況ではニニィも戦力として信頼することは難しい。とにかく努めて冷静に、ユイは状況把握を試みることにした。


「遅いわよ! エトル様を待たせるだなんて、随分生意気ね」


 蜘蛛女が苛立たし気に踵をドンと踏み鳴らす。


「あらぁゴメンねセクィ♡ これでも急いだつもりなの♡」


 ニニィは全く動じず、蜘蛛女セクィと親し気に話している。セクィも、エトルと呼ばれた男も、ユイたちにとって本来敵対すべき相手のはずだ。ニニィ一人でここに来た際、彼らと何か取引でもしたのだろうか。

 一先ず、彼らがニニィに危害を加える様子はなさそうだ。しかしそれは、ユイ自身の身の安全が保障されたことにはならない。


「ねえエトル。この子が、例の?」


 もう一人のゼノ幹部が口を開いた。その声はやはり子どもの、少年らしい澄んだ美しいものだった。


「ええ、そうです。せっかくニニィに連れてきてもらったことですし、少し確認してみましょうか」


 そう言うとエトルは椅子から立ち上がった。ユイは咄嗟に身構え、半歩後ろに下がる。その下げた足に、バチッと電撃のような痛みが走った。


「っ!?」


 思わず足元に目を向けると、いつのまにか床面に魔法陣が生成されている。どうやらこの範囲外に出ようとするとダメージを負う仕組みらしい。

 まずいことになった。ユイの技は基本的に範囲攻撃がメインだ。狭い屋内で、ニニィを巻き込まず攻撃できる手段は光線銃ぐらいしかない。だが、この男は銃など簡単に奪い取ってしまう。初めて対峙した時の苦い記憶が蘇る。

 あれこれ考えているうちに、もうエトルが目の前まで来てしまっていた。とりあえず、この場は抵抗せずに大人しくやり過ごすしかなさそうだ。

 ぽん、とエトルの手がユイの頭部に触れる。あの時の電撃を思い出し、ユイは固く目をつぶった。


「ねぇ。約束、忘れてないでしょうね?」


 ニニィの声だ。ユイは恐る恐る目を開ける。


「ええ、もちろん。心得ていますよ」


 エトルはそう答えつつユイの頭に手を置いたまましばらくじっとしていたが、すぐに手を離し、椅子へと戻った。エトルが腰掛けると同時に、ユイの足元の魔法陣が消滅する。


「やはり、想定していた通りでした」

「ふーん、面白いね」


 エトルの言葉に、少年の幹部がクスクスと忍び笑いしている。その一方で蜘蛛女セクィは不機嫌そうに腕組みをしていた。

 ユイは両手を軽く握り、開いた。幸いにも身体には特に問題がなさそうだ。とはいえ、エトルと少年のやり取りから、恐らく今の接触で何らかの情報を取られてしまったと推測できる。さらに、ニニィの「約束」という言葉。やはりニニィは事前に彼らと接触し、何らかの取引を行っていたようだ。


「エトル。あたしはユイから情報を盗めなかった。もしかして、あなたもそうなんじゃない?」

「様をつけな、小娘!」


 セクィが激昂し、踵を踏み鳴らしながら怒鳴りつける。


「僕は気にしていませんよ、セクィ」


 怒りを軽くいなされ、セクィは恥ずかしそうに俯いている。エトルは少し間を置き、ニニィの問いに答えた。


「仰る通り。僕の力は“盗む”わけではありませんが、ユイの記憶に触れられなかったことは間違いありません」


 そこまで言うとエトルは一瞬ユイの方に顔を向け、再びニニィに向き直った。


「これ以上の調査は無意味でしょう。今日はもう引き上げていただいて構いません。引き続きの情報提供を期待していますよ」

「はぁい、任せて♡」


 ニニィとエトルは握手を交わす。その指元で金色に煌めく指輪を見て、少年幹部が前に出てきた。


「それ、王家の? ボクに見せてよ」

「別にいいけど……ちゃんと返してよね?」


 あたしたちが戻らないとシマノたちが心配するんだから、とぼやきつつ、なんとニニィは少年に指輪を渡してしまった。いくら何でもそれはまずいだろうと、ユイは慌てて声をかける。


「ニニィ、何故ゼノ幹部に指輪を? あなたはゼノとどういった関係なの?」

「あ・と・で♡」


 ニニィは自らの口元に立てた人差し指で、ユイの唇に軽く触れた。当然、こんなことで流されるユイではない。

 一方、指輪を受け取った少年はくるくると角度を変えて指輪を眺めていた。


「へー、本物じゃん。ねえエトル、キミも懐かしいんじゃない? 見てみたら?」

「生憎ですが、王家の魔道具に興味はありません」


 興味深そうな少年とは対照的に、エトルは指輪を一瞥しただけで一切関心を示さなかった。


「はいはい。じゃ、返すねー」


 何の問題もなく返却された指輪をニニィが装備する。ニニィに問い質したいことだらけではあるが、まずはこの場からの脱出を優先すべきだろう。

 指輪が輝き、二人は今度こそファブリカへとワープしていった。


 ***


「シュン! シュンシュン! うおおお! 速いぜ!」


 廃村で暇を持て余しているキャンは、新技の開発に夢中なようだ。今は、移動速度を向上させる技を思いついたらしく、狭い廃屋の中を縦横無尽に駆け回っている。それに対し外でやれよ、と思いながらその姿を視界に捉えたり捉えなかったりしつつ、シマノはベッドの上でだらけていた。


