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第27話:これで、よかった

 地底で無事合流したシマノたちは、地底湖「石の涙」から距離を取りつつ地上を目指し歩いている。その道中、話は自然とはぐれていた間の互いの状況を報告しあう流れになった。


「倒した!? ミミズを!? 一人で!?」

「一人じゃねーし! ムルと二人で倒したんだぜ!」


 得意げに語るキャンにシマノは心底感心する。いくらムルの助力があったとはいえ、まさかスワップ無しで魔物を倒すとは。


「へぇー、二人ともすごいなー」

「だろだろ~? シマノが落ちてる間にオレってばまた強くなっちゃったぜ~!」


 キャンの言葉を受け、そういえば俺がいない戦闘での経験値ってどうなるんだ? とシマノの脳内に疑問が浮かんだ。あとでウインドウを確認しておく必要がありそうだ。


「けどさー、採掘所で戦った時だけなんであんなに剣が軽かったんだろ?」


 せっかく強くなれたと思ったのになー、と愚痴を溢すキャンに、シマノの良心がチクリと痛む。キャンはまだ、あの戦闘で底上げされた能力を自らの実力だと信じているのだ。

 相手の感情が見える「レンズ」のことならキャン以外の仲間は皆知っている。しかしスワップは、つい話すタイミングを逸してしまい、まだユイ以外の誰にも知らせていない状態だった。そのユイにさえ、先ほど穴の中でレンズと合わせて軽く説明しただけである。


「さあ? なんでだろうな?」


 すっとぼけるシマノをユイが冷たい目で見ている。心苦しいことこの上ないが、ニニィがいない今説明するより、みんな揃ってからの方がいいだろうと判断してのことだった。


「それより、具合はどう? ムル」

「そーだよ! 石の声? とかいうのはもう大丈夫なのか?」


 かなり強引な話題変更だったが、キャンもムルの体調は気がかりだったようで便乗してきた。スワップ説明回避成功である。


「大丈夫だ。余計な心配をかけたな。すまぬ」

「よかったー安心したぜー」

「なあ、ムル。石の声って、いったい何なんだ?」


 もしかするとこの世界ゲームの根幹に関わる重大な設定かもしれない。深掘りしておくべきだろうと考え、シマノはムルの答えを待つ。


「……説明が難しい。声、というよりは感情が流れてくるといった方が正確だな」

「感情?」

「我らはその感情を受け入れることで石と同調し、力を借りることができる。ただ、それが強すぎると、酷く頭が痛んだり、力の制御が出来なくなってしまうのだ」


 石に感情がある。それはシマノにとって新鮮な感覚だった。

 地底では良質な鉱石が採掘できる。地底民はその感情を感知できる。

 ひょっとして、石の感情が強ければ強いほど、その質は高まるのではないだろうか?


「石については我らもまだ知らぬことが多い。今話せることはこのぐらいだ」


 良質な鉱石目当てに地底湖まで引き返したくなっているシマノをよそに、ムルは早々に話を切り上げた。シマノも渋々未練を断ち切り、改めて仲間とともに地上を目指すことにした、のだが。


「……ち、地上……まだ……?」


 地底はゴツゴツした岩場が多く、起伏が激しい。採掘所までの道のりでひたすら山道を登らされ、地底湖で泳がされ、そしてまたこの険しい地形である。シマノの足腰はとっくに限界を突破していた。


「だらしねーぞシマノー。シャキッとしろシャキッとー」


 キャンにこれでもかと煽り倒され、シマノはぐぬぬと声を漏らす。ついさっきまで巨大ミミズと死闘を繰り広げていたはずなのに、キャンには疲労のかけらも見受けられず、今も元気にパーティの先頭を歩いていた。子どもの回復力とは恐ろしいものだ。


「シマノ、大丈夫?」


 ユイが度々足を止め、こちらを気遣ってくれる。しかしその態度は「おんぶしようか?」と言外に訴えているに等しい。シマノとしては断じて弱みを見せるわけにはいかなかった。