「シュンシュンシュン! 見よ! 必殺! 超速電光爆裂石火~~~~!!」


 目にもとまらぬ速さで移動している(つもりの)キャンがまたしてもシマノの視界の片隅に映った、と思ったその瞬間、壁面にびっしりと並んだ書物が一斉に崩れ落ちた。キャンが壁に激突したのだ。


「うっうわああああああ!!」


 バサバサと音を立て、次々と本が落下していく。床に積みあがっていた本も崩れだし、部屋の中は一瞬でおびただしい本と埃で埋め尽くされてしまった。


「痛ぁ……だから外でやれって……」


 何冊かの本の角が頭やら顔やらに直撃し、鈍痛に患部をさすりながらシマノが起き上がった。その目が、ある一点に留まる。


「……あれは」


 本といえば。そう、知の街サピで見つけたあの本。黒い本である。落下した大量の本の中に、あの何も書かれていない真っ黒なだけの表紙を持つものが紛れ込んでいたのだ。

 前回はそれに触れたことで現代日本にいた頃の記憶――IT系の社畜――が蘇った。今回も、また別の記憶が蘇るかもしれない。

 隣の部屋から足音が聞こえる。姫様たちだ。たしか、姫様に話しかけることで次のイベントが始まってしまうはず。そうなる前に、さっさとこの本に触れておかなくては。

 急いで伸ばした手の先に黒い本が触れ、シマノの脳内に再び短い映像が流れ込んできた。


 前回とは異なり、明るい雰囲気だ。家のリビングだろうか? シマノは誰かと並んで座ってテレビゲームで遊んでいるようだ。


『あーっ、また落ちちゃった。もー、なんでこんなとこに池があるのー?』

『あははっ、ここは初見だと絶対引っかかるんだよなー』


 シマノの隣にいるのは女の子のようだ。さらにテレビをよく見ると、なんと二人が遊んでいるのは今シマノがいるアルカナの「ラケルタの森」だった。


『わっ、敵だ! お兄ちゃんどうしよう!』

『リザードマンだな。大丈夫、こいつらはそんなに強くないから。カナミのスキルを使って……』


 映像は、ここで終わっていた。


「……お兄ちゃん?」


 映像の中で、女の子は確かにそう言っていた。つまり。


「妹!?」


 なんとシマノには妹がいたらしい。残念ながら背後からの映像なので顔は見えなかったが、少なくとも声は可愛かった。と思う。


「俺、一緒にゲームで遊べる可愛い妹がいたの!?」


 そうであれば、こんなことをしている場合ではない。一刻も早くこのゲームをクリアし、この世界を脱出し、可愛い妹の元に帰らなくては。前回の記憶「IT系の社畜」で低下した魔王討伐のモチベーションが、今回の記憶「可愛い妹」で急激に復活した。


「よっしゃー、来い姫様! どんどんストーリー進めるぞ! あっ、でもその前にこの本の中身はチェックしときたい」


 シマノは黒い本を手元に引き寄せて開いたものの、焦ってうまくページを捲ることができない。そして、そうこうしているうちに姫様とウティリスが部屋に来てしまったのであった。


 ***


「エトル様! よろしかったんです? あんな、小娘どもに情報を与えるような……!」


 ニニィたちが去った後のアジトでは、エトルの態度の甘さに対し、セクィがもう耐えられないといった様子で懸命に訴えかけていた。


「これで良いのです、セクィ。彼女の情報盗みは、魔王様にとって本当に有用なものかもしれません。彼女にはもっと、もっと強くなっていただかなくては」

「でも……」


 まだまだ物言いたげなセクィに、エトルは穏やかな声で語りかける。


「そのためにも、今は貴女の蜘蛛たちの力が必要です。引き続き、彼女たちの監視を。期待していますよ、セクィ」

「はい、エトル様っ……!」


 エトルに頼られ、セクィは恍惚とした表情を浮かべている。その様子を横目に、少年はやれやれと肩を竦めた。


「で、ユイって子の記憶はどうだった?」

「ユイの記憶は、探っても全く手応えがありませんでした。まるで、この世界ではないどこかに置かれているような……」

「ふーん、この世界ではないどこか、ね。面白そうだ」


 エトルの突拍子もない発想に戸惑うことなく、少年は思索している。


「そうそう、貴方に一つお願いしたいことがあるのですが」

「いいよ、何?」


 エトルは少年の耳元で指示を与える。それを聞いた少年が承諾するのを見届けて、エトルは一人アジトから姿をくらました。


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