「だ……大丈夫……。それより、ここって地上でいうとどの辺りなんだろう」

「石の涙……先ほどの地底湖は、北方の山岳地帯に在るとされている。我らが今歩いているこの辺りも、獣の町から然程は離れていないだろう」


 それは思ってもみない朗報だった。王都でお尋ね者になってしまった現状で、万が一ラケルタの森の辺りまで飛ばされてしまったら戻ってくるのは容易ではない。


「よかったぁ……地上に出たらすぐクエスト達成報告できそうだな」

「シマノ、報酬の鉱石を貰ったら、ファブリカの職人に会う方法を考えよう」


 確かにユイの言う通りだ。良質な鉱石を手に入れて、一刻も早くユイの修理を完了させてもらわなくては。


「そうだな! 今度こそユイを完璧に修理してもらわないと!」

「それだけじゃない。より良い鉱石を供給すると、職人に約束したのでしょう?」


 その言葉を聞いて、シマノは自身がした向こう見ずな約束のことを久方ぶりに思い出した。


「やっべ完全に忘れてた(もちろん、約束は果たすさ!)」

「……シマノ、心の声が駄々洩れ」

「と、とにかく、まずは地上に出よう! ニニィとも早く合流できるといいんだけど」


「おーい置いてくぞー!」


 二人で話し込んでいるうちに、だいぶ距離を離されてしまったようだ。ユイの「おんぶしようか?」の視線を跳ね除け、シマノは凡人の気概と気合となけなしの脚力で先を行くキャンたちの元へ駆けた。


***


「……これって本当にちゃんと戻ってこれたのかしら」


 獣の町近くの採掘所。風の魔物の竜巻によって削れた地面の跡が生々しく残るその場所に、ニニィは一人立っていた。

 エトルとの対話を終え、彼の力で採掘所まで飛ばしてもらったはいいものの、師匠の幻覚の件もあって今自分がいる空間が本当に現実のものなのか、ニニィは確信を持てずにいる。


「とにかく、獣の町まで戻った方がいいわね」


 うん、とニニィは一人頷き、振り返って下山への一歩を踏み出そうとし、止まった。


「これで、よかったのよね」


 その呟きは、岩々の合間を吹き抜ける風によって掻き消されていく。高く昇った太陽がニニィの影を黒々と地面に描き出す。

 なるべく早くシマノたちと合流できるよう祈りつつ、ニニィは町を目指し山を下りて行った。


 ***


「報酬だ。受け取れ」


 酒場の主人、鴉の獣人があくまでも事務的に告げる。だが、彼の鋭い眼差しはクエストの受注時よりほんの少し和らいだように見える。

 仕事に出ているのか、朝よりも酒場の客は少ない。それでもあちこちからクエストの達成を祝う野次が飛んできた。キャンがそれら一つ一つに反応し、その反応がさらに酒場を賑わせる。


「言ったろおやっさん、オレら最強パーティなんだって!」


 キャンがカウンターに身を乗り出し、報酬の鉱石を横からつつきながら酒場の主人に自慢気に語りかける。主人は相変わらずグラスを丁寧に磨きつつ、一切表情を変えることなく嘴を開いた。


「良くやった」


 思わずキャンが目を丸くする。


「べっ、べっつにぃ~? こんなん全然大したことね~しぃ~?」


 千切れんばかりに尻尾を振るキャンを微笑ましく横目に見つつ、シマノは報酬を受け取った。これにて無事クエスト完了である。


「そういえば、つい先ほどお前たちの帰りをお待ちだというご婦人が来たぞ」


 直にまた来るだろう、と主人はグラス磨きに精を出している。シマノたちは互いに顔を見合わせた。きっとニニィだ。


 その直後、酒場の扉が勢いよく開き、噂のご婦人が姿を現した。


「ニニィ! よかったぁ無事……」

「キャン!!!!」


 シマノの耳にニニィよりも太く迫力のある声が突き刺さる。見ると、そこには小柄ながらも恰幅のよい犬の獣人が立っていた。

 彼女の大声に酒場は一瞬静まり、客たちも何事かと扉の方を見ている。


「か……かーちゃん……」


 あまりにも弱々しい声にシマノが振り向くと、キャンはいつの間にかシマノの横から二三歩後ずさっていた。その耳も尻尾もしょんぼりと下がりきっている。


「こんな時間までどこほっつき歩いてんだい! お昼とっくに過ぎてるよ! とっとと帰ってご飯食べな!」


 キャンの母親らしきその獣人は、ずかずかとこちらに近づいたかと思えばそう一息にまくし立てた。そのブラウンの毛色は濃厚なキャラメルのように艶やかで、頭部まで白く通った鼻筋に、黒く愛くるしいつぶらな瞳。華やかで可愛らしい洋犬タイプだが、その剣幕は凄まじく、喋る勢いの強さに長い垂れ耳が激しく揺れている。


「だって……クエストが……」

「だってもさってもない! 旅の方々にまでご迷惑かけて何やってんだい!」


 母の剣幕に圧され、キャンはすっかりタジタジである。キャンの母は一頻り息子を叱り終えると、シマノたちの方に向き直り深々と頭を下げた。


「皆さんごめんなさいね~! 母のジェニィです~! 息子がご迷惑をお掛けしました~!」


 よそ行きモードなのか、キャンの母ことジェニィの声は先ほどまでより明らかに高いトーンになっている。


「あっどうもシマノです。いや別にっ全然迷惑とかじゃっ」


 相手の勢いに完全に呑まれ、シマノはしどろもどろに返事しつつ顔の前で両手を振ることしかできていない。


「せっかくこの町にいらしたってのに、ろくにお構いも出来やしないで、子守まで押しつけちまって~」

「いやあの本当大丈夫でっ、どっちかっていうと俺たちが助けてもらったっていうか!」


 シマノの言葉を聞き、ジェニィはつぶらな瞳をぱちくりと瞬かせた。


「あらっ、そうなのかい?」


 シマノはちらりとキャンの方に視線を向けた。キャンはカウンターの陰に隠れながら爆速で頷きまくっている。再びシマノはジェニィの方に視線を戻した。


「俺たち、訳あって旅してて。この町には新しい仲間を見つけるために来たんです」

「そうだったのかい」

「それで、あの……もしよかったら、息子さんとこの先も一緒に旅を続けたいなー、なんて……」


「シマノ、マジ!?」


 後ろで勢いよく立ち上がったキャンが、カウンターの角に頭をぶつけ悶絶している。ジェニィはジェニィで、そんな息子の姿も目に入らないほど驚いているようだった。


「それ、本気かい?」

「本気っていうかもうシステム的にそうなってるっていうか(もちろん、本気です!!)」


 酷いタイミングでシマノの心の声が駄々洩れてしまった。焦るシマノにユイが慌ててフォローに入る。


「キャンは、私たちと一緒に魔物の討伐クエストを達成しました。地底の巨大ミミズも倒せるし、とても頼りになります」

「この子が……いつの間に……」


 息子の秘められた実力に衝撃を受けているジェニィに、さらにもう一人が追撃を加える。


「彼らの言うことは事実だ。採掘所の魔物討伐依頼をこなしたのは、間違いなく彼らだと保証しよう」


 なんと酒場の鴉主人がシマノたちの味方になってくれたのだ。周りの客たちもそうだそうだと囃し立てている。


「ジェニィさん、お願いします! キャンと一緒に行かせてください!」


 シマノと、その隣でユイも並んで頭を下げた。

 ジェニィは暫し呆気にとられた様子で固まっていたが、やがて元の調子を取り戻した。


「もちろん、大歓迎さ! ビシバシ鍛えてやっとくれ!」


 今度はシマノたちが呆気にとられる番だった。システム上キャンはパーティ加入済みなので反対こそされないだろうと思ってはいたが、こうもあっさり許されるとは。

 しかし何よりも、誰よりも驚いていたのは、他でもないキャン本人である。


「いいの……? 本当に……?」

「最強の勇者になるんだろ? シマノさんたちにしっかり鍛えてもらいな!」


 頼んだよ、シマノさん! と話を振られ、こちらこそ! とシマノが返事をすると、そのすぐ後ろにいたキャンの表情がパァッと明るくなった。


「イエーーーーーーイ!! やったぜーーーーーー!! フゥーーーーーー!!」


 キャンは大はしゃぎで酒場の中を走り回り、シマノたちの周りをグルグルと回っている。


「コラァッお店で走るんじゃないよ!!」


 ジェニィの怒鳴り声に、酒場がまた笑いで包まれる。

 こうして、正式に親御さんの同意を得たことで貴重な前衛職を確保できたシマノたちは、次なる冒険の地へと歩んでいくのであった。


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